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Dr.ツクールの発明ノートコミュの千年桜舞姫夜宴

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北国にもようやく遅い春が訪れ、桜も満開の見頃を迎えた今日、ぼくは一人夜桜見物に出かけた。
わが家の私有地の森の奥に、千年桜と呼ばれる古木があり、満開の桜の美しさはまさに絶景なのだ。桜舞い散る頃には、一夜にして千年桜の下は桜色の絨毯が引かれそれは見事な景色だ。
じつはバブルの開発ラッシュ時にここら一帯がゴルフ場にされそうになった事があったが、この千年桜に惚れ込んだぼくの祖父が買い取って結界を張って守ったのだ。

琥珀の眼鏡をかけると、夜の森はちがう景色を映し出す。琥珀に特殊な研摩加工したこの眼鏡は形而上の姿なきものたちを映し出す事ができる。
眼鏡をとおして美しく魅惑的なニンフや精霊、見たこともない大小様々な地霊たちがそこここに見え隠れしている。
手にした蓄光石の結晶が暗い森の足元を照らし出す。人工の火や光は彼らを怯えさせるので使わないのだ。
好奇心の強い小さな地霊、たぶん茸の精とどんぐりの精がぼくの後ろからちょこまかとついて来る。なんとも小さくて可愛らしい。
若く美しいニンフたちは遠巻きにぼくを見つめヒソヒソ話に花を咲かせている。どうやら、ぼくを誘惑する算段らしい。どの子も美少女だしこまったなぁ。
念のために懐中には四つ葉のクローバーやトリネコの枝、ナナカマドの赤い実(いずれも妖精の魔力をはねかえす力があるらしい)を持っていているが、妖精の魔力にどれ位効力があるかは微妙な所だ。
うかつにも誘惑に乗って、朝目覚めたら裸で知らない場所に寝ていたなんて悪戯話はたくさんある。
人間と違い感情をもたない自然霊たちは、扱い方を間違えるととんでもない目に合うやっかいな存在なのだ。

森の奥にそこだけ開かれた丘があり、目指す千年桜の巨木が夜の闇に薄紅色の天幕を広げていた。満開の桜の絶景に圧倒される。
桜の根元には自然霊の一団が囲み、花見の宴会が開かれていた。
人間たちの騒々しい花見とは違い、こちらは古風で雅な宴会だ。狐や狸の動物霊たちの和楽団がさまざまな楽器でゆるやかな音を奏で、それに合わせて烏帽子たちが笛を奏でている。
その中心に、白拍子の美女が舞っていた。
あの方こそが千年桜のドライアド(木の精霊であるニンフ)千年桜姫。
樹齢千年ともなるとほとんど神様に近い存在ともいえる。その美しさは桜の花と同じくどこかははかなげで淋しさを感じさせる。神々しくてとてもとても近づけるお方ではない。
ましてやぼくは人間なのだ。

宴会の隅で、敷物とお重の弁当箱を拡げる。
春野菜のチラシ寿司と、菜の花やふきのとう、タケノコ、たらの芽、アスパラなど春の素材の料理に、桜餅に三色の花見団子の三段重。
あとは水筒にお酒とお茶も入れてきた。

一人でひっそりとはじめようと思ったが、ついてきた小さな自然霊が人間の弁当箱を物珍しそうにじっと見ている。
そうか、敷物が結界になっていて入ってこれないのか。
「おいで、一緒に食べよう」と声をかける。招かれた者は結界をこえる事ができるのだ。
弁当箱から何品か見繕い小皿に分けて、自然霊に与えた。
名前もないのもやっかいだから、茸とドングリなので「きみたちの名前はは…そうだな。おたけさんと、どんちゃん」とかってに名付けた。
弁当をぱくぱく食べ、お酒をぐびぐび飲んだおたけさんとどんちゃんは、心なしか一回り大きくなった気がした。もしや、これはお供え物を捧げたって事になるのかな。
そうこうしていると千年桜姫の使いの者が来て、かってに宴会にまざった事を怒られると思ったら「姫が若様に一目お目通り願いたいと申しております」なんて言われ、驚いたのなんの、言葉も出なくただ何回も頷いた。

桜姫が目の前に現れた時は、もう死ぬかと思った。この世ならざる美しさとはまさにこれだ。
ドキドキしすぎてどんな会話をしたのかほとんど思い出せないが、土地の所有者であった祖父の事を聞かれた。
10年前に亡くなった事を伝えると姫様は「さようでしたか」と少し寂しげな目をしていた。千年生きている樹霊にとっては、人の一生のなんと儚く脆いことだろうか。
「若様、夜が明ける前に早よう御帰りなさいまし、此処での時の流れはうつし世とはちがいますゆえ」と忠告してくれた。うっかりしてると浦島太郎になりかねないらしい。
桜姫は別れの間際にぼくの手を握り、ひとひらの桜の花びらを持たせてくれて「若様の御武運を願っておりまする」と千年前から変わらぬ言葉をくれた。いささか時代がかってはいるが、これ程男子を奮い立たせる言葉はないだろう。

帰り道に迷わないようにと、おたけさんとどんちゃんが道案内をかって出てくれた。振り返ると姫桜がずっとずっと見送ってくれていた。
ちらりと現世を捨ててここにずっといたいと思ったが、夜明けが近づく中おたけさんとどんちゃんがどんどん先に行ってしまうので、立ち止まって考える余裕もなかった。
森の出口に辿り着いく頃には空が明るくなっと来ていて、あと少しおくれたら夜明けに間に合わなかっただろう。夜明けの光と共に森の魔力は消え去り、足元には茸とどんぐりがころがっていた。
ぼくはそれを森に返し、家路についた。

やっぱりというか、一夜のはずがかえってきたらもう6月の半ばになっていて、ぼくは失踪した事になっていた。
もちろん、とっくに桜は散ってしまっていた。

それでぼくは思い出した、昔祖父が一時期失踪していた時期があった事を。
屋根裏に置いてあった祖父の遺品を引っ張り出して、あれこれ調べていたら、古い手帖を手にとった時に、はさんであった何かがはらはらと落ちた。
それはぼくが桜姫から手渡されたものと同じ桜の花びらだった。


手帖には祖父の日記が書かれていて、祖父は昭和の終わりの年に六ヶ月も行方知れずになっていて、その間あちらへ滞在していたようだ。
何が記されていたかは祖父のプライバシーに関わる事なので、ここでは明かさない。
皆様のご想像におまかせする事にしよう。

そう、桜の花言葉は
『私を忘れないで』だそうだ。

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