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2011年10月03日22:56

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義。勇。仁。

『義を見てせざるは勇なきなり』

ただし、後先の事を考えずに、ただ言動を起こすだけでは、正義とは言え、暴力に等しい。





マナー違反の人を正す行為は、良い行為であるが、単に

『それはダメですよ!』

と、いうだけでは、仁がない。





人に声をかけるという事は、ほんの少しでも、その相手の人生に参加するという事だと思う。


相手に全く興味がないのに、目に余るからと言って、それだけで声をかけると、いい結果にならない。



ルールを守らない人に、守るように注意する行為というのは、実は、自分の苛立ちをぶつける行為でしかない。

一見正しく、何の間違いもない行為に思えるが、良く考えてみると、それを言う事により、その相手がそのルール違反をやめたとしたら、公共の利益を保護したと言えるが、そうする事で色んな事件が起こった時に

『俺は、ただしい事を言っただけだ。』

として、起こりうる2次災害というか、付随して起きる事件について、全く知った事ではないとするのは、あまりにも無責任な事ではないだろうか?






勇気を出して、ルール違反者を注意する。

これだけでは『勇』ではない。


そうする事で、巻き起こるかもしれない事件や、波及効果にも責任を持つ事が『勇』だろう。







たとえば、酔っぱらって、駅のホームで大騒ぎする若者を注意して、喧嘩になり、暴徒と化した若者が、注意した人間だけじゃなく、周りにいた人間にまで暴力を振るった事件があったとする。


当然、一番、悪いのは、酔っぱらって暴力事件を起こした若者であるのは間違いない。


しかし、その若者に勇気を持って注意をした人間はヒーローではない。

それによって巻き起こる2次災害を引き起こした引き金の人間である。




これを防ぐ為には、警察に連絡するとか、その若者よりも、火力のある団体で制圧するとか、きちんとした、結末を先に考えてから注意するべきだったと言える。





ルールを守らない人間がまず悪いのは、当然、悪い。

だが、『暴力はダメ』 では何も変わらないし
『戦争反対』では、何も変わらない。



どうしてそういう事になったかの本質を見抜く事が、まず大事だろう。

暴力の本質とは何か?

若者が酒を飲んで、周りの迷惑を考えずに騒いでしまうという事の本質は何だろう?

法律が制定された本当の理由は何だろう?





それが分からないのに、ルールだからとか、法律だからとか、一般的な道徳だからとか。

自分の意思がない人間に説得力はない。





また、正しい事をしたり言ったりする事が、常に良い結果を生まない事も理解してこそ、初めて義の意味が分かるのではないだろうか?


正しい事を貫き通して、なお良い結果を生みたいのであれば、状況判断能力に長けていなければならないと思う。




力なき正義は、意味がないばかりか、さらに問題を引き起こす。

また、力の使い方を間違えて、悪を正す方法を間違えてしまった正義は、すでに正義ではない。





考え方ではなく、手法が善悪を分けるという事だ。





自分が正しいと言って、悪を罵る行為は、すでに悪であるという事だ。






だから

『義をみてせざるは勇なきなり』   これは正しいと思うが


そこに愛や仁がないと、それは勇により義がブレるという事だ。



自分の怒りの感情をブツけるという事は勇ではない。


相手の人生を考えてから、ぶつかるのが勇ではないのか。





そこまで考えては、何もできないという人は、愛や仁がない。







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