東京に出てきた。
田舎で育った私がそれまでに東京に行った事は3回ほどあった。
だが、やぱり田舎とは勝手が違う。
17歳の私にとってそれはかなり苦痛だった。
一番嫌だったのは、満員電車だ。
これは今でも相当嫌いだ。
自分の吸うべきはずの酸素を他人に吸われていると思うだけで、蕁麻疹が出るような気がする。
ものの10分程度でストレスはMAX。叫びたくなる。
今でもそうなのだから、17歳のヤンキーだった私が耐えられる訳もない。
恥ずかしい話ではあるが、満員電車でどうしようもない状態なのに、すこしつま先を踏まれただけで、『おい、おっさん、人の靴踏んで、挨拶もなしか、コラ!』とか
『痛いわ、押すな、コラ!』とか、わめいてしまって、満員電車なのに、私の周りがすこし空いた事は何度もあった。
こんな変な状態が文明国日本の法律で許されている事が不思議だと今でも思っている。
しかも、こんな状態を許しておいて、痴漢はダメだの、スリに気を付けようだの、良く言うなと思う。
飛行機のように座席以外に座れないようにしたらそんな心配はないじゃないか?
まあそんな事をしたら、電車に乗れない人だからけになる。
そもそも人口が多すぎるのだろう。
最初は、こっ恥ずかしい田舎者丸出しだったと思う。
そして、標準語というモノになかなか馴染めなかった。
女性が東京弁なのは、むしろ土佐弁より、上品でかわいく思えたのだが
オッサンの標準語というのは、キモさMAXで、全員がゲイに思えた。
銀行で初めてATMというモノを触った。
訳が分からないので、従業員を呼んだのだが
従業員に、『あー、わからないんですかー?』と標準語で言われた。
これにカチンときて、その銀行は解約して別の銀行に口座を作った。
なんてデリカシーのないしゃべり方をする人種なんだ?
と、思った。
マンションだって隣に誰が住んでいるのか知らない。
駅だって、道路だって、関係ない人間には皆興味がなさそうだ。
こんな事が当たり前なのかーと思った。
東京に来た目的は2つ。
ひとつは、(大検)大学入学検定試験をとる事。
もうひとつはタチの悪い人間とのコネクションを絶つ事だ。
実は、2代目の総長をまかされた暴走族の初代総長には筋を通してから東京にきたのだが、他の先輩らには挨拶をしなかった。これが後に悲劇を生む事になるのだが、この時は知る由もない。
大検の塾に通った。
いや、実際は1週間くらいしか行ってない。
そこの学校で仲良くなった女の子をウチの呼んで遊んだ記憶しかない。
高校2年で中退なので、大検は11科目合格しなければ高校卒業と同等の資格はもらえない。
ただ、いくら落ちこぼれとは言え、高知では一番良い学校に在籍していた訳なので、大検の問題など中学入試レベルに思えた。
しかし、なんと、この大検の塾に物理の教師がいなかった。
私は理系で専攻が物理・化学だったので、困った。
いや、本当は困ってない。1週間しか行ってないのだから。笑
しかし、申請は物理ではできなかったので、勉強した事のない、生物に変更して登録した。
そんな事は忘れて、全く塾にも行かず、遊びまくった。
当然、お金がないので、バイトに行く事にした。
やっぱ歌舞伎町でしょう! 漠然とそう思った。
でもホストとかではなく、クラブ(女の子がいる飲み屋の方のクラブ)のボーイさん(メンバーさん)の仕事をした。
ここの店はモロ、ヤクザ系の店で、店長とか部長とか銀のスーツでパンチとかだった。
数か月働いた時に、偶然、駅まで女の子と一緒に帰ったのだが、これに因縁をつけられた。
『お前、わかってんのか?店の女の子に手を出したら、罰金200万円だぞ!払えや、コラ!』なんて具合にパンチの4〜5人が金属バットを持ってミーティングだ。
まだ17歳だった私はこう言った。
『本当に、お前、その金属バットで俺殴れるのか?やってみいや?その代り、ここで俺を殺しとかんと、お前の家族に同じ事するぞ!』
向こうは5人もいるし強気だ。
『お前、立場わかってんのか?コラ!』とか言っていた。
私は、続けた。
『眠い事言うなよ。やるんなら面倒臭い事言わんと、すぐ今殺せや。やらんのなら、給料よこせや、コラ!』
部長が言った。
『ダメだよ、こいつ、話になんねぇ……』
私はとある代紋のある事務所に連れて行かれた。
『おう、こついか?』
あからさまに、さっきの5人とは目が違う人らがたくさんいた。
『お前、いきがんのはいいけど、ここまでやな。とりあえず200万だけ用意しとけや』
と、関西弁で言われた。
東京で関西弁だったので、怖いというか、懐かしい感じがした。
『僕は極道の方に喧嘩売るような根性もないし、そんなつもりもないです。けど、さっきエラそうにしてた5人だけは、ちょっと許せないです。200万用意したら、さっきのあの5人はボコボコにしてもいいですか?』私はそう言った。
『あいつらは、ウチが面倒みたってるヤツらやぞ』
ちょっと、怖い顔をして、そう言われた。
『はい、わかっています。ですので、筋を通したいと思いまして……』
と、それでも目をそらさずに言った。かなりドキドキしていたが、ここで引けないと思った。
その人は急に
『あはははははははは』と言って大声で笑い出した。
私が面喰っていると
『お前、おもしろいなー。ウチいま、車を洗ってくれるヤツがおらんのよ。ちょっと手伝ってくれんか?』 と言ってきた。
『極道モンになるような根性ないですし、続かないと思うので迷惑かけてしまうと思います。有難いお話ですが、申し訳ありません。』私はそう言った。
すると
『そうか、何かあったら電話してこいや。』そう言って名刺をくれた。
『おーーい、こいつに給料あげたれ!』と言葉は続いた。
内心、やったーーーー!! と思ったが、真剣な顔は崩さなかった。
しかし、私はそういう世界と縁を切る為に上京したのではなかったのか?
