9日で退職強要 審判申し立て
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「反省文を突き返されたり怒鳴られたりの毎日で身も心もぼろぼろだった。反論しても聞き入れてもらえず、あきらめて従うしかなかった」
という人間が弁護士がついた途端に強気なモノだ。
会社のやり方も悪いとは思うが、就職とはある意味で服従する事だと思う。変に自由や権利が多いという今の風潮がおかしい。会社は組織なので、嫌ならその組織をやめればいいだけではないか?
悪の組織などでは、組織を抜けるのにも何らかの制裁を受けるが、普通の会社はそうではないのだから簡単なモノではないか?
そもそも、上司をやり込めるだけの話力や根性があれば流石に向こうも下手な手出しできないし、それは就職において必要な能力のひとつではないのか?
服従できる箇所は服従し、尊敬する事でかわいがられて、その反面で服従できないところは一歩も譲らずに逆に威圧しながら、全体として調和を持ち、じょじょに全体に自分という人間を理解してもらい、組織に馴染んでいくか、若しくは自ら組織を制圧していく。
私の中でこういった行動は、無意識に幼稚園の頃から培われる人間としての基本能力だと思う。下手に守られすぎた世界で生きてきたせいで、養殖人間が増えているから変な問題ばかりの社会になっているのではないか?
自分ひとりでは何も出来ないくせに、法律がどうだとか、権利がどうだとか、弁護士がどうだとか、そういう社会が当たり前だという事の方が問題ありなのではないか?
ちょっと殴られたからって ”自分がなぜ殴られたか?” より ”殴った人間はどんな場合でも罰されるべきだ” などという考えが優先するような人間が増えると、弁護士のフトコロは肥え、人々の心は荒む。
時代に逆行した考えである事は十分解しているが、まずは個人個人が、対人間にどうやって対処するのかを幼稚園から学び直す必要があると思う。
単になあなあと、適当で希薄な友達関係しか築いて来なかったバカちんは社会に出ても、使われるコマ程度で人生を終える。それが自分の生きたい人生というのなら、別にいいが、そんな人生はクソだと思うのなら、人間とは生きる死ぬのレベルで関わるべきだと思う。
「反省文を突き返されたり怒鳴られたりの毎日で身も心もぼろぼろだった。反論しても聞き入れてもらえず、あきらめて従うしかなかった」
私なら、反省文を書かされる時点で、それをさせる意味を聞く。そしてそれに納得がいかなければ納得がいくまで説明してもらう。もし納得がいく説明の出来る頭のいい上司がその場にいたのであれば感想文を書くと思うが、そうでなければ書かない。
もし会社をやめたくなかったらやめないし、社長にその無能な新人教育係のバカさを直談判し、自分の方がいかに使えるかをアピールする。
その結果、社長に好かれれば会社に残る事になるだろうし、嫌われればクビになるかもしれないが、弁護士をつかって喧嘩するようなアホな事になるよりは人間として生きている尊厳が保てる。
要は自分ひとりで何もできんやつが、誰かの力を借りて喧嘩した所でその後の人生において何の役にも立たんという事だ。
最悪の事件というのは、自分にとって最高に成長できる瞬間だ。それを他人任せにしたら、その折角のチャンスをみすみす他人に譲る事になる。そしてアホの王子様ができあがる。
会社の方針も正しいとは言えない事が多いが、そういう会社に入社すると言う事はそれに従うか、自分がノシ上がって変えるしか道はない。
他人をとやかく言う前に、まずは自分の人間性を磨く事が先決だと思う。
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