人間は意外性が好きだ。
その理由は、人間の精神に起因すると思う。
人は今まで覚えた情報を処理して、予測して生きている。
当たり前のように動いていると思うのだが、実はそのほとんどの言動は過去のデータによる予測により行っている。
例えば、簡単な水道の操作方法、トイレを流す方法とか。
そういう事だって、前にそうやって成功したから、それを次回も成功すると予測して同じ行為をする。
すべては、それが複雑化しただけだと思う。
仮にこの機能が少し壊れてしまったら、予測ができなくなって怖くなる。
ストレスや薬物などで、こんな状態になる可能性は誰にだってあると思う。
人は平坦だと刺激が欲しくなり、刺激だらけだと不安になる。
これが精神のバランスだと思う。
意外性というのは、刺激だ。
毎日同じことの繰り返しで、飽き飽きした人は必ず刺激を欲しがる。
意外性というのは、この予測機能にない出来事だ。
ホリエモンではないが、想定内だというのは、刺激的でない事を示す言葉だ。
刺激を与える量が多くなると、人は絶対に不安になる。
だから、与えすぎてはいけない。
このバランスが、味になると思う。
精神のバランスを普通の人は自覚できないと思う。
私は比較的、自分や親しい人間の精神のバランスを見る事ができるような気がする。
たぶん、一般的なニュートラル位置より、不安定な位置が日常であるからではないだろうか。
こうもりさんは、動物チームと鳥チームのいいとこ取りをして嫌われた。
なぜかと言うと、中間に位置する人は得をえやすいからだと思う。
だから、中間にいる人は私利私欲の為に生きず、公の為に生きた方が評判はいい。
中間にいる人は、架け橋やトランスレイトをする人間だ。
だからこそ、両方に損を与えてはいけない。
半分獣、半分きちがい、半分外人、半分○○。
すべては、その先の人との架け橋になる。
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