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和辻哲郎コミュの風土-人間学的考察-

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この本を今よんでいるのですがたまに理解に苦する箇所があります。
みなさんはこの書を読まれてどのように考えられましたか?
軽く解説をつけてくれると嬉しいです´`ハート

コメント(4)

この本の全般についてではなくて、たまたま目に留まった部分についての簡単な雑感です。お答えにはなっていませんが、何かの参考となれば幸いです。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=810726391&owner_id=2312860
設題に対してストレートなお応えとなっているかどうか分かりませんが、思ったこと感じたことなどを記します。

『風土』を読みながら、オヤっと思うところ、違和を感じるところというのは、いくつかあるかも知れないですね。まだちょっと、自信がないのですが、原因をいくつか考えてみました。

1.ハイデガーの影響
和辻さんは、ハイデガーの『有と時間(存在と時間)』に触発されたことについて『風土』の序言の中で書いています。『風土』の論理の中には、このハイデガーの影響というものもあるように感じています。つまり、下敷きとしてハイデガー流のロジックを心得ておかないと、『風土』の論旨の運び方に馴染めないところが出てくるかも知れません。この点については異論もあるかと思われますが、私見として、ご参考まで。

2.情報量の問題
和辻さんは、ご洋行の経験を元に『風土』を書かれたようですが、今日の眼から見ると、量的にも質的にもかなり制約された情報に基づいて、この本を書いたように思われます。そのため、描写などが、ややステレオタイプであるように感じられるところがあります。
もちろん、これは「今日の眼」で見るからであって、半世紀前の出版当時にしてみれば、これでも「画期的」なほどに「斬新」な情報だったのかも知れませんが。

3.時代の問題
「温暖化のせいで『風土』も変わった」とは言いませんが、その風土が人間に与えた影響、つまり国民性や民族性として現われるもの(現象)については、この半世紀の間に随分と変わったのではないかとも思います。『風土』の中には日本人論もありますが、それはやはり「戦前の日本人」論だとの感が拭えません。戦前から戦後、そして平成へと変わった今の世(日本)の中で考えると、どうしても「古い」部分がありますよね。同様のことは、他の地域・民族にも言えるのではないかと思います。
こうした変化は、「風土性」と相即の関係にある「歴史性」の問題かも知れません。更に言えば、ヒトやモノが「風土」を超えて行き来する時代においては、「風土性」の分析は、大きな制約を受けるのかも知れません。

ただ、『風土』そのものが、顧みる必要がないほどに「古い」ものになったとも考えられません。『風土』が描いているのは、我々にとって「基層」とでも呼ぶべきものかも知れません。表面的には変化しているように見えても、我々の意識の底には、世紀を超えて不変な「風土」があるようにも思えます。

こうした「描かれたもの」とは別に「方法論」の次元の問題や面白さもあるかも知れませんが、その点については、いずれかの機会に。

以下、「日記」の方に書いたオチャラケの風土的「恋愛論」です(笑)。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=819030980&owner_id=2312860
庭についての考察を行った時に、庭づくりに家屋以上の時間をかけていることを知りました。庭を造るには枯山水のようなものでない限り、庭の置かれた風土的な条件に従わなければならないことは明らかです。しかし、庭師が一に何もしないでタバコを吸って庭を眺めている姿を建物を作る大工さんは理解できない。あんな石なら半日で動かせるのに何で何もしないで眺めているのか。庭を理解するには時間を考慮しなければできないのだと気が付きました。和辻さんは風土を強調するあまり時間を意図的に無視したのではないかと思うようになりました。

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