遺伝子操作で「緑色に光る猫」、エイズ治療に道=米研究
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神への冒涜。
では神を信じない人にとっては何への冒涜?
人間ができる事など、所詮は知れていて何をやっても神への冒涜などという事はないだろう。
ただ、知らず知らずのウチに自らの手で自らを全滅させる方向に進めている研究ってのは数多く存在するだろうな。
生命が不老不死の力を得て全人類が死ななくなったとする。
それでもどんどんと子孫を増殖し続けたら、地球はすぐに狭すぎる事になる。
そうなれば、何らかの力で数を抑制する現象が起こるだろうし、自然は均衡を取ろうとする力が働くようになっていると思う。
均衡を保つスタビライザーのような力がなければ、この世の中なんでも簡単に崩壊してしまうのではないか?
知能を持った人間は追及をし続ける運命であると思う。
50億年後には、銀河系と、アンドロメダがぶつかって地球は存在しないかもしれない。
太陽がその最後を迎え、白色矮星となって太陽系全部を飲み込んでしまうかもしれない。
そうなった場合には他の星に移住などもできないかもしれないし、それまでに人間は何らかの原因で全滅しているかもしれない。
それを考えると、今、人間がしている事は何だろうか?
今の自分が楽しいと思える暮らし、すくなくとも自分の子供にもそういう世の中であったほしいと思う気持ちで、文明を進化させている。
石器時代とくらべて、間違いなく平均寿命は長くなったし、便利な世の中になったが、今の時代の方が幸せかどうかは分からない。
ではなぜ進化を望むのか。
それは知能があるという存在の宿命というか、どうしてもそうしてしまうんだと思う。
意味のない事であるともいえる。
興味心を満足させるためだけの行為だともいえる。
何のために生きているか?
何のためにお金を稼いでいるのか?
何のために頑張っているのか?
その先には何もないのではないか?
そもそも、生きるだとか、考えるだとか、そういう事に意味がないと不安だと思う事が間違っているように思う。
意味がない物は存在してはいけないのか?
全ての存在には意味などなく、人間が意味をつけただけではないか?
意味など必要ではないのではないか?
原始的な時代を考えると
自分がしたい事をして、それが評価されれば、まわりに味方が増え、評価されなければまわりに敵が増える。
その状況を変える為に、力でねじ伏せたり、ルールで縛ったり、人望で言う事を利かせたりしてきた結果、勝ち残った勝者が、多くの民を支配してきた。
ここまでは、動物だってやっている自然の事。
これが知能により複雑化しただけではないのか?
意味ってなんだ?
この意味の対象ってなんだ?
自然界では起こりえない事を人間はやってのけてきた。
これは自然界を壊す原因となった。
自然を人工で作る事は極めて難しいし、間違えばどこかに歪が出来る。
まさにこの実験もそれに当てはまると思う。
だから神への冒涜だの何だの言って警鐘を促す人がいるのだろう。
私は、慎重にやるべきだろうが、でもやる価値はあると思う。
意味がないとか、価値がないとか、対象を変えれば、まったく正反対の意味になる。
意味があるかどうかという議論は、利益の取り合いという意味と同意義じゃないのか?
対象を ”会社の利益”、”日本の利益”、”人間の利益”、”動物全部の利益”、”地球”、”宇宙”、とすればまったく違う結果となる。
今、考えなくてはいけない事は何だろうか?
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