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「自由クラス理論」非標準集合論コミュの小林さんとの議論 1

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 自然数を表現可能でしかも無矛盾な体系

 昔、小林さんと掲示板で議論したもののコピー



 投稿者:河本 

 小林さん

 

 不完全性定理 : 

 以前に、「自然数を表現できて、しかも無矛盾なことが示せる体系がある」と書き込みましたが、その解説始めようと思うのですが、おつき合い願えますか?

 と言いつつすすめてしまっていますが、最初に記号論理学の記号たちの意味、お分かりになりますか?

 もしご存じなければ、記号使わずに自然言語で解説します。

 

 

 投稿者:小林 

>河本さん

>  不完全性定理 : 

>  以前に、「自然数を表現できて、しかも無矛盾なことが示せる体系がある」

> と書き込みましたが、その解説始めようと思うのですが、おつき合い願えま

> すか?

 

是非お願いします。\(^o^)/

 

>  と言いつつすすめてしまっていますが、最初に記号論理学の記号たちの意味、お分かりになりますか?

 

たぶんわかると思います。忘れているかもしれませんが、調べれば思い出すと

思います。

 

>  もしご存じなければ、記号使わずに自然言語で解説します。

 

もし余裕がありましたら、自然言語での解説もお願いします。

 

ところで、無矛盾であるということはその体系では公理の数は有限個であると

いうことですね。

ちょっとわくわくしています。

 

 

 poetic class theory  投稿者:河本  投稿日: 3月21日(日)14時36分41秒

 

 小林さん

 >ところで、無矛盾であるということはその体系では公理の数は有限個であると

いうことですね。

 

 有限にすることも可能だと思います。

 

 無矛盾性と公理の数に関係があるのでしょうか?詳しくありません。

 短く解説可能ならお願いします。もし無理なら、何か良い本をおおしえ下さい。

 

 公理 : 

 FCの公理は次の三つです。

 A. ma ∀A∀B∀x∀y  A ma x ∧ B ma y ∧ A=B ⇒ x=y

 

 A. el ∀A∀B (∀a a ∈ A ⇔ a ∈ B) ⇒ A=B

 

 A.F ∃x∃B (∀a a ∈ B ⇔ F(a)) ∧ B ma x

 

 FCはFree Classの頭文字です。

 自由群が全ての群を表現できるように、「自由クラス」上に全ての集合論が表現可能なことをあらわす名前です。

 

 A, B, C, ...は「集まり」のための変数です。ギリシャ文字を使うこともあります。

 a, b, c, .... は「クラス」のための変数です。

 

 FCの「集まり」も「クラス」も、ZFのクラスに似ていますが、それぞれ次のように異なります。

 FCの「集まり」はけっして要素になりません。「クラス」のほうは全て要素になります。

 これに対し、ZFのクラスはその一部が要素になり得ます。

 *ZFは普通の集合論のこと。

 

 A.maは”「集まり」はただ一つの「クラス」を作る ”という公理です。

 

 これは関数の性質ですが、事実、集合Sとその上の関数fでFCのmodelを作ることが可能です。

 例 : Sとして整数の集合Zをとる

 「集まり」を整数の集合、クラスを整数、Zの部分集合からZへの関数fを{n_i}→Σn_i や{n_i}→max[n_i]とする。

 これらも使い道はありそうですが、FCの本質を表現してはいないので、自然言語を用いた例で解説します。

 

 A.elは”「集まり」はその要素によって決定される”という公理です。

 

 ZFのクラスと同じ性質ですが、FCの「集まり」はそのままでは要素になり得ません。

 

 A.Fは”性質Fを満たすクラスを集めればある「集まり」が出来、その「集まり」はあるクラスを作る”ことを各Fごとに表している公理群です。

 

 

 poetic class theory 二  投稿者:河本  投稿日: 3月21日(日)14時47分11秒

 

 自然言語を用いた考察 : 

 

 シナトラの唄う「Fly me to the moon」の歌詞の一節です。         

              Fly me to the moon,

             And let me play among the stars

             Let me see what spring is like on Jupiter and Mars

             In other words: Hold my hand!

             In other words: Darling kiss me!

