OSHO瞑想を不定期に、場所を問わず開催しています。
誰でも参加できます。
「私は誰か?」
矢のように、その問いは全てを貫き、内側へと向かった。
そう、なんという強烈な渇きだっただろう!
私の生そのものが渇きになっていた。
すべてが燃えていた。
そして炎の輝きのように
その問いはあかあかと浮かび上がった―「私は誰か?」
驚くべきことに、理知は完璧に沈黙していた。
絶え間ない思考の流れが止まっていた。
何が起こったのだろう?
表面は絶対的に静かだった。
何の思考も過去の条件づけも一切なかった。
そこには私だけがいた―そしてその問いも。
いや、そうではない―私がその問いそのものだった。
その瞬間の、爆発。
一瞬のうちに、あらゆるものが変容された。
問いはすでに落ちていた。
答えが、どこか未知の次元からやってきた。
真理は突然の爆発よって達成されるのであって、段階的ではない。
姿を現すよう強いることはできない。真理は訪れる。
空っぽであることが解決法であり、言葉ではない。
無解答になることが答えだ。
誰かが昨日、尋ね、そして毎日、誰かしらがこう尋ねる。
「答えは何でしょうか?」と。私は言う、
「私に言わせるなら、解答には意味がない。
その意味は、自ら答えを悟ることのうちに見出される」
OSHO「Seeds of Wisdom」