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洞夏屋さんの小説を皆で愛でる会コミュの「第1章:共和国の危機(13)」

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緋色の縁取りをした、トーガと呼ばれる一枚布の外衣をまとった男が演壇に上がると、広場を埋め尽くした群集は、めいめい勝手に喋っていたのを止め、一斉に彼のほうを見た。
 トーガはイタリカで公職にあるものの正装であり、緋色の縁取りは、特に社会的地位が高い者にのみ許された装飾である。
 壇上に立った男の名はオクタヴィウス。
 自治都市シラクサの政をつかさどる十人委員会の長であり、つい先日、マケドニアのテセウス王子の軍に対して城門を開いた責任者でもあった。

 本国への反感がつのっていた時期とはいえ、この突然の転身は、市民たちの多くにとって衝撃的であった。
なにしろ、150年ぶりに仰ぐ旗が変わったのである。
 実生活にどのような影響が出るかということ以前に、人々は、まず不安であった。
 はたして、このような行いが許されるのか、と。
 もっとも、マケドニア人ほど信心深くない彼らは、神による許しなど求めてはいなかった。
 彼らが求めていたのは、善き理性による許し、すなわち大義であった。
 自分たちがイタリカを裏切ってマケドニアについたのには正当な理由があると、その確信が欲しかった。
 そして、演壇の上の人物がそれを自分たちに与えてくれることを、誰もが切実に願っていたのだ。

「市民諸君、私はまず、諸君に詫びなければならない」
 髪の半ばは白く染まっているというのに、オクタヴィアスの声には張りがある。
「今度の戦における私たち十人委員会の決定は、諸君を大いに驚かせ、また、困惑させたことと思う。このような重大事について、事前に諸君の了解を取ることができなかったことを、私は、心から申し訳なく思う。可能であれば、当然そうした。が、時間がそれを許さなかったのだ。もちろん、わけを話すのが事後になったからといって、その重要性が薄れるなどとは、私はまったく考えていない。ゆえに私は、諸君に向かって弁明する。なぜ私が、このシラクサをマケドニアに明け渡す決断をしたのか。なぜ私が、長年我らの盟主であったイタリカ共和国を見捨てることを決意したのか」

「見捨てる、ねえ」
 広場を取り巻く列柱の影で、薄笑いを浮かべた者がいた。
 日差しの照りつける石畳の広場を見下ろし、汗まみれの演説者と市民に冷ややかな視線を送る。
 柱に半身を預けて立つその若者には、妖しい美しさがあった。
 男が男として、女が女として、独自の美を身につけていく前の、少年的なものと少女的なものが入り混じった原初の美の面影が、彼には残っているのだ。
 赤い唇に白い肌、明るい金色の巻き毛に線の細い肢体、両性具有的なその姿は、マケドニアでは美貌と讃えられ、イタリカでは惰弱と誹られるに違いない。
「イタリカは、確かに堕落したさ。が、それを責められるだけの努力を、はたしてあんた達はしてきたのかい。どうすればこのシラクサが、支配される側ではなくする側の国になれるのか、考えたことはあるのかい」

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