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製油戦士!O・M・Fコミュの第一話『製油戦士誕生!』<2>

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***** 2 *****
突き抜ける、青く晴れ渡った空。
まだ昇りきっていない太陽の日差しは、やわらかい風と共に穏やかだった。
ギンタを見送った後、軽く後かたづけを終え、職場へと向かう。
いつものようにアパートを出、いつものように曲がり角を曲がる。
そしてそこには、いつものように顔なじみの花屋“パリジェンヌ”で朝の支度を行っているこの店の店主とその娘、ミキちゃん−−に挨拶をする・・・ハズだったのだが。
「あら、おはようございます、鍛炭(かすみ)さん!」
声を聞いた瞬間、エイジの心臓がドキリと大きく脈を打った。
軽やかな声の主は、いつもの女性ではなかった。
肩のラインで切りそろえた、ほんの少し茶色がかったふんわりしたやわらかそうな髪が揺れる。同じく日本人としては少し色素の薄い茶色の瞳がにっこりと笑顔を湛えている。
そう、今朝夢で名前を絶叫した相手−−月山素子(つきやまもとこ)だったのだ。
「も、もと・・・いや、つ、月山さんっ、どうして?いや、その、いるのはそりゃ当たり前なんですけど・・・」
確かに素子はこの店の従業員ではあるが、彼女の出勤時間はまだのはず。
いつも朝の準備は、店舗兼自宅でもあるため、店主である幸枝(ゆきえ)が一人で行っている。
今朝の夢の件もあってか、エイジは思わず想い人の−−名字ではなく−−名前を呼びそうになって、自分でも何を言っているのかよくわからないらしい。
しかしそんな事は意にも介さず、いつもの柔らかい笑顔で応えた。
「オーナーは今日、旦那様が一時ロンドンへ帰国されるので、空港まで見送りに行ってるんです。だから、今朝は私が」
「あぁ、そうだったんですか。またすれ違っちゃったなぁ」
オーナー、幸枝・ローディムの夫はイギリス人証券マンである。日本の支店での勤務なのだが、ここのところ長期の海外出張が続いていたようで、実際この店に結構長く世話になっているエイジも旦那に会ったのは数える程しかない。今回も、何日滞在していたのか知らないが、顔を合わせる事がなかったため、全く気づかなかった。
「お忙しい人ですもんね。そうだ、手紙預かってます。ちょっと待ってくださいね」
素子はそう言って、カウンタから小さな封筒を持ってきた。
裏には達筆な英語でサインが書かれていた。
「旦那様から、鍛炭さんへって」
「ありがとうございます」
見た目は典型的なイギリス紳士なのだが、実は日本マニアの少し変わった人物だ。
商店街のアイドルだった幸枝に一目惚れした挙げ句、猛烈アタックの結果、見事に彼女と結婚した。
プロポーズの日の出来事は、当時、高校生だったエイジの脳裏に強烈に残っている程だ。
「そう言えば、前に会ったのって2年くらい前だなぁ。ミキちゃんがまだ言葉喋る前・・・」
エイジが感傷に浸っている横から、おそるおそる素子が声を掛ける。
「あの・・・お仕事の方は時間大丈夫ですか?」
「・・・うわっ!!!」
ふと時計を見れば、迂闊にも今朝の弟と同じ状況になっていた。
走れば、間に合うかも知れない・・・。
「すみません、これでっ!」
「はい、行ってらっしゃい」
これまたいつものように、素子はエイジを見送ってくれた。
滅多にない二人きりのチャンスだったのにと、悔しいが時間が迫っているのも事実だ。
時間があれば、もう少し話をしていたかったのだが、朝から素子に会えただけでもよしとしよう。
そう自分に言い聞かせながら、エイジは職場へと走っていった。

「す、すみま・・・せん、遅くなり・・・ま・・・したっ」
ぜぇぜぇと荒い息で、ほぼ滑り込み状態になりながら、エイジは事務所のドアを開けた。
そこには、背を向けて立っている男が一人。
ジー・・・カシャン。
男は、タイムカードを片手にゆっくりと振り返った。
その顔には、悪戯めいた笑顔が。
「残念、1分遅刻だな。今月は減給かー、かわいそうになぁ」
「えぇええぇ!?そ、そんなぁ、阿久地さん〜」
その場で崩れ落ちそうになっているエイジを見て、阿久地と呼ばれた男は声を出して笑った。
「なに本気にしてんだよ、お前小学生か」
「でも、オレ、今まで遅刻だけはしたことなかったんですよ」
阿久地は、エイジの先輩に当たる人物だ。
キャリアは5年だが、体育会系出身で面倒見の良さも手伝って、今はここの副責任者でもある。
新人の教育係も任されている、人望の厚い人物だ。
まだ凹んでいる風なエイジの肩をポンと叩き、阿久地は入れ替わるように事務所のドアを開けた。
「さー、仕事仕事。お前の分はさっき窓から姿が見えた時点で押しておいてやったから間に合ってたよ」
「・・・え?」
「タイムカード。ホントはダメだけどな。ま、全力で走ってきたし。次からは、なしだぞ」
「はいっ、すいませんっ」
「バイトが来るまでに、準備終えるぞ、鍛炭も早く来い」
阿久地の声はドアの向こうに消えていった。

