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メイキングオブ ハルカ天空編コミュの●第四章 再会 1〜4

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 第四章 再会
 ─1─

 木々の間からわずかに空が見える。地面まで届く光は少ない。深い森の中だ。
 時間はわからない。明るさから考えて早朝か夕方のどちらかだ。セミの声がする。
 てっきり、こっちに着けばハルカが目の前にいるものと決めつけていた。そう甘くはないらしい。まいったな……。
 ──ここ、どこ?
 前に来たときに、ハルカや市松と通った森に似てる気もするが、ぜんぜん違う気もする。
 人里か川が見つかることを期待しつつ、とりあえず山を下ることにした。
 歩きながら、右の手首に巻いた腕輪を額に押しつけてみる。
 ──もしも〜し! 俺だ、俺、オレ! どうしていいかわからない! 助けてくれ〜!
 ……って、これじゃあ、まるでオレオレ詐欺だな。
 いちおう気持ちを込めてメッセージを送ったつもりだ……が、考えてみればハルカの声を受け取ったことはあっても、俺から送ったことはない。はたして上手く届いたのやら?
 そういえば、じいさんの日記にあった「邪馬台国にて、卑弥呼に会う」とは、どういう意味だったんだろう。まさか、じいさんもあの鏡を通って、こっちに来たことがあるのだろうか。
 あんがい「ソープランド邪馬台国で、卑弥呼ちゃんと▽【▽:ハート記号】」というメモだったかも。
 ……ソープランド邪馬台国? ありえんな。
 くだらないことを考えながら歩いているうちに、辺りが暗くなってきた。どうやら朝じゃなかったらしい。
 ま、とりあえず食糧も水もある。防寒シートも入ってたから、いざとなれば何とかなるだろう。
 でもできれば雨風がしのげる場所、それが贅沢ならせめてもう少し空が見える開けた場所を探したい。俺は歩みを速める。
 いよいよ暗くなってきた。俺は懐中電灯を取り出し、前方を照らす。
 ──うそだろ、おい……。
 泣きたくなった。懐中電灯の光がとらえたのは、二〇メートルほど先を横切ろうとしていた鬼たちの集団だ。
 泡を食ってライトを消すがもう遅い。鬼どものほうも、ぎょっとしたように目をひんむき、一斉に振りかえる。夕暮れのなか不気味に浮かぶ赤い眼。五匹、六匹、七匹か。
 俺は回れ右して全速力で逃げ出した。走りながら必死で考える。
 ──武器は!?
 逆矛はない。ハルカが持ったままだ。あるのは、リュックのどこかにある刃渡り三センチの十徳ナイフ一本。ドライバーや栓抜きのほうが、まだ武器として優秀。
 いや、戦ったところで勝ち目はない。逃げ切れば俺の勝ちとしよう。
 土ノ衆【つちんしゅ】は鉄製の武器を持っている。俺は背中のリュックだけ。スピードはこちらが勝る。
 引き離したら闇にまぎれこんで息を潜めてやり過ごす。これが一番、現実的だ。
 そのとき、ぶーン、と耳のそばで風を切る音がして、目の前の大木に何かが突き立った。
 金属バットに似ている。ただし通常のバットよりでかい。とくに太さは三倍はある。
 ──これって、いわゆる“鬼の金棒”ってやつ?
 後ろを振り向く。暗くて確かではないが、鬼との距離は縮まってないように見えた。ということは、こんな重そうなモンを二〇メートルも向こうから、ぶん投げてきたってこと?
 ぶーン。
 うひっ、また来た! 俺は思わず地べたに這いつくばる。
 その頭の上を、新体操のバトンのように回転する金棒がかすめる。
 ズザザザという音に顔を上げると、前方の茂みに金棒がなぎ倒した道ができている。
 自分の頭がザクロのように爆ぜるイメージを、頭から振りはらう。
 走ろうと焦るが足がもつれる。
 ぶーン。
 勘弁してくれー! 俺は傍らの大木の陰に跳びこむ。
 金棒が激突し太い幹が震える。次の瞬間、みしみしと音を立てて、俺の代わりに大木が倒れた。
 今できたばかりの切り株の向こうに、鬼の目が放つ赤い光が揺れている。距離が縮まっている。狙いもだんだん正確になってきた。
 ──どうする?
 俺はヘッドスライディングの要領で近くの茂みに滑りこむ。そのなかを中腰で移動しながら、懐中電灯のスイッチを入れる。そして思いっきり遠くに放り投げた。
 ──鬼たちは?