そう考えて、歌舞伎町から去った。
歌舞伎町では、元浜連(横浜連合)とかCRSのキャッツのヤツとか、そういう関係のヤツらとも仲良くなった。ウチにしょっちゅう遊びにくるようになった。
でも貧乏だったので、コンビニから弁当をパクってきてシノいだ。
時には米、ラジカセ、TVなんていう大物もパクってきた。
私の上京に釣られて、暴走族の後輩らも数名上京してきた。
でもみんなお金がないので住み込みで新聞配達、パチンコ屋の店員などをした。
パチンコ屋の店員は相性が良かった。
一発台など、店員とグルでゴト(ズル)し放題だった。
たぶんトータルでは数百万円も抜いていたと思う。
ここで貧乏生活とはお別れだ!笑
この時期に面白い事件が起こった。
上京して新聞配達をしていた後輩が、その仕事のキツさに耐えられなくなって、地元高知にむかって逃亡劇をしたのだ。
ただ逃亡といってもお金がない。
なんとか無線乗車を繰り返し、東京から静岡まで行ったらしい。
ウチに電話がかかってきた。
『今、静岡ながやけど、後お金が100円ばぁしかのうて……』などと言って泣いている。
『とりあえず、キセルでもナンでもえいき、新宿駅まで来いや。最後、逃げ切れそうになかったら、駅員に正直に話いて、もう一回ウチの電話して来い、俺が金だしちゃるきよ。』
私はそう言った。
結局、私は新宿駅まで迎えに行き、お金を払った。
その後輩はしばらくウチに寝泊まりする事となる。
そんな学習環境の整っていない状態で、全く勉強などしないままに、大検の日となった。
最悪な事が起こった。物理・化学のつもりでいたのに、大検の塾が、生物に変えた事で、大検の申請まで生物でやってしまっていたのだ。
チェックしてなかった私もバカだが、大検の塾もバカだ。
まあ何を言っても、もう申請しているのだから始まらない。
しかもそれに気が付いたのは大検の試験の3日前。
もう面倒くさくなって、まったく勉強せずに試験を受けにいった。
なんと大検という真面目な試験だというのに、ヤンキーの多い事!笑
私は、早速、因縁をつけられた。
大検は2日間ある。初日で、問題をおこしたら、ちょっとマズいなと思い。
適当にあしらった。
2日目は特攻服で試験会場に行った。笑
特攻服と言っても、ズボンは刺繍がほとんど入っていない作業着みたいなモンで、喧嘩がしやすいように上はショートだし、ドカジャンを羽織っていったので、パッと見は、単なる土木作業員だ。
たぶん……。
案の上、昨日のヤンキーグループがまた喧嘩を売ってきた。
試験が終わった時に、裏に呼び出した。
『お前、朝鮮なめてんのか?』 とスゴまれた。
私は何ジンだろうが、何の偏見もないし、そんな事を言われた事が初めてだったので、ビックリした。
どう対処したらいいのかに困って
『お前は、高知をなめてんのか?』と返したが
これまた間抜けな会話となってしまった。
リーダーっぽいヤツが私の服を掴みかかってきた。
ドカジャンがハダケたので、脱ぎ捨てて、刺繍入りの特攻服姿となった。
いや、東山の金さんじゃないのだから、などと言う、ツッコミはご遠慮願いたい。
一気に向こうが引いた。このチャンスしかないと思った。
『何ジンだろうが、関係ないけど、喧嘩するんか?それとも殺し合いするんか?』
『いや、すまなかった。』などと、まだ喧嘩になってないのに、相手が引いた。
特攻服に引くくらいだから、気が強いというだけで、真面目なヤツなのだろう。
そもそも、大検を受けに来ているモノ同士なのだ(笑。
喧嘩にならなくて、よかった。
大検の結果は11科目中、10科目合格。
やっぱり生物はダメだった。
大検というのは1年に1回しかない。(現在は2回あるようだ。)
また来年、さようなら。
つづく
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