夢みる頃を過ぎてもコミュの家族の些細な物語

「戦争なんて知らないけれど」短歌研究　

わが知るは原子爆弾一発のみ一小都市に来しほろびのみ　　　　　　　竹山広　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『遐年』

照明弾に似る花火あり逃げ場なき身の曝されてありし数刻　　　　　山本かね子　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『ものどらま』

誰かわれをコートの腕に寄らしめよバス待つひまに雪降りつのる　　北沢郁子　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『桑繭』

　　　家族の些細な物語

　私の父は大正十四年六月生まれ。佐賀県の
官吏の家の四男四女の三男、上から七番目だ
った。昭和の年号と年齢が一致する、三島由
紀夫等と同年生まれである・
　兵隊検査は第二乙だったというが、なぜか、
昭和二十年の八月になっても召集令状が来ず、
実家でもっぱら力仕事をしていたらしい。
　八月九日、長崎市に新型爆弾投下の報。姉
が嫁いでいたので、父は翌十日の夜に長崎に
入り、二日間、被爆直後の市内を歩き回って
姉一家を捜すも、発見できず、十二日に、佐
賀市内の実家に戻る。結局、姉（私にとって
は伯母）一家は、佐世保の別の姉の嫁ぎ先に
避難して、無事だったとのこと。（ちなみに、
この父方の親類は、一人も戦死、戦災死して
いない。）この原爆投下直後の長崎で見たこ
とを父は私には生涯語らなかった。
　　わが知るは原子爆弾一発のみ一小都市に
　　来しほろびのみ　　　　　　　　竹山広『遐年』
　父は敗戦後、長崎商工に入学し、野球部で
活躍し、当時、都市対抗野球の強豪だった全
藤倉の藤倉電線に、野球枠で入社したらしい。
いちおう、都市対抗野球のシンボルの黒獅子
の意匠のメダルが家にあったので、都市対抗
野球には全藤倉の一員としてベンチ入りはし
ていたらしい。昭和二十六年に、同じ職場の
東京生まれの事務員であった私の生母と結婚
して、翌昭和二十七年に私が生まれる。
　私の生母は大正十二年生れ（父より二歳上）。
東京の本所の土建屋の娘で、一男四女の長女。
昭和二十年三月十日の東京大空襲で実家は全
焼、その後、千葉の幕張に一家で疎開して、
八月十五日を迎える。（母の父、つまり私の
祖父は昭和十五年に癌で亡くなっていた。）
その後、何やかやあって、東京に戻り、藤倉
電線の事務員になって、前記のとおり、父と
結婚したわけである。
　敗戦の時点で、母方の一家は、明治二十九
年生まれの祖母、大正十四年生まれの次妹は
結核で療養中、昭和二年生まれの三妹は、二
階堂女子高等学校（現在の日体大付属二階堂
高校）に在学中で、卒業後は、実践女子中学
の保健体育の教師になる。昭和六年生まれの
四妹は中学生、昭和九年生まれの長男は、ま
だ、小学生だった。
　私の生母の結婚までは、祖母（病院の賄い
婦をしていた。）と生母が生活を支え、その
後は祖母と教師になった三姉が一家を背負っ
たのだろう。結核の次妹は昭和二十年代の終
りまで、サナトリウムで療養して、回復後は、
漢方の薬剤師の資格をとって自立した。四妹
は、高校卒業後、家事手伝いをしていてが、
三十歳を過ぎてから、事務員になり、十年ほ
ど勤めてから、そこの上司の後妻になった。
末っ子の長男（私の母方の唯一の叔父）は、
東大を目指して二浪後、あきらめて早稲田の
理工科に入学、卒業後は一部上場の建設会社
に土木技師として就職した。これが、昭和三
十四年、つまり、そのあたりまで、一家に戦
争の影はおちていたということになる。
　　照明弾に似る花火あり逃げ場なき身の曝
　　されてありし数刻　　　山本かね子『ものどらま』
　母方の祖母も叔母たちも、空襲の怖さは
何度も語ってくれた。祖母と生母は、機銃
掃射にあって、防空壕まで必死で走って逃
げた話もよくしてくれた。母方にも父方に
も短歌をつくる親族は一人もいないので、
文字では残っていないが、掲出歌と同じ思
いを祖母と生母が、戦後も感じていなかっ
たとはいえない。
　生母は昭和四十八年、五十一歳の時に肺
癌で亡くなった。翌年、生母の次妹が、四
十七歳で父と再婚した。叔母が義母となっ
たわけである。ずっと保険体育の教師をし
てきた叔母は、すでに成人していた私と、
高校一年生の弟と二人の息子を持つことに
なった。この結婚以前に、叔母にどんな恋
があったかは私は知らない。いずれにせよ、
茨城のり子の「わたしが一番きれいだった
とき」の世代である。
　　誰かわれをコートの腕に寄らしめよバ
　　ス待つひまに雪降りつのる　　北沢郁子『桑繭』
　再婚後数年、定年を迎える直前から、父は
「ゴルフのバックスイングの時、腕が上がり
にくい」「麻雀の時、牌を落としてしまう」
と言い始め、病院に通い始めた。右腕、左
腕、右脚、左脚と運動能力が失われ、定年
後、三年ほどで、寝たきりとなった。診断
はＡＬＳ（筋委縮性側索硬化症）だった。
原因究明のために、医師は父に、今までの
人生で、事故や大病の履歴があるかと尋ね
た。野球部時代もケガらしいものはなく、
強いて言えば、二十歳の時の長崎での一泊
二日の体験だろうかとの話になった。医師
は、それが原因だとも、そうでないとも断
言できないと言った。その後、さらに病状
は進行し、平成三年に呼吸不全で死んだ。
　戦争は、無条件降伏で終ったわけではな
く、その後の人々の生活に、無限の影響を
与えた。たかが、私の家族だけでも、戦争
に関わるこの程度の物語はあるのである。

ＹｏｕＴｕｂｅなるシステムにミスチルが歌う「タガタメ」、生きる　誰ガ為　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　藤原龍一郎