 ふぅ〜〜、懐中電灯の光を追っているようだ。足音が遠ざかっていく。あとは見つからないことを祈りながら、ここで鬼たちが去るのを待つだけだ、……と思ったそのときだ。
 チーチチ、チーチチ、チーチチ……。
 左の手首で水色の腕輪が鳥のようにさえずった。
 その音に鬼たちの足音が止まる。
 ──冗談だろ……。
 俺は暗闇の中をまた走り出す。腕輪を額につける。
 >>久しぶり! >>元気だった? >>
 能天気なハルカの声が頭の中にこだました。
 俺、この女、嫌いかもしれない。
 と、突然、後ろで鬼たちがわめきだした。振り向くと木を見上げて金棒を振りまわしている。
 ──あ、天狗だ!
 数人の天狗が、けたたましく笑いながら、鬼の頭上から何か投げつけている。攻撃自体は大して効いてないようだが、鬼たちがそっちに気を取られているのは確かだ。
 さすが風ノ衆【かぜんしゅ】、他人をからかって怒らせるのは得意なようだ。
 よし、今のうちに。
 チーチチ、チーチチ、チーチチ……。
 ──うっせぇー! 今度は、なんなんだよぉ。
 ぶーン。
 腕輪が奏でる音をめがけて投じられた金棒が、背後にあった岩をこなごなに砕いた。
 >>そのまま、まっすぐね>>>
 額に当てるとハルカののん気な声。こいつ、俺が今どういう状況なのか絶対わかってない……。
 数匹の鬼たちが、あざける天狗を無視して、また俺を追いはじめた。
 選択肢はない。俺はバカ女の指示を信じて、転がるように山を下った。水の音が聞こえてきた。
 ──なんでだよぉ!
 斜面を駆けおりた俺の目の前に川があった。闇の中でも白い波がわかるほど流れが速い。後ろには、天狗の挑発にカンカンに頭にきているらしい鬼たちが迫っている。
 今回は選択肢がふたつある。溺れて死ぬか、頭を勝ち割られて死ぬか。
 ──ちきしょー。どっちもイヤだあ。
 俺は意を決して川の中にジャバジャバと入る。
 そのとき、上流から水を蹴立てる騒がしい音が響いてきた。
 慌てて水から上がる。俺のすぐ後ろを人の背の二倍ほどもある波が通り過ぎる。
 丸みを帯びた巨大なシルエットが現れた。その足元では四つの車輪が回っている。
 一大率のクジラ車だ!
 ポォォォォォォォォォォォ。
 蒸気機関車の汽笛のような音。クジラの頭から潮が噴きだす。
 万事休す。あの頭のおかしい笑い人形と戦おうにも、今は頼みの逆矛がない。
「ハルカぁぁぁ!」
 俺は思わず天を仰いだ。
「そんな情けない声、出さないでよ」
 天からハルカの声が降ってきた。
「はい、これ」
 続いて俺の足元に落とされた物は、天ノ逆矛だ。
 朱色に染められた布の鞘に新調されて、ずいぶん印象が違う。たぶん、何度も漆【ルビ:うるし】を塗って固めたのだろう。深い光沢がある。
 だが、間違いない。なにしろ“張政”と白い刺繍がある。
 見上げればクジラが噴き上げる潮の上で、eb!のロゴが入ったTシャツを着た女がピースサインを出している。
「土ノ衆、来たよ」
 ハルカの声に、我に返った俺は、振り向きざまに逆矛を抜いた。
 刀身がかすかにオレンジ色に光り、湯気のようなものを帯びている。
 逆矛の容易ならざる気配を感じたか、鬼たちは俺を遠巻きにし、様子をうかがっている。
 俺は、久しぶりに握る矛の感覚を確かめようと、鬼たちに向かってノックするように素振りした。
 途端にセンター方向から絶鳴がふたつ。
 剣先すらも触れていない二匹の鬼の厚い胸板が、ぱっくりと水平に割れていた。
 ──な、なんだ、今のは!?
 と、ゆっくり考える暇もなく、後ろで鬨【ルビ:とき】の声があがった。クジラ車の横の扉から現れたのは、フセマルの新しい部隊だ。
 俺の横を駆け抜けていくとき、先陣を切る山ノ衆【ルビ:やまんしゅ】の数人が、次々に俺の背中や頭をバンバン叩いていった。あの日の生き残りたちだ。
 以前は、むやみに身体に触られるのがイヤだったが、今はそれが嬉しい。乱暴に身体に触れられるたびに“まだ生きてる”ことが実感できた。
 鬼たちを追っていく山ノ衆の後姿を見送ると、俺はヘナヘナと尻もちをついた。
 ふぅ〜〜。今度こそ助かった、か……な…………と思ったそのときだ。
 とつじょ、両肩に名状しがたい重みがかかった。
 俺の顔の左右に細い脚がにょっきり生える。
「おかえり!」
 ハルカが、後ろから肩車するように俺に乗っかっていた。
「ただいま」
「会いたくて死ぬかと思ったよ……」
 背中を丸め手足を巻きつけ、ハルカは体ぜんぶ使って俺の頭を抱きかかえた。

