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隠れ一般人

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詳細 2014年6月21日 08:17更新

 隠れ一般人とは、自分が一般人であるという事を秘密にしている人たちの総称であります。


オタクっぽく見られるけど実はパンピー
ゲイっぽく見られるけど実はノンケ
アブノーマルっぽく見られるけど実はノーマル
サブカルチャーっぽく見られるけど実はポピュラー
アウトローっぽく見られるけど実はインロー
犯罪者っぽく見られるけど実は聖人 であるなど

 外見や立ち振る舞いは全て簡単に変えられるものではありません。他者に、普通の人ではないと感じさせる何かには、それこそ周囲の期待や、願望であるとか、その人を囲んだ環境によって、立場、立ち位置は定められてしまうのです。
 人間には、周囲の期待に応えようとする本質が備わっています。(だから、時々、期待と現実の差を生めるための、嘘をついてしまうことだってあるのです。)

 つまりは、その環境で、最もオタクっぽいものは、オタクとされ、ゲイっぽいものはゲイとされ、アブノーマルであるものはアブノーマルとされ、犯罪者っぽいものは犯罪者とされながら、コミュニティに沿って育ってゆくのです。
 その周囲の期待を知ってか知らずか、我々は用意された椅子に座らされます。その席には、もう名前も役職も書いてあるのです。



隠れ一般神話

 序章

 人々はコミュニティの中に暮らしており、コミュニティにはそれぞれを管轄として見守る神様がついておりました。コミュニティ外の者(他者)との会話には、必ず神様同士の通訳が必要になっているのです。他者同士は、一見すると順当に会話が進んでおりますし、分かり合って握手をすることだってありましょう。時には激しい口論になっていることもあるのですが、いつもそこには、守護霊のようにお世話をやいているコミュニティの神様がいらっしゃるのです。
 ですから、本当に人々同士でする会話とは、コミュニティの内部でしか行われませんでした。

 人々は色んなコミュニティの中で、何重にも輪にかけられながら暮らしておりました。コミュニティの神も、その中で暮らす人々を応援し、時には他者との会話を円滑にするために汗を流しながら、繁栄を願っておられるのです。
 人もコミュニティの神も、それぞれが自分の信念を持って生活をしていました。
 ところがある雲行きの悪い日に、今までとは違う神様がお目覚めになったのでした。コミュニティの中で暮らす人々の中から点々と、それもまた、今までにまるで関わりあうこともなかった、あちらこちらのコミュニティの内部で人が共鳴をし、コミュニティをもたず、コミュニケーションの能力を持たない神が自我をお持ちになったのです。
 それには、人々が繁栄によって、その数を増やす中で、突然変異で生まれた、どこのコミュニティにも属していない人が、次第に増えていたことがきっかけになりました。そして、ある日その数が一定数を上回った時に、無所属のコミュニティの神がお目覚めになったのでした。
 その日、コミュニケーション能力なき神は、私さっちゃんこと、ヤマナカユウスケの上に降りてまいりました。ご自身が自我を持たれたという根拠に基づいて、まだどこのコミュニティにも収まっていない、可哀相な人が(ある一定数以上は)いるはずだと悲しんでおられました。コミュニティを持たない神様ですから、その人たちをどうしても探すことができないのです。
 神は今すぐにmixiにコミュニティを作ることを命じられました。
 神は、肩身の狭い思いをする人々を哀れんでおられます。コミュニティを持たずに自我が芽生えた神(一般神)は、コミュニティに属さない人々(一般人)を救いたいと、心から望んでおられます。
 それから決して一般人とは悟られるなと、強く忠告をくださいました。
 
 


 コミュニティ神なき一般人には、単に会話をすることひとつをとっても骨の折れることになるようです。
 何故なら人々の会話はコミュニティ内部でしか成立せず、コミュニティ神なくしては、他者とコミュニケーションを取ることが出来ないからです。
 それは、他者が悪いのではなく、他者にとってもどのように接していいかが分からないだけですから、決してそのことを恨むことだってできません。
 気をつけてください。自分をだましよいですから、どこかのコミュニティに一度属した上で、人と話すようにしてください。

 コミュニティにはどうやって入るのかと神に問いかけてみますと、神は「席がひとつ空いているはずだから」とおっしゃいました。
 その言葉を聴いてからは、世の中をみる目が一気に変わりました。今までには全然気付かなかったような、それもいつも私のために用意されていたであろう空席が、どこへ行ってもあったのです。
 
 周期の期待が、私自身の体をのっとって、後押しをするように、もう一つしか空いていない会議の席に、私を座らせました。席につこうとする私を、そこにいた全ての他者が見守っておりましたし、腰を落としたときに一様にみせた満足げな顔というものは、私自身の気持ちを満たすものでもありました。
 そうか、これがコミュニケーションなんだと私は強く感じたのです。

 そうして、私は、席に張ってあった肩書きのままに、求められた、その立場からの意見を発信しました。周囲の期待といいますか、同調圧力といいましょうか、そんなに嫌味なものでは決してないのですが、ただただ自然としていると、そんな身の上話も機械的に、あふれ出てくるようになっていたのです。
 それは、断じて私の信念ではありません。それでも、私を誤解した目で見る人々を前に、ある種の快楽が、背中にピリっと走るような電流が、徐々に体中を震え上がらせてゆくのでした。
 私は、誤解されることの快楽を知ったのです。
 例えば、変態では決してないと自負するある人がいる。変態の存在も認めず、変態には絶対になることがないように、真面目一貫で生きてきた。その人はいついかなるときにも自分は変態ではないのに、愛を持っての行為の最中に、ふと乱れた仕草を見られてしまい「変態」だといわれる。この、愛のある誤解に、快楽がついてまわる。


 かくして、私は世間を迎え入れ、迎えいれられたりして、、どうにかやっていけるようになりました。
 私には、本当の私を知って欲しいという思いもありましたが、一般神は、私に誤解される快楽に身をゆだねることを推奨してくださいました。
 そのような葛藤があったのは些細なことかも知れません。本来コミュニティの神とは、その中の人々を平等に見守るだけの存在であるはずなのです。ある時、私にいつも付きっ切りでいる一般神に、心の中に少しだけ、そっとしておいて欲しい気持ちを出してしまったのです。


 一般神は、なんと物分りの良く、その一件以来、私のそばからは消え去ってしまいました。もうどんなに祈ってみても出てきてくれないのです。一般神が、私の思いを察して、距離をとろうとしてくださると、私を見失って、どこへいったか分からなくなったのかも知れません。 
 今はまた、かわいそうな誰かのもとで教えを説いているのでしょうか。どれぐらいの一般人を救えたでしょうか。
 私には、一般神は、本当はコミュニティが作りたかったのではないかと思うことがあるのです。一般神も他の神ときちんとコミュニケーションが取りたかった。それから、自分の気持ちが上手く伝わらない、神としての力不足を感じて、さぞかし無念であったように思うのです。私は自身に降りた神を、お力添えもできずに、一瞬の気の緩みにまかせて、裏切った結果となったのです。

 コミュニティ神とはいったい何なのか。一般神とは何だったのか。私なりの解釈と、短い期間でしたが、私と一般神が交わした時に、感じられた神の思いや、自我が芽生えてからの神がご覧になったものを書き綴っていこうかと思います。


 みなさんの中に降りてきた神の話もお聞かせください。
 単に身の上話を紹介してください。
 一般神はそれを望んでおられます。

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2007年12月5日

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