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グローバリズムの中の多喜二1

グローバリズムが進み、国民の生活は一段と深刻なものになっています。
小林多喜二について三年前に書いた文章を改めてみなさんに読んでもらおうと思いました。
                          
二月十六日土曜日、空が澄んだ寒い日だった。神戸で作家である雨宮処凛の講演会に行った。テーマは「いきさせろ!雨宮処凛と考える反貧困」。
 彼女は十代の頃はリストカット・家出を繰り返し、二十代で右翼団体に入った経歴の持ち主である。現在は生活も職も不安定に晒されている人々の問題に、取り組んでいる。雨宮さんには当事者としての迫力があり、若者の中から新しい動きが始まったという実感を強く持った。会場は立ち見が出るほどで、若者の姿が目立ち、熱っぽさと何かを求めようとする真剣なまなざしがあった。私の前に座っていた女性が、目を真っ赤にして話のひとつひとつにうなずきながら聞き入っている姿が心に残る。
私は二月に集中的に「党生活者」を中心として小林多喜二を読んでいた。二月は多喜二が虐殺された月である。現代と小林多喜二の生きた昭和二十年・三十年が私の頭の中でスパークした。
小林多喜二生誕百年記念国際シンポジウムのテーマが象徴的である。「時代を撃つことば・世界を織ることば 多喜二の描いた資本主義」この三つのことばをキーワードにして、多喜二の生き方・時代と現代の関わりを見ていきたい。

 一つ目は多喜二の描いた資本主義。
 多喜二の生きた時代はどんな時代だったのか。
 世界大恐慌が発生して、日本の経済は壊滅的な状態に置かれた。大学を卒業しても仕事がない。都市の日雇い労働者の中には野宿をするものまで出てきた。農村は都市以上に悲惨な状態で、東北では大凶作で娘の身売りさえ行われた。そんな状況の中で小作争議と労働争議が頻繁に起こり、社会主義運動は高まった。一九二八年に千六百人にのぼる共産党員や党支持者を一斉検挙した。そして労働争議も三十一年には九九八件と急増した。運動の高まりを恐れた政府は、自由主義者や共産党を弾圧していく。また、政府の要人を狙った右翼のテロもたびたび起こった。
 この状況は、今の世の中が、多喜二の生きた世界とパラレルな世界であることを暗示している。グローバリズムのなかでサブプライム問題がアメリカで起こる。投機的マネーは原油や穀物にも向かい高騰が続いている。日本ではワーキングプアーが増大し、ネットカフェ難民と呼ばれている住む家のない若者が増えている。また、自殺者が毎年三万人を越えている。地方では駅前の商店街がゴーストタウン化して、過疎が進行している。

 「党生活者」の背景である満州事変後の日本の矛盾は、どのように描かれているか。

 「倉田工業」は二百人ばかりの金属工場だったが、戦争が始まってから六百人もの臨時工を募集した。私や須山や伊藤などはその時他人の履歴書を持って入り込んだのである。二百人の本工のところへ六百人もの臨時工を取る位だから、どんなに仕事が殺到していたか分る。倉田工業は戦争が始まってからは、今までの電線を作るのをやめて、毒瓦斯のマスクとパラシュートと飛行船の側を作り始めた。が最近その仕事が一段落をつげたので、六百人の臨時工のうち四百人ほどが首になるらしかった。それで此の頃の工場では、話がそのことで持ち切っていた。皆が「首になる」「首になる」と云うと、会社では「臨時工に首なんかモトゝある筈がない。かえって最初の約束よりは半月以上も長く使ってやっているじゃないか」と云った。

 この当時活発化しつつあった軍需工業。多喜二はそこに着目して、倉田工業という軍需工場を舞台に大量首切り阻止と戦争反対の闘いを描いた。時代を見つめる鮮やかな眼がある。満州事変後の日本の現実。失業の不安におびえる働く人々の揺れ動く姿が浮かび上がる。平和産業から防毒マスクなどを作る軍需工場に転換した工場が、どのように変化したか。日本全体の工業生産額の内訳を見ると、一九二九年の工業生産の中で金属・機械などの割合は二六.三パーセントだが、一九三三年には三五.五パーセントになり繊維工業を上回る。産業構造の大きな変化が急速に起きたことを裏付ける。また、国家財政における国債及び借入金依存率が一九三一年に急上昇して、それにつれて国家財政における軍事費の比率が次第に高まっている。戦争の問題を国民生活の問題として描き、解雇撤回闘争戦争反対の闘いと結びつけて描いていることの深い背景がここにある。
 話は少し飛ぶが、最近プロレタリア文学や小林多喜二に対する熱い視線がある。今の世の中が多喜二の生きた世界と重なって見える。今や若者の二七.二パーセントが非正規雇用(二千六年)で、格差社会の浸透は若者を直撃している。ワーキングプアーや非正規雇用の問題は、現実問題としてパートやアルバイトではまともに暮らしていけないことにある。社会から必要とされていない存在ではないかという不安や未来のなさも、重くのしかかっている。一方、正社員はどうなのか。正社員の人数は少なく、厳しい労働管理が待っていて、がんじがらめになって、うつ病になったり病気になったりする人も多い。
 昨日ある会の帰り道、二人の若者と一緒に帰った。
「最近、うちの会社の社員の人が一人うつ病で仕事を休んでいるわ」
「そうですか。うちの高校でもひとり休んでいる人がいる」
 その話を聞いていたもう一人の若者が
「僕もうつ病だったのです」と突然話しだしたのでちょっと驚いた。
「こうやって話をするときはいいけれど。会社に行くと頭が痛くなって変な感じになる」
 ワーキングプアーや正社員も含めて、働くことが根本から問われる時代に入ったのではないだろうか。働く現場を崩壊させているものとして資本の論理をとらえることが大切である。グローバリズムの中で企業は激しい競争に晒されている。国際競争力を高めることが目標になり、人間らしく働くことの破壊がある。短期的には日本に競争優位をもたらすが、長期的には社会を担う人間の可能性をつぶしてしまい、希望なき社会にしていく。