 ─2─

 ハルカに連れていかれたのは、烏奴国【ルビ:うなこく】の北東。通称“天狗谷【ルビ:てんぐだに】”。風ノ衆【ルビ:かぜんしゅ】の集落だ。
 それは南北、ふたつの山の裾が重なる、切り立った崖に挟まれた谷底にあった。
 名前は谷だが川はない。大昔に流れていた川の痕跡がわずかに残るだけだ。俺が思うに、かつては南の山の頂上にある湖から、流れこんだ水でこの谷はできた。その後、何度かの地殻変動で川の流れが変わり、現在の姿になったのだろう。
 天狗谷の景色は、なかなかユニークだ。櫓【ルビ:やぐら】の上に、粗末な小屋が載った建造物が、大小あわせて百ほどある。これが典型的な風ノ衆の建築様式。森の中では櫓は組まず、鳥が巣をかけるように樹木のてっぺんに小屋だけを作るらしい。
 四国には風ノ衆の拠点が東西にふたつあり、ここはその東の拠点。
 周囲には、天狗高原と天狗ノ森。それに北天狗ヶ岳。南天狗ヶ岳の頂上には天狗湖……。なんとも工夫のない地名ばかりだ。
 場所は剣山【ルビ:つるぎさん】の南。前に訪れた山ノ衆の里、祖ヶ谷【ルビ:いがや】は、剣山からは西の方角にあたる。地図で見ると、ふたつの村は意外なほど近い。
 二十一世紀の地図なら、高知県の室戸岬のずっと北。徳島県との県境も近い辺りだろう。
 これだけ天狗ナンタラという地名ばかりなのだから、今でも天狗の名がついた地名がひとつやふたつ残っているかもしれない。もしも見つかったら、その近辺が俺とハルカのいた場所だ。
 ハルカによれば、俺が留守にしていたのは四〇日足らず。俺が土々呂の滝で消えた数日後、毒が流された吉野川を河ノ衆【ルビ:かわんしゅ】の死体が埋めるという酷い事件が起きた。だが、それから一ヶ月ほどは、一大率は完全に鳴りを潜めていたらしい。
 ところがここにきて、天狗谷周辺をうろつく土ノ衆の姿が何度も見かけられるようになった。着いて早々、俺が出くわしたのもその一団だ。
 土ノ衆といえば一大率に与する者も多い、鬼の部族。一大率の次の攻撃目標が天狗谷である可能性は他より高い。陽動作戦かもしれないが、どうせすべての村を守ることはできない。
 ──ならば決め打ちしよう。
 ハルカが言い出しそうなことではある。その危険な賭けに乗ったのが、風ノ衆を束ねる虚空坊【ルビ:こくうぼう】、そして先の祖ヶ谷襲撃で長老たち全員を失い、繰上げで山ノ衆の総領に出世したフセマルのご両人……。
 この作戦を決定したときには、俺はいなかったが、大勢の溜息が聞こえた気がする。
 というわけで話はすんなりとまとまり、火の一族の主だった面子【ルビ:めんつ】は、現在、ここ天狗谷周辺に集結し、防衛線を張っている。
 南北の山のあちこちで、かがり火が揺れている。急ごしらえの見張りの櫓だ。その下にはさまざまな国から駆けつけた各部族の野営地があるのだろう。
 今のところ土ノ衆の散発的な攻撃があるだけで、被害らしい被害は出ていない。
 風ノ衆には、山ノ衆の祖ヶ谷に当たる本拠地はない。定住の習慣がないからだ。
 天狗谷も、いわば風ノ衆のリゾート地らしい。そんな戦略的にさして重要とは思えない場所を、一大率が狙うには理由がある。
 人間である俺には理解しがたいが、もしも天狗谷がなくなれば、半数以上の天狗と連絡がつかなくなるらしい。今まで三日もあればほとんどの天狗に連絡できたものが、一週間かかってやっと半数。こうなっては組織的な行動は当てにできなくなる。
 つまりちっぽけな天狗谷ひとつ潰すだけで、火の一族の空軍に壊滅的打撃を与えることができるのだ。
 ちなみに命が縮むほど俺をビビらせてくれたクジラ車だが、土々呂の滝を去るときに、山ノ衆がちゃっかり頂戴してきたらしい。
 まあ、倒した敵の武器をその場で使いはじめるのが連中の流儀だ。仕組みがわからなかろうが、同じ道具で仲間が殺されていようが、使えるものは何でもためらいなく使う。敵の戦車を手土産にするくらいは当然と言えば当然だ。
 土々呂の滝からの距離から考えると、一大率は天狗谷攻略の重要な戦力として、クジラ車を勘定に入れていたはずだ。一ヶ月も敵に動きがなかったのは、クジラ車を奪われたせいで、計画を見直さざるをえなくなったのかもしれない。だとしたら予想外の大きな戦果だ。

