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ショスタコーヴィチコミュの生誕100年

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 9月25日が100年目の誕生日だったそうです。きょうの朝日新聞夕刊で知りました。見出しは「生誕100年の作曲家ショスタコービチ なお続く苦難の道」とあり、プーシキン原作のオペラがロシア正教会から「反宗教的」と批判されたということを伝えています。記事の中の音楽学者マナシール・ヤクーボフの言葉「彼の音楽は収容所、牢獄、戦争という非人間的状況でも人は愛し、人間であり続けることを伝える。だから今の人々の心もとらえ続ける」が、心に響きました。また、第5交響曲は、前作がスターリンから批判されたことを受けて作曲され、当局から歓迎されたといいますが、ヤクーボフは「この交響曲には作曲家が当時していた恋愛の苦悩が強く投影されており、ビゼーの『カルメン』の影響も見て取れる」と言っているそうです。
 いずれにせよ、ショスタコーヴィチの作品は、社会主義とか体制とか、政治的な面とは関わりなく、戦争の時代を生きる現代人の心を打つ音楽だと思いますが、みなさんはいかが思われますか。(きょうは、第5交響曲のあと、いま第4交響曲を聴いています)

コメント(8)

私は政治や思想、あるいは標題とは関係なく彼の作品を魅力的に感じてます。
敢えて何を感じるかと言えば、自分達ではどうにもならない圧倒的なものに襲われるけど最後まで人間であり続けるという描写を表現しているのではないでしょうか。
そこに彼の作品の普遍性があり、別の表現をするなら重く暗い、となるのかと思います。
>りゅうのしん(・Θ・) さん
 なるほど。要するに人間を描いている。重く暗いけれども、波あり凪ありのおもしろさがある。そのおもしろさにどうしようもなく惹かれます。
こんばんは。私も朝日の夕刊読んだ者です。

宗教とスターリン主義との狭間。はからずもコウモリ状態というわけですね。
政治を抜きにして純粋に芸術として評価する度量の広さはないのでしょうか。
こんばんは。私も読みました。ロシア国内でも、いまだにショスタコーヴィチの体制との関わり方をめぐる議論があるようで、生誕100周年をとりまくお国の事情なども取り上げられており、興味深い記事でした。

ウェブ上でも下記にて読むことができるようですので、ご紹介いたします。
http://www.asahi.com/culture/music/TKY200610060245.html
ショスタコーヴィチはまだ政治や宗教などの理念から独立するにはまだまだ日が浅いということなのでしょうか?
数百年後にどう捉えられているのか興味ありますね。
政治や思想と関連づけるほど分かり易く広めやすいものはないけど一つ道を誤るとその呪いがが放射能汚染のごとくつきまとって拭い去れないのも事実ですね。
そうなると我々がヨーロッパの美術館でよく目にする数百年前の聖書や時の権力者を題材にした絵画や彫刻も、作品としてはよく出来ていても鑑賞する相手にしてみれば、要は当時に侵略や弾圧を受けた子孫が見た場合、悪魔の化身のごとく呪わしいものと映るかもしれません。

しかし生誕100年の日、私は鹿児島に出張していて彼の作品を聴けませんでした。今からでも聴くことにしますか。
こんばんは。
私も、ショスタコーヴィッチの曲が大好きな一人です。

彼の作品に感動を覚えるのは、彼自身の天賦の才能(そしておそらくは非常な努力)に拠るものが大きいのはもちろんだと思いますが、
これは私の勝手な想像ですが、
自らのふるさとであるロシアの国を心から愛し、
共産主義の美しい理想を心から愛しているのに、
現実のソビエト政権を愛することができなかった(むしろおそらく憎みさえした、そして憎まれた)、
その「愛の葛藤」が、心に大きな感動を呼び起こす数々の曲を彼が作曲した、原動力のひとつになっているような気がします。

体制との不和など無い、ある意味理想的な恵まれた環境に彼がもしおかれていたならば、それでも良い曲を数々残したでしょうが、
鬼気迫るような(イメージ的には例えば交響曲第四番のような感じの音楽)曲を残すことは、ひょっとしたらできなかったかもしれない、などと考えます。
ただ、四番自体は、体制とのあからさまな不和ではなく、「わずかながら崩れ始めた共産主義の理想」と、「戦争の影」とが大きく影響した作品だと思いますが。

「ソビエト」(部分的には「スターリン」と言い換えても良いのかもしれません)体制との不和が、人間としてのショスタコーヴィッチを苦悩させ、その結果すばらしい芸術が生まれた(もちろん、彼の曲全曲がひとつ残らずそうだと言うわけではありませんが)という側面は、やはりあるのではないでしょうか。
言い換えれば、ソビエトという国が、ショスタコーヴィッチの理想とは違う(かけ離れた?)国だったがために、彼はすばらしい数々の曲を作曲できた・・
だとしたら、非常に皮肉なことですね。

冗長な駄文で失礼致しました。
「人生はクローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇。」byチャップリン

ショスタコーヴィチの音楽の真実を、体制との関わりの中から見出そうとしている人は、ショスタコーヴィチの人生をクローズアップで見ているのかもしれませんね。

ショスタコーヴィチは、自分でできることを自分なりに一生懸命やってきた。ただそれだけなんですよね、きっと。ドストエフスキーは「「人は、自分が幸福である事を知らないから自分が不幸だと感じるのである」と言っています。体制の中でも作曲を続けることが出来たショスタコーヴィチは、自分が不幸だとは思ってはいなかったのでしょうか。

一番幸せなのは、幸福なんて特別必要でないと悟ることではないでしょうか。その点において、少なくともショスタコーヴィチは幸せだった、そう思います。「死者も我々がまったく忘れてしまうまで、本当に死んだのではない」はジョージ・エリオットのコトバだったでしょうか? 少なくとも私の中では、ショスタコーヴィチはまだ生きています。今は、幸せなんて特別必要ではありません。彼の音楽を聴くだけで十分と思っています。

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