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2010年12月19日21:20

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カウンセラー。

心配無用! 初めてのカウンセリング Q&A
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1444205&media_id=77

カウンセリングとかメンターとかが必要である人間がたくさん存在するという事が私からすればあまり理解できない。

やはり心の病気で、カウンセリングというのは治療の一種なのだろう。
私はそういう病気にかかった事がないから必要がないという事なのだろうか。

私にとって、誰かにヒミツを話すとか、グチをいうとか、悩みを打ち明けるとか、そういう事は全くのストレス解消にならないばかりか、むしろそれをさせられるという事がストレスになりそうだ。

自分の生き方や生き様、そして道しるべなどを任せられるような、すごい人物には私はまだお目にかかった事がない。

もし、そういう偉大な人に出くわしたら、自分の生き方を問うかも知れないが、むしろそうやって他人の世話を焼くのがその人の生き甲斐なのか、それともお金の為にやっているのか、それとも単なる自己満の為にやっているのか、そういう所を聞き出してみたいと思う。

人助けというのは、相手から感謝される事が多いが、その感謝される気持ちよさを求めて人助けをするという事はやはり自己満足の世界だと思う。

本気の意味での人助けとは、その人の人生を背負う事であると思う。
身売りされた女郎を逃がすのが人助けではない。その人が死ぬまでのその後の人生も全て考えて助ける事が人助けなんだと私は思う。

”その人の為にならないから、方向性だけを教えてあげる。”とか、何様のつもりなんだろう?と思う。数学等の学問においてステップアップの為にそういう指導をするのはまだ分かるが、人生という途方もない選択肢の多い難問において、そんな事が言えるような偉い人間って存在するのだろうか。

政治家、弁護士、医者だから偉い訳ではない。金持ちだから偉い訳ではない。
偉いというのは心の問題だと思う。崇高な心を持った人間、私利私欲ではなく世界を優先する人間こそが偉いと呼ばれるに相応しい人間なんだと思う。

金とコネがなければ、何をも為し得るのは難しい。
だか、金に固執してはロクな思想は生まれない。

人間の欲求は、まずは衣食住が満たされていないと、それ以上の高尚な思想を身につけにくくなっている。当然、自ら仏門に入り修行をしている人などの中にはたまに例外はいるが。

最近、不平不満を聞いて上げるビジネスが流行りらしいが、それがビジネスとして成功する時点で今の世の中終わってるなと思う。

なんでもそうだと思うが、いったん起こってしまった事態に対してそれを沈静化させる事も大事だが、再発させない方ような予防の方がもっと大事だと思う。

もっとも、必要のないような高いマスクを、怖い病名で脅して売りつけるような商売は論外だが。

ストレスを発散させる事より、ストレスを溜めないようにする事に重点をおいていないような気がする。

”こんな世の中だから仕方ない?”  ”誰でもそういう悩みを抱えてる?”
こういう広告や、売り出し方って、お客を慰めて、いい感じにして、お金を取る道具として育て上げてるように見える。

真に人間がしなけれがいけない事と、人々が求める事って常にズレている。
人間の習性を利用したビジネスが常にはびこる。
非常識を常識と新しく位置付けして、入り口を大きく開いて客を呼ぶビジネスが多い。

・国内旅行感覚で誰でも簡単にいけるハワイ旅行!
・誰でもやってるプチ整形。
・簡単に勝てるパチスロ。
・素人でもかせげるキャバ、風俗。

本来、簡単ではない事をいかにも簡単そうに見せてお客をひっぱる。

”カウンセラーとは身近なものですよ。”ってのもそれと同類にしか思えない。

実際に、かなりの技術を持ったカウンセラーが医療として有効的かつ効果的なカウンセリングをするというのであれば全く問題はないと思うが、それだって資格において今以上の難しいチェックが必要だと思う。

現代病である慢性化したストレスをどうやって軽減するか、どうやって解消するか、というのは大きな問題ではあると思うが、過保護にした結果、病気とは言えない範囲の人間までを病気にしてしまい、更に悪化させる結果を生み出しそうである。




やはり私には、グチや悪口を言ってすっきりするというのが理解できない。
しかし、多くの人間はそうなのだろう。

ストレスになるような問題点は正直に本人に言って、本人の理解を求めて、それで和解できればラッキー、できなくてもそれはそれも仕方なし、でいいのではないかな?

なんで見ず知らずの人に文句を言ってスッキリするんだろうか?
全くその心理が分からない。

心の構造が違うという事は、理解という事において非常に難しい差違があるな。
男性と女性、日本人と外国人、などは心の構造が違う場合が多い。

だからどんなに話をしても、相手の言っているは理解できてもそれを自分のモノにはできない可能性がある。平行線となる話はその論議の方向性を変えないとそれ以上ディスカッションを続ける意味を持たない。

違うモノであると最初から理解して、ではその違うモノ同志がどうやって一緒に生きて行くのか?と、いう事を話合う方が建設的でより好ましいと思う。

それは感情でも理論でもない。ちょうど中間くらいの話になると思う。

”全ての人間は話せば分かってくれる。”という考えは、一見、平和的であるが、実はこの思想こそが、問題を起こし、戦争を起こす一番最初の発端を作っているのではないか?と、私は思う。

繰り返し書くが、人は違う。生き様も、信じるモノも。
その違う人間とどうやって一緒に生きて行くか? 
それが一番大事だと思う。

その生き様においてカウンセラーの出番などないと思う。

病気ではないのに病気だと判断されると人はオチる。
精神の病気の話なのに、それでオチてどうする?って事だ。

本当に治療が必要であるくらいの病状の人間以外は(予備軍を含む)、まずは自己治癒力や免疫力を高めるべきだろう。

それは身体においても精神においても同じ事が言えるのではないかと思う。
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