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洞夏屋さんの小説を皆で愛でる会コミュの「第1章:共和国の危機(32)」

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「教えてくれ、クリオ」

 レムスの問いに、クリオは目の動きだけで答える。

「俺を司令官に推したのは、カトー先生か?」
「そうだ」

 クリオは即答した。
 予期していたこととはいえ、レムスとしては、複雑な思いに囚われざるをえない。

 自信はある。
 属州ガリアは平和な土地ではなく、レムスの軍歴のほとんどは、ガリア総督指揮下の第九軍団におけるものである。
 その第九軍団で若くして軍団長に昇りつめた自分を、レムスはまず正当に評価していたといってよい。
 いくつかの好意と幸運に恵まれつつも、実力の裏づけがなければここまでは来られなかった、彼はそう考えている。
 が、今回の司令官推薦は、彼の軍事的能力だけを評価してのものではあるまい。
 むしろそれを口実として、民衆派の勢力を拡大しようとする師の意図が見え隠れする。

 デキウス=コルネリウス=カトー。
 コルネリウス一門カトー家の当主であり、元老院に席を持つ身でありながら、民衆派の指導者として両院の有志を束ね、クラウディウス一門の支配に反旗を翻した壮年の政治家。
 前職は首都ラヴェンナにある大学の教官であり、若き日のレムスとクリオは、彼の元に机を並べ、諸学を学んだ。
 カトーの思想が他の教官とは大きく異なっていることを、レムスはその頃から知っていたし、その教えには新鮮さと理を感じた。
 レムスが清廉な共和政体を理想とするようになったのは、この師の影響が大きい。

 その師が自分を政治的な手駒にしようとしていることに、レムスは軽い憤りを覚えている。
 工作や陰謀ではなく、ただ建設的な議論によってのみ、共和政治の健全性は保たれる。
 そう教えてくれたのは、カトー自身ではなかったか。

「君が何を考えているのかは、だいたいわかる」

 浮かない顔のレムスに、クリオが言った。

「が、現実は机上の理想とは違う。卑劣な貴族どもと戦うためには、手段を選んではいられない時もある」

「わかっているつもりだ」

 答えてレムスは沈黙した。
 煮え切らない表情のレムスを、しかしクリオは、非難がましい目で見たりはしない。
 長年の親交から、レムスがどういう人間は良くわかっていたし、その気性を不愉快と感じることもないクリオであった。

「カトー先生は、俺に何を期待しているのだろう」

 やがて、レムスがつぶやいた。

「君が民衆派の象徴となることを」

 クリオが淡々と答える。

「マケドニア軍を打ち破れば、君は救国の英雄となる。イタリカ市民は君を支持し、君を支持した私たちを支持し、醜態をさらすばかりであったクラウディウス一門を完全に見捨てるだろう。共和国はあるべき姿を取り戻し、民衆のための政治が再び始まるだろう」
「俺が勝つことが、すべての前提か」

 レムスは苦笑した。

「カトー先生は、君がガリアの地で見せた勇敢さと勝負強さに絶大な信頼を寄せている。この国難を救えるのは君しかいないとも考えている。政治の話は抜きにして、これは事実だ。民衆派は今、君が可能な限り動きやすい環境を作るために一致団結している」

 そう言ったクリオは、少し迷ったあとで言葉を継いだ。

「私もまた、国益を第一に考える立場にある。だが個人的には、なにより君の活躍が楽しみだ」

 クリオの視線が、いつの間にかレムスから逸れている。
 それが、照れたときの彼の癖だと、レムスは知っていた。

「わかった」

 レムスは、はっきりとした口調で言った。

「まずは、勝つために全力を挙げよう。貴方とカトー先生が議会の反対派を抑える。俺は各地に散らばった軍団を再編して、マケドニア軍を打ち破る」
「明日は私も平民院で演説する。必ずや、議会の君への支持を取り付けて見せよう」
「よろしく頼む」

 レムスの差し出した手を、クリオが握り返した。

 共和国の未来に立ち込める暗雲を前にしても、2人に絶望はない。
 風を呼べば雲を払えると、彼らは確信していた。
 そして、革新の風を呼ぶ力が、自らの内に宿っていることも。

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