              ◇◆◇

「落ちついて聞いてくれ。傀儡屋笑助【ルビ:くぐつやしょうすけ】は、生きている」
 そう俺が切り出したのは、到着したその日の晩飯が終わったときだ。
 その場に居合わせたのは、ハルカ、虚空坊【ルビ:こくうぼう】、フセマルの三人。以前の作戦会議で危うくケンカになりかけたことを思えば、信じがたい取り合わせだが、この話をするには過不足のない顔ぶれだ。
 俺はうちの蔵の鏡に映っていた、笑助がピョンピョン跳ねて逃げた様子を話した。
 意外なことに、あの変態人形が生きていると聞いても、三人にさほど驚いた様子はなかった。
 ハルカとフセマルは、俺が現代に戻った翌日、仲間の遺体を回収に行き、その折に笑助の頭が消えていることに気づいたそうだ。
 だから落胆も「あ〜ぁ、やっぱりね……」のレベル。
 これは俺にも理解できる。
 だが、いくら説明されても合点がいかなかったのが、大天狗、虚空坊の生き死にに関する感覚のズレだ。
 そもそも天狗というのは、一度死んだ人間が生き“直して”くるモンらしい。
 よって、死んだはずの笑助が生きていたと聞いても「そういうことも珍しくない」とか「俺も同じようなもんだ」ということになる……なるのか?……なるのかなぁ?……いいのか、それで?
 話は脱線するが、ここで天狗の生態を、俺の聞きかじった範囲で解説しておく。
 カッパやさまざまな獣人、それに鬼。三世紀の日本には、実にユニークな部族が数多く暮らしている。中でも、天狗はそうとうな変わりダネだ。
 まず気づくのは、天狗には大人の男しかいない。女も子供もいない。
 自然界には、天狗と同様、風変わりな生き物が、掃いて捨てるほどいる。一時的にメスだけになる魚、ひとつの体に雌雄の器官が同居する軟体動物等など。
 だがオスだけの種などありえない。なぜならメスの単性生殖はあっても、オスだけでは子孫が残せず種として存続できない。生物として存在自体が矛盾しているわけだ。
 では、天狗はどうやって生まれてくるのか?
 胎生でも卵生でもない。“転生”するのだ。
 特殊な条件下で人間の男が死ぬと、まれに天狗として生まれ変わる。条件の仔細は不明だが、過度のストレスと因果があるらしい。
 厳しい修行を極めた元聖人から、野垂れ死ぬまで何人も手にかけた殺人犯まで、天狗に極端な過去をもつ者が多いのは、そのことと関係があるのかもしれない。
「生前に溜まりに溜まった煩悩を、死んだ瞬間に意図的にせよ偶然にせよ、きれいに清算できた者が天狗となる」と、虚空坊は言う。
 でもこれ、眉唾だと俺は思う。ようするに、このおっさんにも、よくわからないのだ。
 ついでに言うと、天狗が死ぬのは“天狗であることをやめたとき”だそうだ。もうここまで来ると、なんのことやらさっぱりで笑うしかない。
 こんな成りゆきで、余禄のような生を受けた天狗たちであるから、自由気ままで個人主義。社会性も協調性も乏しい。明日のあてもなく今日を楽しく暮らすのがモットー。守るべき規範も道徳もない。
 天狗谷も風ノ衆の居住区というよりは、物々交換と社交を主とした公共スペースで、たまには人の言葉を聞きたい、話したい、誰かと酒を酌【ルビ:く】み交わしたい。人恋しくなった天狗がふらりと立ち寄る、憩いの場だ。
 定住者がほとんどいない代わりに長期滞在者で常にあふれかえり、男ばかりのくせにおばちゃんたちの寄り合いのように、朝から晩まで呆れるほどにぎやかだ。
 こんな野放図な雰囲気の場所にも、たったひとつ戒律がある。
“女人禁制”だ。
 せっかく男だけで安穏とやっているのだから、わざわざストレスの原因を持ちこむのはやめようという趣旨らしい。身勝手な天狗たちが、この戒律に関しては元聖人から元殺人犯まで、満場一致で可決したというから面白い。
 俺は言うまでもなく俗物だ。ちょっと好みの女を見れば、何度も痛い目に遭っていることをすぐに忘れる。まったく懲りない。
 別に天狗になりたいわけじゃないが、悟りの境地には、ほど遠いな。
 この女人禁制の戒律。何ごとにも例外はあるもので、現在、天狗谷には女がふたりいる。
 例外のひとりはハルカだ。
 援軍に駆けつけた火の一族の中には他にも何人も女がいたが、谷に入ったのはハルカだけ。
 いちおう卑弥呼の名代なので特別扱いしてもらっていると、本人は思っているようだ。
 しかし俺の見るところ、風ノ衆はハルカを女と認めていないフシがある。
 ちゃんと女であることを知っている俺としては、けっこう複雑な気分だ。
 例外のふたり目は、お福さん。
 年齢は六〇をとうに超えている人間のお婆さんだ。四〇年前からここに住みつき、天狗たちの食事の世話や里の清掃をやっているらしい。ま、いちおうは女だ。
 半世紀近くも歳が離れていても、なにしろ天狗谷で女はこのふたりだけだったから、ハルカとお福さんはすぐに仲良くなったらしい。
 今では虚空坊が用意した宿を勝手に引き払い、ハルカはお福さんの小屋で寝泊りしている。
 ちょっと窮屈だが、俺も同宿させてもらうことになった。

