詩や古典に親しんでいた中学生の時、初めて手のひらサイズのハイネ詩集を作り、立原道造の「人魚書房」に倣い、架空の版元「鏡書房」を設立。大学で書物研究家の庄司浅水氏に稀覯本の講義を受け、同時期、作家の福永武彦、結城信一氏、現代豆本館の小笠原淳館長と知遇を得ました。豆本コレクターの第一人、今井田勲氏が局長であった文化出版局に入局、退職後、装丁家として、様々なジャンルの装丁、グリーティングカードの絵やステーショナリーのデザインを手がけました。手のひらほどの本でも、玩具ではなく「気品と知性」が馥郁と香る書物を目指しています。
コミュニティ名は、文化出版局から出版した最初の本のタイトルにちなんでいます。