グローバリズムの中の多喜二2

 二つ目は時代を撃つことばについて「党生活者」でどう描かれているか。

 須山によると、工場の中で戦争のことをしゃべり廻って歩いている遣り方は、今までのようにただ「忠君愛国」だとか、チャンコロが憎いことをするからやっつけろとか、そんなことではなくて、今度の戦争は以前のように結局は三井とか三菱が、占領した処に大工場をたてるためにやられているのではなくて、無産者の活路のためにやられているのだ。満州を取ったら大資本家を排除して、我々だけで王国をたてる。内地の失業者はドシドシ満州に出掛けてゆく、そうして行く行くは日本から失業者が一人もいなくしよう。ロシアには失業者が一人もいないが、我々もそれと同じようにならなければならぬ。だから、今度の戦争はプロレタリアのための戦争で、我々も及ばずながら、その与えられた部署ゝ部署で懸命に働かなければならない、と云っていた。
 
不況の中で、満州国の夢が語られる。背後にはロシア革命の影響が色濃く出ている。転向した人の中から日本革命として夢見られたものだろう。現代から見れば馬鹿馬鹿しい歪んだ夢だが、その時代では多くの人を惹きつけた夢だった。これが発展して大東亜共栄圏の夢が、まことしやかに語られる時代になる。多喜二はどのような勢力が力を持ち、またどのような言い方が民衆を引っ張っていくのか冷静に見ている。
 多喜二は代表作「一九二八年三月十五日」「蟹工船」「工場細胞」を次々と発表する。「一九二八年三月十五日」では 特高警察の拷問の実態を描き、「蟹工船」では植民地的搾取と軍隊の本質を描き、「工場細胞」では近代的工場の産業合理化を描いた。時代の矛盾点や裂け目を見事な言葉で抉っていった。
 彼は自分の作品の力と同時に、欠点も人一倍強く自覚していた。弾圧に対して抵抗という画一的な描き方しかしていないのではないかと、厳しく内省している。弾圧がありそれに対してビラまきやデモがあるというワンパターンな形でしか、描いていない。これからは、多様で具体的な人間を通して人間を描く。めざすものは「静かなドン」のような悠々と流れる大河のような小説なのだと夢を語っていた。志賀直哉に対しても多喜二は、あなたの立場から率直な批評をしてほしいと頼んでいる。世界観と創作方法の問題をより深める為に、自分とは違う立場の意見を求めた。志賀直哉はそれに応えて、多喜二の文学を全体として認めた上で「プロレタリア運動の意識が出てくる所が気になります。小説が主人持ちであることを好みません。プロレタリアにたずさわるものとしてやむをえぬことと思いますが、作品として不純になり効果も弱くなると思います。大衆に教えるということが多少でも目的となっている所は弱みになっているように思います」と率直に書いている。
 「時代を撃つことば」を、多喜二はどうやって獲得したのか。
 小林多喜二の生き方を考える時に拓殖銀行時代を大事だと思う。エリート銀行員として生きる。それは貧しさから脱出できる大事な契機となり、自分の出身・出自から脱出し上昇して生きることが可能な道であった。高等教育を受けエリートの道を選んで生きれば、安定した豊かな生活が待っている。事実多くのエリートはこの道を歩いていった。多喜二は拓殖銀行時代に資本論を読み、小作争議・港湾争議を応援し、小説を書く。なぜ多喜二は上昇して生きる道を捨てたのか。なぜ彼はそのような志向を持ったのだろうか。彼も簡単に捨て去ることができたわけではない。一九二六年九月二一日の日記に自分の矛盾や不徹底を見つめた文章がある。
「俺が赤貧洗ふ、と云ってもまだるっこい生活をしていながらも(親戚のお蔭で)高商を出た。そのインテリゲンチュアーらしさが、当然与えるアリストクラテックな気持ちがその赤貧といふ俺とごっちゃに住むやうになった。俺のあらゆる事件に打ち当たっての矛盾不徹底はこの『ごっちゃ』からくるやうだ。丁度、あの二重国籍者のやうな!」