 アポロ8が月へ向かうのを生中継している11PMの中で、由美かおるが3人の宇宙飛行士を見送りながらこの歌を歌っていた。>何号だったか定かでない。

 この歌詞を言語学の標準の方法で分析してみると。>分析と言うほどではなく、ただ形式化するだけ。本質だけを議論するのでかなり話を単純にします

 

 音声で表される言語{Fly me to the moon}、その文章が表現する意味[私を月まで飛ばすイメージ、あるいは本当にそういう行動]、唄っている彼女の気持ちを表す言語{Hold my hand! , Darling kiss me!}、この文章が表現する意味[手を取って、キスをしてダーリン。こっちはイメージではなく行動でしょう]、前者の言語から後者の言語への「比喩」と呼ばれる写像、この写像によって引き起こされる音声言語の意味から彼女の気持ちへの対応関係、こんなところでしょうか。

 この方法は、自然ですし有効ではあるのでしょう。

 

 しかし、ぼくはややこしすぎると思う。

 

 もっと単純に記述可能なのではないか?

 分析すべきは{Fly me to the moon}という文章でしょう。

 {Hold my hand! , Darling kiss me!}のほうは気持ちを解説しているのだから、前の文章に対しては「メタ言語」なのではないか。

 さらに、文章とその意味はほぼ一対一に対応しているのだから、両者を同一視してもよいのではないか。

 また、「標準の文法」ではなく「彼女の文法」を形式化すればよいのではないか。

 などなど考慮すると次のようになる。

 

 彼女が言った文章{Fly me to the moon}は、彼女の気持ちの中では、[手を取って、キスをしてダーリン]という概念になっている。

 ようするに、彼女のお相手はこの文章を聞けば、彼女の気持ちをこう察して行動に移す、というのが正しい判断なのでしょう。

 

 これらを形式化すると、

 概念Fly、 me、 to、 the、 moonたちは、文章S={Fly me to the moon}の要素であり、文章S={Fly me to the moon}は概念I=[手を取って、キスをしてダーリン]を作る。

 Iの説明にメタ言語として日本語を使っています。

 

 論理式にすると、

 Fly ∈ S、me ∈ S、to∈ S、the ∈ S、moon ∈ S、そして、S ma I

 

 言語学の文章・概念はクラス理論の「集まり」・「クラス」に対応します。

 従って、概念∈文章、文章ma概念のそれぞれは、クラス ∈集まり、集まりma クラスとなります。

 

 公理のまとめ : 

 

 前の書き込みがまとめになっているので引用します。

 

    −−−−−−−−−− 

 

 FCのクラスはその名に反して、ZFで「クラス」と呼ばれるものとは違い、要素を持っていません。

 何の構造もないだたの「一点」です。>イメージです

 

 ZFで集合を集められるように、FCにおいてもクラスを集めることが可能です。

 ここで「クラス」という言葉を使っていますが、これでよいのです。

 ZFでは「集合」しか集めては行けませんが、FCではどんなクラスを集めても構いません。

 

 ZFでは集合を集めて出来たクラスがもし集合であるなら、再びそのクラスを集める対象としますが、FCではクラスを集めた「集まり」はそのままではまだ集める対象になっていません。>クラスではないので「集まり」と呼ぶ

 「集まり」の要素たちが溶け合い一つになって「クラス」になると、再びそのクラスを集める対象とすることが出来ます。>この過程を記述するのが述語「m」です。mはmakeの頭文字で、α m cは「αがcを作る」を表現しています

 

 ZFで「x∈c、ただしc={x、y、z}」という論理式に対応する概念は、FCでは「x∈β、ただしβ={x、y、z}、そしてβ m c」という概念になります。

 

    −−−−−−−−−− 

 

 *変数A,B,C,....の変わりに、α,β,γ,....を使っていました。

  述語maの変わりにmを使っていた。英語ではma、日本語ではmと書いています。

 次回はFCとZFの対応について。

 ツッコミ歓迎。

 分からないこと気軽に聞いて下さい。

 

 

 Re: poetic class theory  投稿者:小林泰三  投稿日: 3月22日(月)00時56分22秒

>河本さん

>  小林さん

>  >ところで、無矛盾であるということはその体系では公理の数は有限個であると

> いうことですね。

>

>  有限にすることも可能だと思います。

>

>  無矛盾性と公理の数に関係があるのでしょうか?詳しくありません。

>  短く解説可能ならお願いします。もし無理なら、何か良い本をおおしえ下さい。

 

おっと、無矛盾性というのは、「互いに矛盾する定理を証明することが不可能

であること」でしたね。

公理の数云々は僕の勘違いです。お忘れください。

失礼いたしました。

 

FC の解説ありがとうございました。

 

これからじっくり読ませていただこうと思いますが、述語 ma がキーになる概

念のようですね。

 

>  これらを形式化すると、

>  概念Fly、 me、 to、 the、 moonたちは、文章S={Fly me to the moon}の要素であり、文章S={Fly me to the moon}は概念I=[手を取って、キスをしてダーリン]を作る。

>  Iの説明にメタ言語として日本語を使っています。

 

Iには、手、を、取っ、て、等が要素として含まれるように見えるけれど、こ

れはメタ言語なので、実際にはIは一体であり、要素は存在しない、という理

解でよろしいでしょうか?

