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チェダゼミナールコミュの講義ノート その50

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二時間目 「国際法」

この講義の先生は講義上手ですね。

一回一回、学生に問いかけているところがすごい。

なかなかできることじゃないですね。

学生とコミュニケーションをきちんととろうとしている。

教職の講義を受けはじめて、今までは受身で講義を受けてただけだったのですが、「もし自分が講義をする立場だったら…」という視点で講義を傍聴しています。

お手本になる先生もいらっしゃれば、反面教師としたい方もいらっしゃいます。

会社に勤め始めたら、同じ業界の仕事のところに客として行った場合でも、どのように仕事をしているのか目で追ってしまうでしょう。

やはり気になるものなんですね、他人の仕事ぶりは。

さて、法律や言語は文化の一ジャンルと言えるでしょう。

今日先生がおっしゃられていましたが、例えば絆創膏。

これ一つとってみても、地方によって言い方が様々です。

リバテープ(福岡 佐賀)

カットバン 

バンドエイド 

サビオ(北海道)

傷バン

つまり、リージョン(地域)によって文化が違うということを、意外と忘れがちだということもいえる。

法律や言語学、経済学や教育学を学ぶ意味合いは、多様性を認め、尊重し、あるがままを受け入れることなんだと思うようになりました。

さて、法律によると意思には2種類あり、法例7条2項によると一つは明示、もう一つは黙示(暗黙の了解)というのがあるそうです。

法律に暗黙の了解なる文言が出てきたのは正直驚きです。

明示もなく、黙示も異なる場合は、契約した場所が準拠法となります。

あと金銭のやり取りの時効は個人間の場合10年であります。

ただ民法147条に時効の中断というものがあり、相手の承認(口約束)、もしくは裁判所で所定の手続きを経れば振り出しに戻るそうです。

ここでも驚いたのが口約束という言葉が法律の文言に出てきたことです。

ちなみに飲食店や旅館でのツケ(売り掛け)の時効は一年以内だそうです。

最後に賭博についてですが、ベガスに「ジャンケット」なるものがあるみたいです。

旅費、食費、宿泊費を賭博主催者が負担してVIPを招待し、信用賭博をさせるものをこう呼ぶらしいのです。

わが国では賭博行為は禁止されていて、そもそも賭博行為で生じた損失は払う必要は無いのですが、ベガスでの損失はもちろん支払いの義務を生じます。

ここで大損失を負った元国会議員がいます。

テレビタックルなどでおなじみのH氏です。

この人、僕の主観では真面目そうでギャンブルにはまりそうな人には見えないのですが、こんな人でもギャンブルにははまるのですね。

よく、女好きと、ギャンブル好きと、釣り好きは一生直らないといいますが、お金の魔力は怖いですね。

お金のトラブルには極力巻き込まれないようにしたいものです。

三時間目 「哲学」

ルネッサンスの三大革命物

?火薬 戦争に有利に

?印刷術 本 知識
 
?羅針盤 航海術

この授業眠すぎヾ(个ε个;)

文章にすることが出来ませぬ(。・ˇ_ˇ・。)

四時間目 「外国史」

平民の中のブルジョア(金持ち)は大学へ進学していました。

近世や近代の大学へ進学する意味合いは、官僚になることを目的としていました。

そして当時のヨーロッパは国家試験などありませんから、お金で官職を買う時代だったのです。

官僚は貴族ほどではありませんが、貴族に準ずる身分となります。

そのなかでも高級官僚には貴族と同等の位が与えられ、旧貴族と新貴族ができあがり、お互い反目するようになります。

新旧貴族の役割は王権を支えるものにかわりはないのですが、互いに牽制しあっているので王様には都合がよいのです。

王様への不満がそれますしね。

☻ ☺ ☻ ☺ ☻ ☺ ☻ ☺ ☻ ☺ ☻ ☺ ☻ ☺ ☻
僕は王様(king)と皇帝(エンペラー)との区別がつきませんでしたが、エンペラーのほうがワンランク上らしいですね。

近世ヨーロッパの皇帝は神聖ローマ帝国(現ドイツ)にいたらしいです。

だからベッケンバウアー氏の別名が皇帝となるのですね。

謎が1つ解けました。

あとスペインの正式名称はエスパニョールで、リーガエスパニョーラのエスパニョールです。

五時間目 「経済思想史」

ケインズはマルクスの死んだ年1883年に生まれています。

ケンブリッジ卒業後はインド省にはいり、その後キングス・カレッジのフェローとなり、大蔵省に補助者として入り、第一次世界大戦の賠償問題などに取り組みました。

その後も保険会社の社長や雑誌の編集者などもつとめ、晩年には大蔵大臣諮問会議のメンバーになり、IMF体制のケインズ案を提出します。

日本で言えば竹中平蔵みたいな人ですかσ( ̄。 ̄ )