 ─3─

 寝る段になると、そこが自分の場所だとでも言うように、壁にもたれて座っていた俺の膝の間にハルカは身を横たえた。
 その様子を見ると、お福さんは、ちょっと風に当たってくると言って出て行った。
「あっ、やだ。気を利かせてくれたのかなぁ」
 照れながらも、ハルカはすぐに俺の肩につかまり、ずり上がってきた。
 暗やみの中で、まん丸な目が俺の顔を覗きこみ、様子をうかがっている。
「千回の一回目?」
 返事をする代わりに、俺はハルカの腰と肩から手を回し、細い背中を抱き寄せる。
 胸と胸が密着する。肺から押し出されたような深い溜息が俺の耳をくすぐる。
「はぁ……、でも笑助、生きてたんだよね……?」
 余計なことを、ほざきはじめたハルカの口を急いで探し、唇でふさぐ。
 舌で合図すると、ハルカの唇が真ん中からゆっくりと割れ、さらに大胆に開く。
 俺が入れるより先にハルカの舌が入ってきた。
 その舌を俺の舌が撫でる。いや、撫でられているのは俺の舌のほうか。融けるように絡みあううちに、だんだん区別がつかなくなった。
 俺は唇をつけたまま、ハルカを抱いた手をゆるめ、体を横抱きに変える。
 肩ごしに伸ばした右手で背中を支えながら、左の手のひらでハルカの胸を包む。
 俺の髪をまさぐっていたハルカの手に一瞬、力が入った。
 小ぶりの膨らみをこねるように撫でまわすと、ハルカの唇から熱い吐息が漏れる。
「ぁ、ぁ、ぁっ……」
 ハルカの胸の上にある俺の左手に、ハルカの右手が当たった。その小指と薬指には、自分でたくし上げたTシャツの裾が握られている。
 招きに応じて俺が左手を素肌につけたとき、ハルカの体がピクっと動いた。
 へその辺りに五本の指の腹だけをつけ、ソフトなタッチでゆっくり上に這わせていく。
 気持ちいいのか、くすぐったいのか、ハルカは二、三度、大きく体をくねらせた。
 当然ながらこの時代には、ブラなどという無粋なものはない。
 最初に左手の中指の腹が、硬くなった小さな突起を見つけた。その周囲を押すようになぞる。
 そのあと親指と人差し指で軽く摘まみ、少しだけ捻る。
「あ…ぁ、ぁあっ、あぁ…、あぅっ……、ぁ、ぁふぅ……」
 途端にハルカの息づかいが乱れて荒くなった。なんてかわいい声だ。
 俺はハルカを完全に後ろ向きにし、俺の膝の上に座らせると、両手で乳房を揉みしだきながら、耳からうなじ、うなじから首筋へと舌を這わせる。
「張政……、きす……、きすしてぇ……」
 ハルカが顔を横に向けてせがむ。
 のしかかるようにして再び唇を吸っていると、ハルカの立て膝が見えた。
 俺は膝小僧に手を伸ばすと、太ももの内側に沿わせて、さする。
 ハルカは最初、膝をかたく閉じていたが、舌を何度か優しく吸ってやると、観念したかのように自分から脚を開いた。
 もちろんこの時代、パンツなんて面倒なものは最初から履いてない。
 太ももから脚の付け根に到着した俺の右手は、まず大洪水に遭遇する。
 続いて中指が底なし沼にズプっと沈んだ。
「ひゃぁぁぁ!」
 体がピクンと反り返り、ハルカが叫んだ。俺にしがみついた体が小刻みに震えている。
 あまりに大きな声だったので、俺は思わず、
「ごめん、痛かったか?」と訊いた。
 ハルカは、両手で顔を隠しながら、イヤイヤをするように頭【ルビ:かぶり】を振った。
 俺は、マヌケにもその意味をしばらく考えてから、
 ──よぉーし!!
 と、心の中でガッツポーズを決めた。そのときだった。
                         ///カッカッカッ///
             ///カッカッカッ///
 ///カッカッカッ///
 天狗谷に木を打ち鳴らす三連音が響いた。嫌な予感がした。
「敵……襲……」
 ハルカのまぶたが開き、意識が戻ってくる。
「敵襲よ! 行かなきゃ」
 そう告げると、ハルカはがばっと起き上がった。
 ──一大率め!
 今日という今日は絶対に許さねーぞ。もうちょいだったのに、チクショー!
 逆矛を手に外に出ると、南側の山の中腹で火の手が上がっていた。
 その炎をバックに、巨大なシルエットがのたくっている。
 ムカデだ。ここからでは全身の長さはわからないが、起き上がっている部分だけでも、工事現場のクレーンほどもある。
 その先端、たぶん口から、真っ赤な一筋が吐きだされると櫓のひとつが炎に包まれた。
「ムカデが火を……、火、火、火を噴いたぞ!」
 俺の慌てた声に、梯子【ルビ:はしご】を降りていたハルカの動きが一瞬だけ止まる。
「え!? もしかして張政の世界の大ムカデは、火を吐かないの?」