 

 

 make 投稿者:河本  投稿日: 3月22日(月)17時29分34秒

 

 小林さん

 >これからじっくり読ませていただこうと思いますが、述語 ma がキーになる概

念のようですね。

 

 そのとうりです。

 

 FCの基本は難しくないと思うのです。

 

 それは「ローレンツ変換が難しくない」というのと同じで、ただしニュートン力学の見方を捨ててしまわなければならないように、普通の集合の見方を捨てなければなりません。

 

 >Iには、手、を、取っ、て、等が要素として含まれるように見えるけれど、こ

れはメタ言語なので、実際にはIは一体であり、要素は存在しない、という理

解でよろしいでしょうか?

 

 全く正しい理解です。 (^^) 

 

 

 

 ZFとFCの対応 投稿者:河本  投稿日: 3月30日(火)15時34分40秒

 

 形式 :

 普通の集合論は形式として閉じていない。

 例えば最初に集合a,b,c,....が存在したとすると、{a}、{{a}}、{a,b}、{a,{b},{{c}}}、....など限りなくクラスを生成することが出来ます。

 これに対してFCでは、最初にクラスa,b,c,....が存在したとして、{a}、{{a}}、{a,b}、{a,{b},{{c}}}、....等の「集まり」が作るクラスは最初に存在するクラスの中の一つですから、「無限にクラスが生成されて行く」ということはなく、閉じた形式で表現されます。

 これは理論の全体像をイメージするのが容易であるというメリットがあります。

 

 ZFの論理式とFCの論理式の間の対応   : 

    ZF             FC 

    x∈y      ←→    ∃B(x∈ B∧ B ma y)    −TR−                  *TRはtranslationの頭文字

 ZFで「xがyの要素である」という論理式に対応するFCの論理式は「xを要素とするある集まりがyを作る」となります。

 

 x∈x : 

 ZFでは「自分を要素とする」という集合は非常におかしなものですが、FCではそういうクラスを理解するのは易しいことです。

 >ZF

 {x,y,z}=xだとすると、確かにx∈xですが、{x,y,z}のxを{x,y,z}で置きかえると、{{x,y,z},y,z}となり、さらにxを{x,y,z}で置きかえると、{{{x,y,z},y,z},y,z}となって、xは無限に続く入れ子構造のクラスだと分かりますが、理解の難しい対象です。

 >FC

 {x,y,z} ma x とすると、TRのBを{x,y,z}とすれば、この式がZFのx∈xに対応した論理式であることが分かります。

 この式は単に集まり{x,y,z}の作るクラスがその要素であったというだけで、xは構造を持たない=要素を持たないただの点ですから、形式が入れ子になってややこしくなったりはしません。

 もちろんxのZFにおける事情は表現されてはいるのですが、FCでは見通しよいことが議論を進めていくとお分かりになると思います。

 

 

 

 矛盾の解消 投稿者:河本  投稿日: 4月 2日(金)16時18分36秒

 

 ラッセルのクラス : 

 

 ラッセルの矛盾をNSで表現するとこのようになります。

        *NSはnaive set theoryの頭文字。

 

    ∀a a ∈ R ⇔ ¬ a ∈ a

 

 この論理式を自然言語で表現すると「クラスRの要素であることは、自分を要素としないことである」となります。

 クラスRは自分を要素としないクラスを全部集めたクラスである、と言うことも出来ます。

 

 ここで、変数aにRを代入してみます。

    a=R とすると、

      R ∈ R ⇔ ¬ R ∈ R

 これはある命題とその否定が等価ということですから矛盾です。

 

 ラッセルは論理式三つで数学の基礎を崩壊させたわけです。>たいしたもんじゃ (^^) 

 

 クラスr_0 : 

 