 多喜二と対照的なのは芥川龍之介である。芥川は彼の出自である下町から脱出してエリートとして生きる道を選んだ。そして、芸術のための芸術を作り上げ自殺した。
 「党生活者」の中でも非常に印象的な言葉がある。「全生涯的感情」このことばには、
自分の階級を裏切らなかった多喜二の思いと、その中にしっかり自分を沈めて自己形成を遂げた自信が込められている。その原動力はなんだったのだろうか。貧しさを抱きしめる方向で生きていくことができたのだろうか。原体験としての貧しさ。その世界は単なる貧しさの世界ではなく、父母のぬくもりや大地のぬくもりがあり、強靱な生活感性が満ちた世界だったのだろう。そのつながりに彼は豊かさを見いだした。逆にエリートの道に冷たい世界を見ていたのだろう。
 多喜二は多喜二の生きた時代の資本主義をいろんな角度から描いた。現代の資本主義とは大きく異なっている面もある。現代では資本主義はより巨大になり、よりたくましくなり、同時に病的にもなっている。実態経済とかけ離れた投機が世界を駆け回っている。
 グローバリズムは多くの人を幸福にするシステムだろうか。それとも、不幸にするシステムだろうか。
 グローバリズムは、旧ソ連が崩壊して地球上のすべての地域にわたってグローバリズムが浸透して、巨大な世界市場の生成によって始まった。真の意味で外部がないひとつの世界が成立した。それはある意味で近代の資本主義の究極的な姿だろう。
ノーム・チョムスキーは「未来の国家」という講演で次のように述べている。彼は現在の先進国がとりうる国家形態は次の四つだと言っている。一つはソ連のような国家社会主義。二つ目はケインズに代表される福祉国家資本主義。三つ目は新自由主義。四つ目はリバタリアン社会主義。これは国家社会主義を否定しながら同時に福祉国家資本主義の道をも否定する。リベラルな社会主義を求めるもの。これはまだどの国にも実際に存在したことがない点が他と違っている。
 国家社会主義の消滅とともに福祉国家資本主義も衰退した。新自由主義がわがもの顔で世界を席巻するようになった。
 資本主義的発展が生み出す矛盾は消えることはないだろう。光はより激しく光り、闇はより激しくなる。その落差は認識するものに激しい眩暈にも似た気持ちにさせるだろう。その典型が 9・11だろう。9・11以降の世界=現代の世界もクラッシュが止む気配がない。

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老いのなかの芸術

先輩から電話があった。彼は73歳でパーキンソン病になっているが、60歳台のときは中国の青島の大学で日本語を教えていた。その体験をベースに1年程前から小説を書き始めた。最近は小説を書く仲間もでき、合評会を毎月開いているらしい。
「先はそう長くはないので、3年をめどにやろうと思っている。できれば1冊本を出したい」
「すごいですね」
「最近思うことですが、想像力も無からはできない。想像力を広げる核になるものが大切だと思うようになった。そういう面では取材が大事だし、観察する目をもっと持たなくては」
情熱を込めて話している声は若々しい。何歳になってもそんな気持ちが無くなってはいけないなあと感じた。ある年齢に達すると自然と終わりのときを考える。そして、そんなに時間が残されていないことを知る。自分の限界も知っているが、やはり意識を拡大し何かに向かって命を燃焼したい気持ちはある。

わたしも小説を書いているが、読むのと書くのでは大きな開きがある。書くことはしんどいけれど、イメージが豊かに広がり言葉が紡ぎだされるとき、深い充実感がある。

老いのなかの芸術の意味とはなんだろうか。あるいは価値とはなんだろうか。
先輩にとって、小説は生きる張り合いであり、心の支えになって生きる意欲を促すだと確信する。
ウィルバーが芸術について独自の見方をしているので紹介したい。

芸術とは何か。それは息を呑ませる力だ。芸術はあなたの中に静かに浸透しそして、あなたは変えられる。わずかかも知れない。それでもあなたは変えられるのだ。
あなたは、欲望、渇望、自我、自己収縮などから解放された、静かな深い森の中に開かれた小さなオープンスペースに招き入れられる。その意識の中の静かなオープンスペースを通して、高次の真実、微細な啓示、深い結合の光が射してくる。一瞬の間、あなたは永遠なるものに触れる。

芸術のつくりだすプロセスの中で、自我に閉じ込められた意識が解体され、一瞬であるにしろ解放される。瞑想が、縮小した自我を解き放つと同じように、芸術にも同じ力がある。
残された時間の中で、世界に向けて伝えたいこと。それは、小説を書くというラストワークで今までの人生をまとめる作業にもなるのだろう。

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