人は生まれたばかりの赤ちゃんの時は、情報を持っていない。
限りなくゼロに近い。
そこから情報を収集する。
そして、やってはダメな事を覚える。
ストレートな情報には、善悪が付加されていないはずだ。
情報にダメだったら、ダメの付箋を貼る。
3歳くらいまではこの作業の繰り返し。
それ以降は、前につけたダメ付箋の見直しもする。
みんながどうやっているかを見て、その中で自分がどうするのがいいかを判断して行動する。
本当にそうしたいからする場合も、いやいやする場合もあるだろうが。
自己判断するのが大人だとされている。
誰かのせいにするのは子供とされている。
判断を他人に委ねるのは、責任を取れない人だとされている。
判断できない人間は子供とされている。
でも、本当に、みんな、すべてを判断できているのか?
確定しない事を判断したとするのは、”知ったかぶり” ではないか?
それか若しくは、責任の所在をはっきりさせるという仕事の世界の常識を
関係ない日常生活の常識にしているだけ?
仕事とはお金を儲ける事を目標とした集団。
それ以外の生活が仕事の理論に支配される必要性は全くないだろう。
日常生活は、みんなの心が気持ちいい事だけを目指していいはずだ。
仕事以外の事は、本当は、みんな良く分からない事だらけじゃないのか?
それをさらけだして、正直に言うのは、ガキかな?
バカ正直はガキ?
素直な気持ちに、勝っているその変な常識はどこから生まれてきたのかな?
法律から?
初めての国って、どうしてできたのかな?
初めて法律を作った人は、どういう必要性を感じて作ったのかな?
初めて税金の制度を思いついた人は、どういう気持ちで税金と言う制度を考え付いたのかな?
間違いだらけの世の中。っていうが。
間違いって、何が悪いんだろうか?
早く、滅亡する?
早く、死ぬ?
それが怖いから、間違っているって、言ってるのかな?
そんな難しい事じゃなくって、心がそう思うからじゃないのかな?
そしたら、一番大事なのは、心じゃないか?
今、この瞬間に、自分の善悪の基準のスイッチを完全に切ったとしたら、どういう行動をとるんだろうか?
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