 クラスRについてFCで考察してみることにします。

    ∀a a ∈ R_0 ⇔ ¬(∃B a∈ B∧ B ma a )   −0−

 右辺の括弧の中の式は、TRよりZFではa∈ aを表しますから、右辺はその否定で¬ a ∈ a です。

 確かに集まりR_0は、自分を要素としないクラスを全部集めた集まりで、ZFの論理式に対応しています。   

    *R_0と添え字が付いている文字は、ある集まりを表す定数です。

 この集まりR_0がクラスr_0を作ります。

    *r_0と添え字が付いている文字は、あるクラスを表す定数です。

 式で書くと、

    R_0 ma r_0               −1−

 

 ここでNSと同じように、変数aにr_0を代入してみます。

    a=r_0とすると、0式は  

       r_0 ∈ R_0 ⇔ ¬(∃B r_0∈ B∧ B ma r_0 ) −2−

    もし、

       r_0 ∈ R_0 が真         −3−

    と仮定すると、1式と合わせて、

       r_0 ∈ R_0 ∧ R_0 ma r_0 が真 

    ゆえに、

      ∃B r_0 ∈ B ∧ B ma r_0 が真     −4−

 

    一方、2式の「⇔」の両辺の真偽値は同じでなければなりません。

    仮定から、   

        r_0 ∈ R_0 が真

    なら、

       ¬(∃B r_0∈ B ∧ B ma r_0 ) も真   −5−

    となり、4式と5式を比べると、論理式とその否定が真ですから矛盾です。

 

    3式を仮定して矛盾になったのですから、3式の否定が得られます。

    ゆえに、

        ¬r_0 ∈ R_0               −6−

    さらに、2式の「⇔」の両辺の真偽値は、同じでなければなりませんから、

    右辺の¬(∃B r_0∈ B∧ B ma r_0 )も否定されて、

         ∃B r_0∈ B∧ B ma r_0       −7−  

    結果として6式と7式が得られることになります。

 

 このようにNSでは矛盾を導くクラスRも、FCで考察すると矛盾はなく、二式が得られるだけです。

 

 >まとめ  

 得られた結果を自然言語で表現します。

 

 「自分を要素としないクラス全部を集めたクラスRは、自分を要素とするのか?」という問いに対する答えは、こうなります。

 

 NSでは、「矛盾を起こし、答えられない」。

 FCでは、「自分を要素とする」。   >7式

 ちなみに、ZFでは「自分を要素としない」です。>Rが集合でなくなる

 

 

 

 集合論とか丸鋸氏とか 投稿者:小林泰三  投稿日: 4月 4日(日)23時47分35秒

 

>河本さん

>ラッセルの矛盾

 

おお。長年の疑問が少しだけすっきりしました。

従来の集合論の公理系は不完全だったと理解していいのでしょうか?

 

また、FC で自然数を定義するのは NS とよく似た手続きでいいのでしょ

うか?

 

 

 ふつうの集合論 投稿者:河本  投稿日: 4月 8日(木)16時53分50秒

 

 小林さん

 >おお。長年の疑問が少しだけすっきりしました。

 >従来の集合論の公理系は不完全だったと理解していいのでしょうか?

 

 クラスや集合という概念の本来の姿を正確に捉えていなかった、と言うことができるでしょう。

 NS・ZFでは概念の細やかさが不足しているのです。

 例えば6式は、TRによらないので正式な対応ではないのですが、無理にNSで読めば、  

       ¬ R ∈ R

 です。

 一方、7式はTRより、

         R ∈ R

 です。

 

 FCでは異なる二つの式が、NS・ZFでは論理式の精密さが足りず区別不可能であり、その結果同じ式の否定・肯定が導かれ矛盾を導くわけです。

 

 ただし、ご存じのように「不完全」という言葉は、論理学では「公理系から導けない真の命題がある」ことを表現しますから、「自然数を表現できる」集合論の公理系は、「不完全性定理」より無矛盾なら不完全です。

 これは欠点ではありません。>完全なら矛盾している

 

 ZFの上に現代数学のほぼ全ては表現できているので、良い公理系であることは確かです。

 

 現代の数学者達は、ZFの公理系が提案されて以降、クラス・集合に対して疑問は持っていないようですから、何か疑問をお持ちの小林さんは数学者たちより感性が鋭いのではないでしょうか。

 何について疑問だったのか、ご説明願えますか?

 FCで分析すれば小林さんの疑問、「少し」でなく「全部」解決可能と思います。
    

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