 ─4─

 朝陽が黒く焼けただれた山の斜面を照らしだした。
 結局きのうの夜、俺たちは間に合わなかった。南天狗ヶ岳に駆けつけたときには、大ムカデは地に潜ったあとだった。まあ、録事の日誌には、退散させたと書かれるのだろう。
 報告によれば現れた大ムカデは三匹。その頭上に土ノ衆が乗っていたのが目撃されている。
 時間にして一〇分ほどの奇襲だ。目的はわからない。
 山火事の熱風に吹き上げられて落下し、翼を折った風ノ衆がひとり。火のついた櫓から飛び降りて骨折した者、消火のさいに火傷【ルビ:やけど】を負った者が数名。いずれも命にかかわるけがじゃない。
 山の中腹に建てられていた物見櫓が三本焼け落ちたが、今日中に代わりのものが建つばかりか、新たな櫓も増やすらしい。
 ようするに大した被害はなかった。天狗谷自体は、いまだ無傷だ。
 ただし大ムカデが、天狗谷に現れたのは初めてのことらしい。昨夜はただの小手調べで、今晩あたりから攻撃が本格化することも考えられる。
 そういえば今朝になって気づいたことがある。
 天狗谷の建物や周囲の山に立つ櫓の上に、同じ旗が何本も風になびいている。
 問題はそのデザイン。どう考えてもこの時代に不釣合いなのだ。
 この光景を見れば、あのゲーム雑誌の名物編集長は、いったいどんな顔をするだろう。
 白地に赤く“eb!”のロゴが描かれている旗を、俺は半ばあきれて見上げた。
「火の一族の軍旗だよ。張政の着物をマネして作ってもらった! 評判いいよ」
 いつの間にか俺の横に来ていたハルカが、誇らしげに胸を張った。
 ──軍旗? 軍旗って言ったか? おい……、まさか!?
 俺は慌てて、リュックの中から魏志倭人伝のコピーを取りだし、文字に目を走らせる。
 あった……。張政が邪馬台国に親書と“軍旗”を届けた、とある。確かにあの旗は俺がこの世界に運んできた、と言えなくはない。
 ──じゃあ、親書って?
「ねぇ、それナニ?」
 ハルカが脇から覗きこんだ。
「いや、ちょっとな」
 あいまいにごまかしながら、俺はコピーの束をリュックに押しこんだ。
 ──待てよ。
 案外、このコピーが親書なのかもしれない。だとしたら、いつかこれを俺が、卑弥呼に渡すのか。だとしても……。
 ──狗奴国【ルビ:くなこく】に注意しないと、あんた、死ぬよ。
 そうは言えないだろう。どう伝えるべきか、俺にはアイデアがない。
「張政って、あんなのスラスラ読めるの!?」
 ハルカが俺を振り向いた。目を丸くしている。
「え、あぁ。スラスラってほどじゃないけど、まあ、だいたいはな。おまえは?」
 瞳の色が、仰天から尊敬のまなざしに変わった。
「国の名前なら半分くらい。あと、張政の名前なら書けるよ」
 ……ということは、さっきチラッと見たくらいじゃ、内容【ルビ:なかみ】まではわからなかったはずだ。ふ〜、危なかった。
 にしても、なんで俺の名前が書ける? あっ、そういえば……。
「もしかして、この鞘、作ってくれたの、おまえ?」
 俺は逆矛を手に取り、新しい鞘に刺繍された自分の名をまじまじと見た。
「前の、仮ごしらえでボロボロだったしね。名前は虚空坊に書いてもらったのをマネしたんだけど……。間違ってない? ……よね」
「ああ、ありがと」
 俺は“張政”という名を、こんなに大事にしてくれた女を他に知らない。生れて初めて自分の名前を誇らしく感じた。
「よかった。ねぇ、ちょっとずつでいいから、他の字も教えてよ」
 ハルカは、広い額とまん丸な目の印象そのまままに好奇心の塊だ。利口なヤツだ。集中力もある。教えはじめれば、千やそこらの文字はすぐに覚えるだろう。
 そして魏志倭人伝に書かれていることの意味も遠からず理解する。ハルカに字を教えるというのは、そういうことだ。
「ああ、そのうちな。そういや、狗奴国【ルビ:くなこく】って知ってるか?」
 ハルカは腰の袋から、皮の地図を取りだし地面に広げる。瀬戸内海の北と中国縦貫道に挟まれた辺りをグルリとなぞった。
「このへん全部。こんなに広いし、同じ人間の国なのに、難民をひとりも受け入れてくれないのよ。ここの王って、男のくせにケツの穴が小さいカス野郎で……」
 聞くに堪えないハルカの罵詈雑言が五分ほど続いた。付き人のハルカがこんな調子なら、狗奴国の王と卑弥呼の仲も想像できる。
 ──ヤバイな。
 これも魏志倭人伝に書かれていたとおりだ。狗奴国と戦争が起きて卑弥呼は死ぬ。問題はそれがいつかだ。俺の胸に不安がよぎる。
「ところで、卑弥呼さまの姿が見えないけど、元気か?」
「今日は、アマテラスで祖ヶ谷【ルビ:いがや】に慰問に行ってるはずだよ」
「フセマルも一緒?」
 ハルカがうなずいた。あの男がそばにいれば、ひとまず安心だ。フセマルなら自分の命に代えても卑弥呼を守るだろう。
「なあ、あの人、歳いくつ? 意外といってるよな」
 俺が声を潜めて訊くと、ハルカは周りを確かめてから、さらに小さな声で応える。
「秘密だけど……、お福さんと同い年じゃないかな」
 どひゃ〜。ということは、六〇を超えているのか? 天狗やカッパより、卑弥呼のほうがよほど物の怪【ルビ:もののけ】だ。

