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洞夏屋さんの小説を皆で愛でる会コミュの「第1章:共和国の危機(11)」

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「人の世界とは、醜いものなのですね」
 兄とそろってテミクレスの私室を出た後、クレオメネスがぽつりと言った。
 何をいまさら、とは、フィロタスは言わなかった。
「お前は、醜い世界でどう生きたい」
 人の身なれば、誰もが一度は受けることになる問いである。
 それに対する答えが、その後の生き方を決めるといってもよい。

 クレオメネスは、しばし沈黙した。
 考え込んでいるというより、内なる思いを言葉に編み上げている様子であった。

 やがて彼は、はっきりとした口調で言った。
「美のために生き、美のために戦いたいと思います」
 フィロタスは、軽く首をかしげた。
「お前のいう美とはなにか」
「美とは、秩序ある状態のことです。世界の秩序とは自然であり、人間界の秩序とは正義です」
 よどみなく、クレオメネスは答える。
「テミクレス殿下は、美を愛し、正義をなすことのできるお方だと思います。ただ、そのためのお力をこれまで欠いておられた。だとしたら、僕は、殿下のお力になりたい」
「理屈の多い奴。親父殿なら、忠義の二文字で片付けるところを」
 フィロタスは笑ってクレオメネスの背中をたたいた。

 弟が自分とは違う道を歩み出していることに、感慨がないわけではない。
 現実に乗じて生きているフィロタスに対して、クレオメネスは現実にあらがって生きようとしている。

「それにしても、王家に生まれるというのは大変なことなのですね。血を分けた兄弟同士で争わなくてはならないなんて」
 うって変わって、クレオメネスは素朴なことを口にした。
「母君が違うのだ。そううまくはいくまいよ」
「でも、僕と兄上も、母上が違います」
「……お前の母は、清楚な方だった」
 見当違いなことを、フィロタスは答えた。

 クレオメネスの母は、彼を産んですぐにこの世を去った。
 もし彼女がいまも生きていたら、パルメニオンの正妻であるフィロタスの母と、良好な関係を築くことができたであろうか。
 そのような話を、男女の機微に疎いことアルテミスに使えるニンフのごとしであるクレオメネスにしたところで、ややこしいことになるだけである。
(長く生きることが幸せとも、限らないのだな)
 亡くなった前王妃テオドラと、現王妃カサンドラとの陰惨な暗闘を知るフィロタスとしては、そう思わずにはいられなかった。

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