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ササイのことで思い出したコミュのThe Strange Girls──裸足でピアノを弾く女【21】

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 S美から電話が来ることはなかった。
 雪子からも《うたえもん》からも。
 それからの数日を、俺は俺なりに普通に過ごしたのだったろう。
 特に記憶はない。
 誰かと関わらずに生活する日々というのは、そこらじゅうにある空気や、そこに含まれる水蒸気や酸素のようにあたりまえな配合のものだ──そこに味気なさを感じるか、ありがたさを感じるかで、俺の翌日の暮らしぶりは変わっていたのだろうと思う。
 少なくともその日々、俺は人と交わらない生活を、自分から求めていた。
 ただ、そうした日が、そんなに長かったとも思われない。

 夏が終わってしまう前のある日、俺は『ゆず』に顔を出した。
 ターマスの機嫌はさんざんだった。
 というのも、俺が最後に足を運んだ日から数日後、店は《手入れ》を受けたというのだ。
「もともと狙われてたんだよ。酔っぱらいのふりしたデカが、ほら、来てたろ」

 確かに心当たりはあった。
 紺のペナペナしたスーツを着た酔っぱらいが、行き場を間違ったあざらしといった風体で『ゆず』のドアを押して入ってくることがあったのだ。
 ターマスはメニューを運んで行きながら、思わず悲鳴が出そうになるほどの強さで、俺の向こうずねを蹴っていった。
 叫びそうになるのをこらえたのは、「これは何かあるな」と思ったからだ。
 あざらしが、酔ったふりの目で店中をねめ回して帰って行った後、ターマスは言ったもんだった。
「どこのか知らねえが、あれはデカよ」
 疑われるのに理由はあった。
 その夏はそうでもなかったにせよ、遡ること半年ほど、『ゆず』や、その外の集合トイレは確かに、大麻吸引や取引の現場だったからだ。
 そういう事柄に関して、「ちょっと気をつけなくちゃいけねえ」と言うころには、事はたいてい遅く、内偵なのかなんなのか、そのあざらしの侵入を許していたわけだ。
 ターマスが健全経営を心がけはじめたころと、S美と俺が出会ったのがちょうど同じ頃だったと言っていい。

「で、あいつがきたのかい? あのあざらしが」
「いや、あいつはいなかったな。なんせ、戸塚警察署の手入れだったんだよ」
「トツカって、そこの戸塚かい?」
「いや、早稲田の戸塚にゃ、警察署なんてねえよ。神奈川県警戸塚警察署だよ」
「で、どうなったのさ」
「店がざっくりとガサ入れ。うちもガサ入れよ」
「やばいじゃん」
「まーそれが運のいいことに、イッちゃんとケンちゃんが、ぜんぶ煙にしちまった後だったんだな、これが」
「警察も手ぶらじゃ帰れないだろ?」
「おう。だから《押収》されたよ」
「何をさ」
 ターマスは俺のその質問を待っていたかのように、バーカウンターの上から下がっている棚に手を伸ばすと、紙切れを取り出した。
「おまえ、話半分で聞いてやがったんだろ。おお? これ見てみろや」
 広げてみると、それは確かに警察で使われるつるつるした薄い用箋で、見ると「押収品目録」とかなんとか書いてある。
「煙草吸引用キセル2本」とあり、神奈川県警戸塚警察署の印字と、担当捜査官の印鑑が確かに押してあった。
「本物だね」
「ニセモノなもんかよ」
 と、ターマスは般若の顔を作り、俺から紙切れを取り上げた。

「まあ、潮時だよ。今はどこから刺されても、後ろ暗いところなんてないでしょう?」
「ねえよ。けどな、おまえに潮時だなんて言われたくねえよ」
「俺を疑ったのかい?」
「疑いやしねえけど、おまえが来なくなって、すぐだぜ、やつらが来たの」
「お客さんはいたのかい?」
「森沢がいただけだ」
「モリサワ?」
「あー、おまえは知らなかったかもな」

 書いてしまえば陳腐な台詞だが、「噂をすれば影」とよく言ったものだ。
 店のドアを引いて現れたのは、がっしりした体型に人なつっこい顔を載せた男──そいつが森沢だった。
 ターマスは俺たちを簡単に引き合わせて奧へ引っ込んだ。
「タカギさん、早稲田ですか?」
「そう。二文の美術」
「俺、理工の建築です。安藤先生の研究室」
 俺と森沢が互いに同い年であるこということはすぐに判った。
 すぐさまうち解けるというほどではなかったが、理工学部に友人はいなかったので、少し嬉しかった。
 森沢は、俺ほどの量ではないにせよ煙草を吸ったし、それなりに酒も飲んだ。
 キャッシュオンデリバリーの酒を、互いにおごりあった。
 
 久々の『ゆず』の酒に俺は少し酔っていたのか、ターマスがそばにいるのにも関わらず、素朴な疑問を森沢にぶつけた。
「何が楽しみで、こんな店来てんの?」
 俺としては、ターマスから激しい台詞が飛ぶか、あるいは森沢から少しはまともな返事が聞けるかもしれないと、その二つを予期してのことだ。
 森沢は、意外なほど真剣に考え込み、ふと顔を起こして、
「やっぱ、音楽かなあ」と真顔で言った。
「音楽? レゲエ?」
「うん」
「レゲエ好きなんだ?」
「うん」
 口を挟んだのはターマスだ。
「どいつもこいつも、勝手なことほざきやがって」手持ちのショットグラスで、ラムをきゅっとあおる。「タカもモリサワも、音楽目当てでウチの店なんて来るもんか、おまえら!」
「じゃ、やっぱ、草?」と俺。
「バカヤロ! 口を慎めっての!」と、目を大きく見開いて、大げさにあたりを見回してみせるターマス。
 ひとり森沢だけが、すっと血の気の引いたようなこわばった顔で、カウンターに視線を落とした。
 俺は、
(あれれ?)と思ったことだった。

コメント(9)

おおおお、また怪しい展開が・・・・。
ガサ入れの八つ当たり。相変わらず怖いなぁ、ターマス。
でも何か魅力のある店なんでしょうね。雪子からもS美からも《うたえもん》からも連絡がない。その淋しさを紛らわせたくて『ゆず』に顔を出したのかな、って。ホントはS美のその後を探りたかったのかも知れないし。
新たなキャラ『モリサワ』の登場も気になるところです。
「俺」っていっつも受身なんですね^^

にもかかわらず「俺」が望んでも、望まなくても、周りには常に人がよってくる。。。そういう星回りなんでしょうか?
森沢くん、ウブだ〜。
そんなところにいないで、早くおうちに帰ったほうがいいと思います。
ゥズ(・ω・`*))((*´・ω・)ゥズ 続き読みたい
遅ればせながら1〜21までイッキに読ませていただきました。
管理人様と執筆者であるずむ様に感謝します。

平凡な感想で申し訳ないのですが、
う〜む。若さって残酷... 
だったワ。そういえば!(過去形)

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