              ◇◆◇

 宿を借り、おまけにいろいろ気をつかわせている手前もあって、俺は朝からお福さんの代わりに水汲みに行った。場所は、南天狗ヶ岳の頂上にある天狗湖。
 天狗谷は、何千年か何万年だか前に、この天狗湖から北側に流れだしていた川が作った渓谷だ。その後、幾度か大きな地殻変動があったのだろう。現在、川の流れは大きく変わり、天狗谷は渓谷の形だけを残し、水は枯れている。
 そこにいつの頃からか、天狗が集まるようになり、現在の天狗谷ができた。
 言わば、天狗谷は自然の気まぐれで、たまたま生まれただけ。いつかまた川の流れが変われば水に没する。悠久の時間のなかで俯瞰【ルビ:ふかん】すれば、シャボンの泡より儚【ルビ:はかな】い場所かもしれない。
 そんな土地を、寿命がたかだか数十年の俺たちが命を懸けて守っている……。
 ふ〜、ひとりになると考えなくてもいいことまで、つい考える。
 だいたい翼のある天狗なら、おそらく五分とかからない距離を、桶をふたつ担いで山道を歩く往復二時間のコースだ。愚痴のひとつも出ないほうがおかしい。
 俺の万能逆矛は今日は天秤棒に早変わり。柄【ルビ:つか】に近い鞘の部分を肩に乗せ、柄と鞘の端のほうに桶をひとつずつ、ぶら下げて歩く。
 案外これがきつかった。膝はガクガク。肩の皮膚はズルむけだ。
 だが、お福さんは四十年間かかさず朝夕二度、これを繰りかえしてきた。いくらなんでも十七歳男子の俺が根をあげるのはカッコ悪すぎる、と思いなおして頑張った。
 水汲みから戻り、ハルカとお福さんと三人で少し早めの昼食をとった。
「近頃は、水汲みがちょっと辛くなってねぇ。ホントありがとねぇ」
 お福さんから飯の間じゅう何度も礼を言われて、俺は柄【ルビ:がら】にもなく恐縮した。
 ハルカは、当のお福さんが困惑するほど、この老婆が大好きだ。
 雑務の合間を縫って、一日のうち一度はお福さんと飯を食っているようだし、手の空いたときには洗濯や掃除まで手伝っている。
 ハルカが好きでやっていることとはいえ、卑弥呼の名代に炊事や洗濯をやらせるのは、自由が信条の風ノ衆ですら、さすがに気が引けるようだ。おまけにお福さんの食事は、たいてい天狗たちの残飯。それをハルカも食べていた。
「おまえからハルカに、立場をわきまえるように忠告してくれ。わしらが言えば角が立つから」
 今日の午前中だけで虚空坊を含め三人の天狗に頼まれた。俺はそのたびに、あいまいに笑ってごまかした。
 なぜかといえば、ハルカからも頼まれていたのだ。
「ねえ、張政から風ノ衆にそれとなく言ってよ。お福さん、もういい歳なんだからもっと労【ルビ:いた】わるようにって。水汲み、たいへんなの、わかったでしょ? 私が頼むと、卑弥呼さまからのお言葉になるから、それはそれで、まずいのよ」
 ……俺は思う。確かに女はストレスの原因に違いない。

