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DIASPORA

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詳細 2014年12月23日 07:21更新

Self Educational Work Project

1.思考=ディープ・ファンダジー
考えることを、頭を中心とした狭い枠組みでとらえない。わたしたちのからだ、意識化にあるもの、ざわめき、怒り、夢、ユーモア、エロスなどを含んだ潜在するディープなファンタジーと真摯に対峙することが思考(thinking)である。ファンタジーは、心とからだが重力に捉われることなく、FallしたりRollしたりする、愉快にして怖さもある世界だ。限りなく地面に近い底辺=ゼロポイントに近付いたり、そこから夢のように水平に滑ったり、そういう日常世界にはない運動を通して、さまざまなことを学ぶ。

2.個性/創造から交渉/試行錯誤
個性、創造性などがうたわれる背景には、長く日本を支配する「集団同調主義」による弊害がある。しかし、創造性(creativity)をと問われると、『才能』や『芸術』という語感の敷居から及び腰になったり、『アーティスト』というアウトサイドな姿勢を様式美から冷笑する世代が圧倒的に多い。その息苦しさからの解放を求めて、むしろプロジェクトでは、調整する(adjustment)、交渉する(negotiation)、提示・発表する(presentation)、失敗する(fail)、ひとりひとりの試行錯誤(trial and error)を共感を持って支持し、新しい【創造性】とみなす。

3.新・平等主義的コラボレーション
「人は平等である」と言われれば、少し違和感を感じるだろう。本プロジェクトの基盤となる平等主義は、固定的な理想主義ではない。反対にダイナミックで、目的や理想が不明瞭で、「もろい」プロジェクトが多い。危ないが故に、各自が責任をもって発言し、からだを動かさなければ場が動かない。しかし失敗も奨励され、各自の発言が尊重される場でもある。平等とは、維持される状態ではなく、作りだされる流動体(changing)なもの、その身体感覚を味う。

4.場=フィールドから学ぶ
すべての芸術的プロジェクトには【現場】というフィールドがある。現場には、交わりがあると同時に断絶や葛藤がある。その場の力と流れが教える事は多い。アクシデント、思惑の違い、計画どおり進行できないこと、さまざまな価値観、こうした異質なものを受け入れながら、各自の合力で出来る自己コントロールできない未完なもの。完了しない、完全ではないオートポイエーシスな状態の中にこそコラボレーションがあり、さまざまな価値(多元主義)を受け入れる可能性がある。

5.新しいマイノリティ
「少数派」を抑圧する帰属性からの脱却。共同体と馴染めない人たちの心理をマイナスとみるのではなく、積極的に「孤独」をcoolなものとして引き受ける。社会的弱者ではなく、能動的に変わりうる、しかし「もろい」人間としての自覚。そうした身体感覚のポジティブな発展と運用。

6.脱芸術/脱資本主義
受動存在/客体としてあった観客、生徒、患者、消費者などが、すすんで主体=行為者になる。「美のための美」や死の世界に陶酔する近代美学をかろやかに乗り越え、日常の中に芸術的手法を使いながら、リアルにしてやわらかなエロスを肯定する<脱芸術>を実践する。さらに、資本主義のさまざまなシステムを利用しつつ改編する<脱資本主義>を試み、コラボレーションのあり方、社会のさまざまな場(企業、学校、病院、家庭)に応用してみる。

7.サブカルチャーでもなく
サブカルチャーはもっとも自然な人々の表現である。ポップさと反教育的姿勢をもち素晴らしい。と同時に、情報操作されナルシス・イメージにも囚われやすく、本質的な感情が閉ざされやすい面もある。それに対しプロジェクトでは、コラボレーションする中で他者というリアクションを通して、まず自分の感覚を呼び覚ます。さらに無意識のファンタジーレベルまで感じ、自分がもっとも欲する感情がどこへ向かおうとしているのかを発見する。自分の欲求を否定するのでもなく、煽るのでもない。

8.ヴィジュアル・デジタル・ボディ
点滅する画面に触れたり、ブログに日記を載せるだけでなく、さらに進んだ自己表現へ挑む。サイバースペースをバーチャルな場とだけ考えず、自分の姿や、複数の人々の記憶をデータ化し、共生世界として客観的に眺めてみる。ネット的共生社会は、人々の住む距離を一挙になくしながら、新しい複数のコミュニティをつくり始めている。画面をクールに見つめ、自らも参加するホットな身体をつくる。

9.善悪はなく/PC以後
プロジェクトは善なるもの(社会正義)なのか、たんなる芸術的無価値(反芸術)なのか。それとも偽善/悪なのだろうか。価値とは、すべてコンテクスト(文脈・背景)によって決まる。PC(Political Collectness)と揶揄される社会的マイノリティへの配慮は、逆境にあっては必要だが、本プロジェクトはPCの対象に入るほど、静的ではなく、定義が絶えずずれていく。善でもなく、悪でもない、そうしたボーダーを生きること。日常と非日常、孤独と集団、政治と非政治、美と美ではないものの境界線を生きる超横断的行動。


【Hard Art from Hard Life】
迷ったら厳しい方へ。

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参加メンバー 4人
開設日
2011年6月1日

4771日間運営

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