結局ケインズ案は、アメリカのホワイト案に負けてしまうのですが、ケインズの経済思想は戦後の経済秩序形成に大いに貢献したことは事実です。

彼の「有効需要理論」や「流動性選好理論」は当時のコモンセンスを覆す画期的なものでした。

よってケインズはマルクスと並ぶ偉大な経済学者とされています。

しかし遍歴もしばしばあり、懐疑的な思想(肥後もっこす)、同性愛者という一面もあります。

六時間目 「教科指導法研究・公民」

面白い授業を展開するにはリスクをとらないといけないのでしょうか。

7時間目 「金融論」

金融の自由化が終了した先進国の金融政策は、マネーサプライコントロールではなく、コールレートを政策金利としてコントロールしています。

我が国も橋本内閣の金融ビッグバン以来、金融の自由化は終わっているので、コールレートを調整することで金融政策をしています。

マネーサプライコントロールで金融政策をしている国は、金融自由化の終わっていない、トルコ、中国、ペルーなどの途上国であります。

ちなみに現在のコールレートは0.25%。

コールレートというものは大体0.25%刻みで上下するものなんです。

今年に入ってやっとゼロ金利は解除されました。

これから0.5%、0.75%、1%と上がっていくのでしょうかσ( ̄。 ̄ )

語句調べ

ロンドン王立協会(おうりつきょうかいThe Royal Society of London)は、現存する最も古い学会。1660年設立。1782年創立の王立アイルランドアカデミーと密接な関係がある。1783年創立のエジンバラ王立協会とは関係が薄い。英語で単にThe Royal Societyという場合、先にできたロンドン王立協会を指す。
この団体は任意団体であるが、イギリスでは科学に関する国民アカデミーとしての性格も持つ。また、the Science Council(学術審議会?)の加盟組織でもある。
王立協会は最初期から開かれた組織であった。協会は、世界中を連結し、得られた科学的知識を共有することを目指した。これはオープンコンテントの概念ともほぼ一致する。協会は秘密を排除し、会員間のコミュニケーションを促進させた。また、言語による他国人とのコミュニケーション不足がなくなるようにも努力した。
著名な会員
17世紀以降の著名な科学者の多くは、創立メンバー、または会員になっている。
最初期の主要な会員は、ロバート・ボイル、J・イーブリン、ロバート・フック、ウィリアム・ペティー、ジョン・ウォリス、ジョン・ウィルキンズ、トーマス・ウィリスとクリストファー・レンなどがいる。アイザック・ニュートンは、光学に関する研究の業績が認められ、後に協会理事長になった。
ロバート・ボイルは、協会で実験係になった。(1662年) トーマス・ベイズは、協会で最初に自分の研究結果を公表した。

フランシス・ベーコン(Baron Verulam and Viscount St. Albans、1561年1月21日 - 1626年4月9日)はイングランド近世(ルネサンス期)のキリスト教神学者、哲学者、法律家である。
フランシス・ベーコンエリザベス1世の国璽尚書を務めたニコラス・ベーコンの子。ケンブリッジ大学で法律を学ぶ。ジェームズ1世のときに大法官となるが、汚職の嫌疑を受けて失脚。
「知は力なり」(Ipsa scientia potestas est)という言葉とともに知られる(出典 Meditationes Sacrae. De Haeresibus. (1597) 『聖なる瞑想。異端の論について』)。独力では果たせなかったものの学問の壮大な体系化を構想していた。体系化の構想はフランス百科全書派にも引き継がれる。
『ノヴム・オルガヌム』(新機関)
人間の陥りやすい偏見、先入観、誤りを4つのイドラ(idol 幻像)として指摘し、スコラ学的な議論のように一般的原理から結論を導く演繹法よりも、現実の観察や実験を重んじる「帰納法」を主張したもので、近代合理主義の道を開いた(イギリス経験論)。
『ニュー・アトランティス』
ユートピア物語。
『学問の進歩』
『随想録』

