写真=ベンサムさん
(副島隆彦氏の著書より)
19世紀中ごろのイギリスの奇妙な思想家、ジェレミー・ベンサムは、エドマンド・バークやジョン・ロックの思想に激しく反対した。「その自然法や自然権というものが在るのなら、私に見せてみろ」と言い放ったのである。したがって、この立場からは、人権派などはさらに木っ端微塵である。ベンサムは「憲法典に書いてあるからといって人権が無条件に至上のものとはならない」と主張する。
このベンサム主義の立場を、”ポジティブ・ロー”(Positive law)という。日本の法学者たちは、これを「実定法」と訳しつづけて、彼ら自身にもこのポジティブ・ローという法思想の核心点は全く理解できず、意味不明のままである。
このポジティブ・ローは、本来は「人定法」と訳すべきだ。
ポジティビズムとは、「社会のキマリは、神が決めるのではなくて、この地上の人間たちが決めるのである」という考え方である。「人間たちが人為的に、現実世界のルールを作るのである」即ち、「自然の法」ではなく「人定」の思想なのである。
だからポジティブ・ローとは、「神や自然が、法を人間に与えるのではなく、法は人間たちが決める」という政治思想かつ法思想なのである。
当然、この立場は「何が正しくて、何が公平で、何が善であるかも、我々人間が決める」という、恐るべき、神、自然法の否定の思想となる。ベンサマイト(ベンサム主義)は、徹底的な社会工学的な思想であり、ヨーロッパ近代思想の最後に登場した、巨大な星である。リベラル派の人々から見れば、悪魔の思想として憎しみの対象となる。現に、社会主義思想を大成したカール・マルクスは、同時代人ベンサムを「最悪の俗物ベンサム」と呼び、ジョン・メイナード・ケインズは、「蛆虫ベンサム」とののしった。
ところが、このベンサム主義は、海を渡っアメリカにも出現し、現在のアメリカ思想界にひとつの大きな華を咲かせた。それを、「リバータリアニズム」という。
この表の(5)のリバータリアニズムは、アメリカ開拓農民の伝統の中から生まれたものである。リバータリアニズムは、アメリカ共和党の中の強硬な保守派である。これは、簡単に定義すると「市場原理=経済法則を全てに優先する」思想であり、「強固な個人主義を貫く自由主義」ということになる。このリバータリアニズム(Libertarianism)は、あえて短くいえば「反福祉、反ヒューマニズム、反官僚制、反税金、反国家」という恐るべき思想である。