ガソリンステーション“OXIGE”。
ここがエイジの職場だ。
事務所には、カー用品店兼小さなバイクショップが併設されている珍しいつくりになっている。
24時間営業でコンビニ併設。
完全セルフで安さが売りの店。
そんな中、24時間営業でもなく、激安でもなく、ごく普通のガソリンスタンドであるOXIGEが業界の競争の中潰れずに頑張っているのは、このバイクショップのお陰でもある。
ここを職場に決めたのは、エイジのバイク好きがきっかけだった。
先輩である阿久地も同じく、バイク好きの仲間でもある。立派な大型二輪で出勤している程だ。休みの日にはツーリングにも出かけているようで、たまに店には阿久地のツーリング仲間も立ち寄って賑やかな事になったりもする。
そんな阿久地を羨ましく思いはするが、現状を見ればそんな贅沢をしていられないので、せめて店に置いてあるバイクを触らせて貰ったり、磨いてみたりしているのだ。
「はぁ、いいなぁ。こんなのに乗りたい・・・でも、さすがに買う金がないしなぁ」
売り物のバイクを乾拭きしながら、つい本音が漏れる。
ギンタを一人前にするまでは、まず自分が贅沢をしている場合ではない。
ローンでバイクを買う位なら、夕飯にいつもの安売りではなくて豪華な肉でも買って帰った方が現実的だ。
そう言えば、今朝のチラシにスーパーでタマゴ1パック20円の激安セールが書かれていたのを思い出した。
昼休憩に買いに行くとして、まだ残っていればいいのだが。
そこまで考えて、エイジは急に虚しくなった。
「主婦か、オレは・・・」
それほど年が離れているでもない阿久地が、バイクで休日を満喫している頃、エイジは家で溜まった洗濯物を片づけたりと大忙しだ。青春を謳歌していてもおかしくない年頃だが、叶うはずもないのは承知している。
拭きかけていた車体に額をつける。
エンジンのかかっていないそれは、ひんやりと冷たく、それでいて何故か落ち着けた。
「鍛炭クン、あんまりくっつくと、オイルが顔に付くぞ。それ、中古だし」
「うわっ、すいませんっ」
急に声を掛けてきたのは、こっそり笑顔で背後に立っていた、オーナーの沖重。
浸りきっていたエイジは、沖重が近づいてきていたのに全く気づいていなかったのだ。
まだ中年にさしかかったところだが、整備士でもあるためにツナギ姿の彼は、見た目はまだまだ若い。
昔は走り屋もしていたと噂で聞いたが、今ではすっかり物腰の落ち着いたナイスガイ、といったところか。
「・・・欲しそうな顔してるなぁ」
「え、あ、その・・・すいません、商品なのに指紋とか」
「いやいや、いつも、バカが付く位、丁寧に磨き上げてくれてるし。分かるよ、バイク好きの匂いがしてるから」
「・・・そうですか?」
「そうだよ」
阿久地にしろ、沖重にしろ、エイジは周りの人間に恵まれている事をいつも実感している。
だからこそ、頑張れるのかも知れない。
にこにこ笑顔を絶やさない沖重が変わらない口調で言った。
「ま、そのうちボーナスとか考えておくから。いい中古入ったらな」
「えっ、ホントですかっ!」
「ただ・・・税金とか燃料費とかの維持費は掛かるから、スーパーの商品券とどっちにするかは年末までに考えておいてくれよ」
勿論、沖重は半ば冗談のつもりだ。
年末のボーナスを出さないつもりではないし、いつものように普通に支給するだろう。
現物支給は今までしたことがないし、もしもエイジが欲しいと言えば、中古をさらに割引価格で売ってもいいとは思っているのだが。
だが、聞いている方のエイジの脳裏では、一瞬でバイクのイメージが商品券で塗り替えられた。
中古でも、バイクだ。それなりの値段である。その分の商品券となると、結構のものになる。
1月分の食費は軽く上回りそうだ。
「あのー。商品券・・・年末って、お正月用品に使えますかね?野菜とか高くなっちゃうんで」
「鍛炭クン・・・」
さっきまでの凹み加減とはうってかわって、野菜の話しをしている時に不覚にも目を輝かせてしまったエイジを見た沖重は、年末のボーナスは、現物支給でちょっとだけ割り増ししてやろうと密かに思うのだった。
「わかった、商品券な・・・」

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