重商主義(じゅうしょうしゅぎ、mercantilism)とは、国家の産業として商業を特に重要視した経済思想および経済政策の総称。
15世紀半ばから18世紀にかけてヨーロッパで絶対主義を標榜する諸国家がとった政策である。資本主義が産業革命によって確立する以前、王権が絶対主義体制(常備軍・官僚制度)を維持するため、国富増大を目指して行われた。初期の重金主義と後期の貿易差額主義に分けることができる。チャイルド、クロムウェルやコルベールらが代表者。
いずれにも共通しているのは、「富とは金(や銀、貨幣)であり、国力の増大とはそれらの蓄積である」と言う認識であった。植民地からの搾取、他国との植民地争い、保護貿易などを加熱させたが、植民地維持のコストの増大や、国内で政権と結びついた特権商人の増加などが問題となり、自由経済思想(現代では古典派経済学と呼ばれる)の発達を促すもとになった。
日本においては江戸時代中期の政治家、田沼意次がその先駆者として挙げられている。
重金主義
重金主義(じゅうきんしゅぎ、bullionism)とは、貴金属のみを国富として、その対外取引を規制し流出を防止し、同時に対外征服や略奪、鉱山開発を推し進め、国富たる貴金属を蓄積させようとする政策。16世紀のスペイン、ポルトガルの代表的な政策で、のちフランス王ルイ14世に仕えた財務総監コルベールがとった経済運営(コルベール主義)が有名である。ブリオニズム。
貿易差額主義
貿易差額主義(ぼうえきさがくしゅぎ)とは、輸出を進めて輸入を制限することにより国内産業を保護育成し、貨幣蓄積をはかる政策。重金主義が国家間での金塊等の争奪や私掠船(官許の民間掠奪船)の横行、相互の輸出規制合戦の様相を呈したのに対し、貿易の差額による国富(ここでは貴金属)の蓄積が主張された。イギリス東インド会社の係官トマス・マン(19世紀の作家T・マンとは別人)が主張、イギリス重商主義の中心的な政策となる。

王権神授説(おうけんしんじゅせつ)は、王権は神から付与されたと考える政治思想である。ヨーロッパの絶対王政期における理論的根拠となる。
ヨーロッパの思想家ボシュエ(Jacques-Bénigne Bossuet)がルイ14世の王太子に講義した一節に端的にあらわれる思想である。その内容は、新約聖書「ローマ人への手紙」13章を根拠として考えられている。概要は「(キリスト教国の)地上の王権は、全て神の代理としての権限が与えられている。」というものであった。今日ではイギリス王室の戴冠式において。新国王に聖油をつける儀式などにその名残が見受けられる。

ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1883年6月5日 - 1946年4月21日)20世紀の経済学者。イギリス生まれ。経済学者、ジャーナリスト、思想家、投資家、官僚。経済学に新しい視点を持ち込み、ケインズサーカスを率いてマクロ経済学を立脚させた。
『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1935年 - 1936年)において、セイの法則を否定し、有効需要の原理を基礎として、失業の原因を明らかにした。有効需要は市場メカニズムに任せた場合には不足することがあるが、これは、減税・公共投資などの政策により投資を増大させるように仕向けることで、回復可能であることを示した。なお公共投資政策の本質は、単なる有効需要の付加ではなく、政府による公共投資が企業家のマインドを改善することで経済全体の投資水準が底上げされうるという点にあるのだが、このことは意外と理解されていない。これら、彼の提唱した理論を基礎とする経済学を「ケインズ経済学」(「ケインズ主義」という言葉も有る)と呼ぶ。
ケインズの有効需要創出の理論は、大恐慌に苦しむアメリカのフランクリン・ルーズベルト米大統領によるニューディール政策の強力な後ろ盾となった。 数学が得意で第一作は確率論に関する論文。ケンブリッジ大学の大経済学者アルフレッド・マーシャルの弟子。アーサー・セシル・ピグーとは兄弟弟子。分析哲学の創始者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとの交流は有名。
1930年代、スターリン統治下のソ連を訪問したが、「社会主義には興味がない」と述べている。
略歴
1905年 ケンブリッジ大学を卒業
1906年 文官試験に合格しインド省に勤務。
1908年 ケンブリッジ大学で貨幣論を研究。
1909年 特別研究員として金融論を担当。
1915年 大蔵省に勤務。
1919年 パリ講和会議に参加し、対独賠償要求に反対して辞任し「平和の経済的帰結」を発表。
1923年 『貨幣改革論』発表。
1925年 『チャーチル氏の経済的帰結』発表。
1926年 『自由放任の終わり』発表。
1930年 『貨幣論』発表。
1936年 『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表。
1941年 イングランド銀行理事に就任。
1942年 男爵と成る。
1944年 ブレトンウッズ連合国通貨会議に参加。ここでバンコールという国際通貨の創設を提案するが、実現はしなかった。
1945年 IMFおよびIBRDの総裁に就任。
1946年 没
ケインズをめぐる逸話
人間の手に異常な関心を持ち、自身と妻の手の鋳型を作り、友人達の手の鋳型を収集しようとした。また、フランクリン・ルーズベルトとの初会談の際、ル−ズベルトの爪の形を気にするあまり、公共事業等について自分が何を話しているのか、ほとんど上の空であったという。
ブルームズベリー・グループの中心人物の一人であり、彼らが起こした騒動に常に関わっていた。また、同性愛者であったケインズは、同じくブルームズベリーの会員だったリットン・ストレーチーと愛人関係にあった。
ブレトン・ウッズより帰国した際、記者にイギリスはアメリカの49番目の州になるという噂は本当かと尋ねられると、即座に「そんな幸運はないよ」と答えた。

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