いかに通なのかを語る。
わたしは、あまりどの世界においても通ではないので、そういう語りはないが
『通が通ぶって語る。』という行為にこそ
究極の自己満足、そして人気を支える秘密がここにあるような気がする。
ラーメン二郎をの事をラーメン二郎で語るのはやめてほしい。
なんて記事を読んだ事がある。
あまり自分とは関係ない人の話なんてのは、人の不幸話が大好きなだけで
誰かが得意な事、こだわった趣味にはあまり興味がないというのが人間だと思うので
この記事は至極、当然だ。
だが、常に猛烈なフリークによってムーブメントは方向づけられてきた。
そういう自己満足の為に通ぶるバカな人のおかげで儲けが出る。
だから、一般客、一般ファンに好影響も悪影響も両方与えるであろう
この評論家や熱烈なファンを教育する必要があると思う。
いかに気分よく語ってらい、それが一般客に苦痛でないかという事のマネージメントを
暗に行うという事だ。
人間はコントロールされていると気が付くと一気に覚める。
いかに自分の意志で、その持論を持ってると思わせるかがポイントだと思う。
これをうまくコントロールできた会社は伸びる気がする。
調子に乗って、お店のうんちくを語るヤツって私の好きなタイプではない。
だが、車やバイク、またアニメやゲームについて熱く語る人は嫌いではない。
いやむしろ好きだ。
いかに好きかを語るのは、聞いていて、楽しいが
どの選択が通なのか? どう楽しむのが通なのか?って感じの話が下らないと感じるのだろう。
自分は、普通のファンではなく、コアなファンですよとアピールするのは、かなりの自己満足の心を満たしてくれるとは思うが、それが一般客を妨害するようならば、ファンをコントロールを失敗したと言えると思う。
通ぶったヤツのコントロール。
これが次世代の流行の基本となるのかも知れない。
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