人間、自分の居場所を求める生き物だと思う。
60歳以上になると、終の棲家を探す人も多いと思う。
そういう意味では、私は長く住んだからとか、そういう面での固執は全くない。
明日引っ越しとか、全く苦ではない。
明日から、急に、アラブに住む事になっても、アメリカに住む事になっても、何の動揺もない。
と、いうかどっちかというとワクワクする。
だが、それも、友達とか家族とか、仲良くしてくれる女性とか、そういうのがあってこそだ。
世界中のどこでも、地球外でも、そういうのがあれば、どこでも全く不安がないどころか、むしろ色んなところに行きたい。
逆に言うと、そういうのがないと、世界中どこであっても、生きている気分がしない。
東京には、知り合いはいるが、親友はいない。
いや、1人いるが、今は仲良くできない。
お互いが金儲けの邪魔になる事はしたくないからだ。
親友は戦友なので、傷をなめ合うような情けない事をするくらいなら死んだ方がマシだ。
情けない姿をさらすくらいなら、会わない方がいい。
久しぶりに、地元の高知に帰っても、友達の連絡先なんかロクに知らない。
昔仲良かったヤツがどこで何してるのか知らない。
知ってても、みんな県外にバラバラで同時に会するなんて機会はない。
ましてや、中学高校は、家から20キロ以上離れたところに通っていたので、地元の友達となると小学校以来会ってないヤツばかりだ。
実家の周りを歩くと懐かしい雰囲気はするが、雰囲気がするだけで、なんかパラレルワールドとか、異次元にいる気がする。
オンラインのネットゲームをやった事がある人は分かるかもしれないが、久々にログインしたら、自分の友達は全員やめていて、懐かしい世界だけど、まったく違う世界に思える。
これに似た感覚がリアルで味わえる。
なんて、実家がそういう雰囲気になるか、自己解析してみた。
やはり、人だ。
実家には親父しかいない。
弟夫婦家族は、すっかり、自分たちだけの世界を作り上げていて、入る隙間はない。
妹夫婦家族は、高知ではなく、大阪に住んでいる。
私の家族はバリ島で、母親もバリ島で、そして、仲が悪くいつも喧嘩をしている。
実家の周辺、半径数キロ内に私の知り合いは、父親しか存在しない。
私は、1人で東京で働いている。
故郷は、もうどこにもないと言える。
愛国心みたいな感じで、日本万歳、高知万歳、土佐山田万歳、ってのあるんだけど、それは故郷を想うって事とはまた違うかなと。
多分、私だけじゃなくって多くの人がそんな風に思っているのだろうな。
私の墓だって、どこに作ったらいいか分からないし、むしろ、墓なんか作らないで、イタリアの崖みたいなところから、海に全部捨ててくれた方がいいかななんて思う。
ウチの母親も、父親も、祖母もずーーと、10年以上1人暮らしとかよく耐えれるな。
私は、たったの半年で精神が崩壊しそうになってきた。
だれか、遊んでやって下さい。
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