 午後からは、見学と称して、山の中に点在する駐屯地をハルカについて回った。
 食料や武器の在庫や、夜間シフトの確認が、ハルカの主な仕事だ。
 ただし、それだけなら報告書に目を通せば済む。巡回の本当の目的は別にある。
 ハルカは歩きながら、目についた兵士一人ひとりに声をかける。
「太郎さん、調子どう?」「花子ちゃん、脚の傷、治った?」
 一つひとつは、どうでもいいような挨拶がわりの一言だ。
 声をかけられたほうにしても「おう!」とか「どーも」とか、返事はたいてい短い。
 だが、俺は途中で気づいた。驚いたことに、ハルカは数百人の兵士全員の名前はもちろん、各人の出身地や健康状態すら正確に覚えているのだ。
 ときには、不満をぶつけるバカもいる。ハルカは、それにもいちいち耳を傾ける。
 それで問題が解消するかと言えば、ゼンゼンしないのだが、それでもいいようだ。
 不平をもらした本人だって、ハルカに解決できるとは思っていない。誰かに聞いてもらいたかっただけなのだ。
 ハルカと話せば、ピリピリした戦場の空気が、笑い声で一瞬だけ和むのがわかる。
 俺が言うのもなんだけど、俺のカノジョはみんなのアイドルだ。
 それにしても“eb!”のTシャツを着たハルカが、軍旗のそばに立つと、まるで火の一族の総大将のように見えなくもないから不思議だ。
 もっと不思議なのは、それをここにいる誰もが不思議に思っていないことか。
「これ着てると、張政がそばにいるようで、苦しいとき頑張れたよ」
 そんな殊勝なことを真顔で言われると、今さら返せとは言えない。
 ついでに俺がそのとき、着ていたTシャツの話も面白いので書いておこう。
 このTシャツは、ここは東京と言い張る千葉の浦安にある、日本最大のテーマパークで買ったものだ。それを初めて見たときの、ハルカの感想はケッサクだった。
「張政の国にも山ノ衆、いるんだね!」
 確かにネズミ頭の男女が二本足で踊っているのだから、そう見えなくはない。
 でも、こっちは勝手に旗にしないほうがいいかもな。版権に相当うるさいらしいから。
 ああ、そうそう……。服といえば、もうひとつ。気になることがあった。
 お福さんは、いつもネンネコのような物を羽織って、仕事をしている。ちなみにネンネコというのは背中に赤ん坊をおんぶし、その上に着る防寒用の羽織のことだ。
「もう夏なんだし、いくらなんでも、お福さんのあの格好、暑いよな?」
 駐屯地から次の駐屯地に向かう山道を歩きながら、ハルカに声をかけた。
「いろいろ事情があってね」
 ハルカは、少し困ったように微笑むと語りはじめた。
 実は、天狗谷の唯一の戒律、女人禁制は、四〇年前にこの人が起こしたスキャンダルをきっかけに制定されたらしい。
 当時、二〇代だったお福さんは、なりたての天狗と熱愛、そして妊娠。それが発覚するや人里を追われ、恋人を頼りこの谷までひとりで来た。直後に、世界初で史上初の天狗と人間のハーフを産んだ。
 元は人間とはいえ一度、死んで天狗に変じた男と、生きている女の間で子供を作るのは、無理があったのだろう。月足らずで生まれた子供は、両の拳を並べたほどの大きさ。天狗の特徴である大きな鼻はあるが、四肢のない奇形児だったらしい。
 その姿を見た誰もが、長くは生きられないと考えたが、奇跡的に生き延びた。
 しばらくして父親の天狗が忽然と姿を消した。理由はわからない。
 当時の風ノ衆の族長は、この母子が天狗谷に住むことを許した。おそらく不憫に思ったからではない。
 それが証拠に、当時の族長がその子につけた名前を“俵太【ルビ:ひょうた】”という。手足のない芋虫のような体型が俵【ルビ:たわら】に似ていたからだ。
 以来四〇年、お福さんは、この谷に留まり、恋人の天狗が戻ってくるのを頑【ルビ:かたく】なに信じてずっと待っている。
 俵太の姿を実際に見たことがある者は、もうここにはいない。ハルカですら会わせてもらってないそうだ。
 だが、お福さんは、ときおり背中に声をかけて、誰かと話をしている。
 風ノ衆は、その姿を見かけると、あからさまに目をそむける。
 ネンネコ姿のお福さんは、天狗たちにとって目に見える、生きた戒めなのだろう。
「でもね、そんな仕打ちを受けても、お福さんは、愚痴ひとつ、こぼさないのよ」
 ひととおり話し終えると、ハルカは俺を見上げた。
「ふーん、人は見かけによらないもんだな」
 俺は歩きながらハルカの肩をそっと抱きよせた。なんだか、そうしたい気分だったからだ。
「そんな風に人を好きになるのって、潔くてカッコイイよね?」
 ハルカが俺の腰に手を回した。そのついでに俺の脇の下に顔を寄せる。こいつ、自分では気づいていないようだが、俺のニオイをよく嗅ぐ。山ノ衆みたいだ。
「そうだな」
 ハルカのちょっと汗くさい額に軽くキスした。
 ……そういえば俺もこいつのニオイ、嫌いじゃないな。いつからだろう。
「俺、夕方にもう一度、お福さんの代わりに水汲みに行くよ」
 俺はハルカと、ずっとこんな風に寄りそって歩いていきたい。そばにずっといてやりたいと思った。だが、それをうまく口に出せなかった。
「うん、そうしてあげて」
 ハルカがまた俺の胸に、朱色のラインを引いた頬を押しつけた。





(第四章 再会 5 に続く)
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コメント(3)

─1─ の後半
 ──なんでだよぉ!
 斜面を駆けおりた俺の目の前に川があった。闇の中でも白い波がわかるほど流れが速い。後ろには、天狗の挑発にカンカンに頭にきているらしい鬼の一団が迫っている。
 今回は選択肢がふたつある。溺れて死ぬか、頭を勝ち割られて死ぬか。

 勝ち割られて → 搗ち割られて(かち割られて)

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