だれでも知っていると思うこの話。
北風と太陽が、どっちがすごいかを言い争っていた。
その時、分厚いコートを着た旅人が、通りかかった。
北風は言った。
『あの旅人のコートを脱がした方が勝ちって事で勝負しようぜ!』
太陽は、その勝負を受けた。
北風は、めいいっぱいの風を吹きつけた。
その風圧でコートはめくれそうになった。
北風は、もうちょっとでコートを飛ばせると思い、もっと激しい風を吹きつけた。
旅人は、風が強くなれば、強くなる程、ギュッとコートを押さえつけて飛ばされないように
頑張った。
とうとう北風は、旅人のコートを、はぎ取る事はできなかった。
次は、太陽の番だ。
太陽は、暖かい日差しを旅人に送った。
ポカポカ陽気になり、旅人は自分からコートを脱いだ。
北風は、勝負に負けてしまった。
これって、すごい話だと思う。
人間は、強制される事を嫌がり、自発的な行為は、自らすすんで行うという事だ。
その差は、気持ちでしかない。
気持ちの差って、ほんのちょっとだ。
詐欺師は、この自発的行為を誘うのが上手い。
だから、騙されない為に、自発的行為にも躊躇する人は少なくない。
ただ、一緒に生きていく集団に対しては、強制する事を減らす事が大事ではないだろうか?
集団生活において、最低限のルールは必要。
しかし、そのルールも強制ではなく、みんなが納得する説明があって然るべきだと思う。
法律、条令、校則、家族のルール、それらに、どうしてそれを守る必要があるのかという、きちんとした説明がないという事は、強制的に守らせる事になる。
説明が十分であれば、自発的に守る事になる。
それを怠っている政府、警察、親、教師は、まさに怠慢と言えるのではないか?
こうなっているのだから守りましょうね。
みんなが守ってるんだから、守りましょうね。
なんと頭の悪い説明なのだろう。
制定された真の理由。その実際の効果。ルールの必要性をきちんと説明できる事が
ルールを守る人間の数を増やす事になると気が付かないのだろうか?
罰則を厳しくしたって、ルールを守る意味が分からないと意味がない。
自発的行為、強制的行為、これは相反するようで、心の持ちようという、紙一重の事だ。
ログインしてコメントを確認・投稿する