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Dr.ツクールの発明ノートコミュの『Fairy Kiss(フェアリーキス)』

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ショコラ、ガナッシュ、ジャンドウヤ、プラリネ、クーベルチュール、オランジェット、たくさんの種類がある甘くとろける黒い誘惑。
かってそれは薬や嗜好品として好まれ、貨幣として使われる国さえあった。
それから時代を経て王侯貴族の間では砂糖を混ぜ、贅沢でおしゃれな飲み物として広まった。
そうして近年、さまざまな製造法が発明され、ようやく皆が良く知る、口に含むと甘くとろける固形のチョコレートが誕生した。

ぼくがそれを見つけたのは偶然だった。
メルダールの分厚い歴史書の中に挟まれていた一枚の羊皮紙に、そのレシピが書き込まれていたのだ。
はじめは王家に伝わる贅沢な料理の調理法だと思ったが、しらべはじめるととんでもない代物である事がわかった。
かって『妖精の口づけ』として知られるメルダールの王族にのみ伝わる魔法のチョコレートがあったそうだ。
特殊な製造法で妖精の魔力を込めて作られたその貴重なチョコレートには、妖精の魔力が宿り食べた者の願いを一つだけ叶える力があるというのだ。
そして、この力を求めてさまざまな争いがおこった。
人々はいつの時代も力を求め、たくさんの血を流して来たのだ。
メルダールの歴史はまさにこのチョコレートと共にあり、その力をおそれたメルダールの14代国王バレンタインがすべての記録と製造法、そして職人をことごとく葬り去ってしまい、やがてメルダール家も没落し、すべては歴史の闇に消えたはずだった。
ところがその製造法がどうしたわけか現代にのこっていたのだ。

さて、皆さんならこんな代物を手に入れたらどうするだろうか?
この大発明家にして博物学者のDr.ツクールとしては、こんな大それた謎をほうっておけるわけもなく『妖精の口づけ』と呼ばれるこのチョコレートを現代に再現してみる事にした。
偽物という線ももちろんあるだろう、しかし、わざわざこんな手のこんだ方法で偽のレシピを書き残す必要があるだろうか?
まぁ実際に作って確かめてみれば、すべてはわかるだろう。

廃墟となっていた町はずれの小さな工場を改良し製造プラントを造り、工場の名前を『妖精の寝床』とした。
妖精が住み易いように、小さな卓上に花や宝石、香料で飾った寝床を作り、ミルクやお菓子の御供え物を用意した。
さて、どんな妖精がやって来てくれるのかな。

それからさまざまなツテを頼り、まずチョコレートの原材料を手に入れる事からはじめた。
洗練されたカカオ豆の中から、真紅の豆だけを使い、新月の日に妖精の粉と薔薇の花弁で包み満月の日まで発酵させる。その後は錬金術に近い特殊な製造法がつづく、その中の一部のみ公開しよう。
まず砂糖ではなく、妖精が集めた花と果実の蜜を使い、メルダールの高山にしか生息しない高原三角ヤギ(バンホーテン高地に住む角が三本ある珍しいヤギ)の初乳を乾燥させ粉にしたものを使う。
これらの製造法を経て作られたチョコレートは黒ではなく、熟した林檎か血のように赤く鈍く光るのだ。

甘い匂いに誘われたのか、ある日御供えしてあったお菓子がなくなっているのに気がついた。
姿は表さないが、どこからか妖精がやって来てくれたようだ。おどかしてはいけないので安心してもらおうと、ぼくは「小さなお嬢さん」と呼びかける事にした。
妖精は姿は表してはくれないが、次第に痕跡を残しはじめた。
肩に乗っているような気がしたり、ふと気がついたら置いてあった物の位置がかわっていたりした。
ある朝卓上に小さなメモが残されていて「くだもの ください」となんとも小さな可愛い字で書かれていた。
どうやらフルーツが好きな妖精さんらしい。
さっそく苺とさくらんぼを買って御供えしてみたら、気にいってくれたようで次の日の朝さっそくお手紙で「おいしです」と伝えてくれた。

製造も大詰め、あとはいよいよ湯せんにかけたチョコレートを形に流し込むだけだ。
チョコレートの形にも秘密があるらしく、七枚の花弁がある花の形に溶かして流し込まれる。七芒星(ヘプタゴン)を表していると思われるから、この形には強い魔術的な意味合いがあるようだ。

そうして『妖精の口づけ』(フェアリーキス)と呼ばれる、少女の唇のように紅いチョコレートが完成した。
小さな妖精のお嬢様の魔力がこの中に宿っているのだ。
チョコレートの周りを楽しそうにふわふわと漂う、薄ぼんやりとした白い小さな姿が見えていた。どうやらお嬢様も嬉しいようだ。

『妖精の口づけ』は卓上で輝いていた。
あまりの美しさに、ぼくはそれを直視する事すらできなかった。
手でふれる事も、口づける事もできないほど、それは魅惑的で神秘的な存在感をもっていたのだ。
時間を忘れ、ただそれを見つめつづけていた為、扉を打ち破りなだれ込んで来た兵士たちに、抵抗する間もなくあっさりと捕まってしまった。
喉元に剣を突きつけられているが、どうやらブスリと刺すつもりはないようだ。
「ぶっそうな物はしまいなさいな。あんたらどこの何者だ?」兵士たちの正体がまったく分からない。
方々に手を回して原材料を手にいれた為か、このチョコレートの噂がどこかからもれたようだ。
兵士に守られた貴族のような身なりのでっぷりと肥えたヒゲの男が、こちらをじっと睨みつけている。どうやらこいつがボスらしい。
「わしはメルダールの末裔。貴様にはそれを手にする資格はない。それは我が王家再興の為のものだ」と下品な笑いをうかべている。
とても国王の器ではない、せいぜい盗賊の頭が相応しい貧相な男だ。
そいつが今にもチョコレートに手をかけようとしていたが、何らかの強力な力がそいつをはじき飛ばした。
壁に叩きつけられ口から泡を吐いているのが見える。ありゃかなり痛かっただろうな。
辺りには魔力の匂いが充満していた。
「さわるの だめっ」
『妖精の口づけ』のうえにプリプリと怒った、 小さなお嬢様の姿がはっきりと見えた。ピンクのドレスにチョコレート色のストレートの長い髪、白い肌に長い睫毛の瞳がパチクリとこちらを見て、口元がフワリと笑った。
思った通りにホントに可愛いお嬢様だ。思わずニヤニヤしてしまう。
小さな可愛らしいお嬢様だけど、その魔力はハンパなくすごいのがわかる。
兵士たちの驚いた顔に向け、お嬢様はあっかんべーと小さな舌を出した。
「てつ いや きらい」とひと睨みすると、兵士たちの剣はことごとく錆びてボロボロになって根元からポッキリと落ちた。
「つぎ、ぽっきり だれ」とお嬢様は兵士たちを次々と指差して行く。
怖気づいたメルダールの兵士たちは、ぽっきりされる前に我れ先にと逃げ出した。
失神したボスをだれも連れ出さなかった所を見ると、どうやら国王に足る人望はないようだ。やれやれ。

「ありがとう。助かったよ」とお嬢様に小指を差し出した。お嬢様はにこにこしながら小さな手で小指にふれて握手をしてくれた。小さな温もりが伝わってくる。言葉はなかったがぼくらはお互い微笑んでいた。

お嬢様は『妖精の口づけ』をうんしょうんしょと持ち上げて「これ あげる」とふらふらしながら小さな羽根をパタパタと揺らしてバランスをとっている。
「ありがとう。いただくね」ぼくはお嬢様の手から小さな花型のチョコレートを受けとった。
はたしてぼくに食べる資格があるかはわからないけど、可愛らしいお嬢様から贈られたのが素直に嬉しかった。
ためらう事なく、ぼくはそれを口に含む。熱い唇にふれた『妖精の口づけ』は柔らかくフワリと溶けた。
それからチョコレートと果実の芳醇な味わいが口の中に広がった。甘美な魔力が心を満たした。その一瞬が永遠を感じさせた。
放心していたぼくの耳元で、小さな声が「ねがいごと…ひとつかなう」と告げた。
お嬢様の小さなからだからは、次々と魔力が放たれて、その命が光の欠片となってとけて消えて行く。
お嬢様の瞳から小さな涙が一粒、ハラリと落ちた。

小さな妖精の命と引き換えに、どんな願いでもひとつ叶える魔法があるとしたら、あなたなら何をのぞむだろう?

ぼくは妖精にそっと耳打ちして、いちばんの願い事を告げた。
「ほんとう いいの?」お嬢様は目をパリチクリさせて不思議そうにこちらを見つめている。
「王様になる事も、たくさんのお金を手に入れる事も、正直ぼくにはぜんぜん興味がないんだ」そんなものは命にかえても叶えなければならないものにはならない。
力を求めてだれかを傷つける世界なんて願い下げだ。美しくない。
妖精の瞳を見つめながら、ぼくは頷いた「そうしてもらえたらぼくは嬉しいんだ」
「うん あなた ねがいかなう」お嬢様がそっとぼくの右頬にキスしてくれた。その体に触れようとした手は、もう温もりを感じる事はなかった。
妖精の体は光となって消えていた。

それからぼくはメルダールの末裔を衛士たちを呼んで引き渡した。
衛士が取り調べた結果、本当の末裔かどうかは非常にあやしいとの事だった。

14代国王バレンタインはなぜこの魔法を歴史から葬ったのだろうか、歴史的な事はいくら考えても憶測でしかないが、ぼくと同じ願い事をしたのかもしれない。

「君ともっと話したいんだ」
チョコレートよりも甘いかもしれないが、それがたった一つぼくの願いだ。

彼女がすぐ近くにいてくれているのをぼくは感じていた。
姿は目には見えなくてもちゃんとわかる。

さてと、お嬢様の好きなフルーツを買いにいかなくちゃ。


おしまい。

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