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将軍様の下僕の日記集 コミュの熟れゆく初恋(1・見直しもしてない最初バージョン)

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転校生                                     
「ねぇ、聴いた? うちのクラスに今日転校生が来るって」
「聴いた、聴いた。東京から来たらしいよ」
「え〜っ、まじでぇ〜!! じゃあお洒落で格好いいのかなぁ」
「東京出身だからって、みんなが格好いいわけじゃないわよ。意外と、メガネをかけたガリガリのガリ勉だったりするかもよ」
「そうなんだぁ〜」
「そうなんだぁって、まだ相手の顔だって観てないって。ただの想像の話だから」
「でも、恵美子は見たんでしょ、転校生の姿」
「私、今日日直じゃない。だから先生の所まで日誌を取りにと職員室へ行ったんだけど。そのときに先生が、その転校生と両親と一緒に話をしてたの。私が『日直で来ました〜』って言ったら、『そこにあるから持ってけっ!』って。たったそれだけ。でもあれは絶対に転校生に間違いないわよ」
「だから、格好いいのかって聴いてんの!」
「う〜ん、後ろ姿しか観れなかったから。。。でも、そんなに背は高くなかったなぁ…」

とある秋晴れの日の、月曜日の朝の教室。中間テストも終わり、一つの大きな、でもちょっぴり苦しいイベントを終え、誰もがホッとしていた時期。そして、間もなく訪れる学園祭へ向かって、少しずつ気持ちをウキウキ弾ませ始めていた。そんな中学二年生二学期の、なにげない一日のことだった。
 二年五組という小さな表札の出た教室。クラスの女子たちは、とくに刺激もないクラスの中へ新しい風が吹くことを期待していたのか、恵美子の報告をきっかけに、朝からまだ観ぬ転校生のことで、あれこれ勝手な噂話にはしゃいでいる。男子は…と言えば、大した関心もなさそうに、昨日のテレビ番組の話題を話したり、机に座って本を読んでたり、ボーッとグラウンドを眺めていたりと、銘々何時ものような朝の教室を舞台にした日常を見せていた。

ガラガラガラッ…。

 相変わらず立て付けの悪い教室の前扉が開き、担任の湯河原先生が入っていた。先生の後ろには、両手をポケットに突っ込んだ一人の少年が立っていた。そそくさと教壇へ向かう湯河原先生。その少年は、入り口に前立ったまま、ジッと下を向いていた。
「おい、こっちにきなさい!」
 湯河原先生に呼ばれ、その少年は教壇の横まで足を進めていく。その姿を興味津々の視線で眺めていく女生徒たち。もちろん男子だって、新しい顔が現れたことに対し、関心の目を注いでいた。
「みんなに紹介しよう。今日からこのクラスへ入ることになった。冴木智也くんだ。彼は両親の仕事の関係により、東京からつい先週末に越してきたばかりだ。父親はこの郷里出身ということで、小さい頃は何度かこの地へも訪れたことはあるそうだが、彼自身はとくに友達がいるわけでもないそうだ。つまり、君らがこの土地での、彼との最初の友達となるわけだ。これから卒業までの1年半。みんなの仲間になるわけだから、仲良く彼を迎え入れてくれ。おい、自己紹介しなさい」
 それまでジッと下をうつむいていた少年は、湯河原先生の言葉を受け、ようやくその顔をみんなの正面へと向けてきた。
「あれ〜、意外と格好いいんじゃない?」
「なんか都会の人って感じよねぇ」
「そのスマートさがいいんじゃない??」
 女子たちは、さっそくヒソヒソと彼に対する噂話しを始めていく。
「こらこら女子、静かにしろっ。ほらっ、ポケットから手を出して、自己紹介しなさい」
 おもむろにズボンのポケットから手を出した少年は、ポツリとひと言だけ語り始めた。
「冴木智也です。東京は世田谷区から来ました。よろしく…」
 ぶっきらぼうだが、その声には何処か虚勢じみた弱さを携えていた。誰も知らない土地、しかも、これまでの環境とは打って変わっての田舎暮らし。少しでも虚勢を張って、みずからを誇示していくのも、都会で暮らしてきた少年にしてみれば当たり前の行為だった。
「みんな、仲良くやってくれよ。じゃあ席は…」
「先生、ここしか空いてないですよ」
 クラスでも一番腕白な隆之が、声を上げた。
「じゃあ、そこに座ってもらうか」
「座ってもらうかって、先生もいい加減だなぁ」
 そんな軽い会話も飛び出しつつ、智也は隆之の促すままに、クラスの真ん中一番後ろにある席へと歩を進め、ドカッと腰を降ろした。
「俺、隆之って言うんだ、よろしくなっ」
 隣の席に座っていた隆之が、さっそく小声で智也に声をかけてきた。
「よろしくっ」
 ポツンとひと言、智也はそう答え、隆之の顔を観ることもなく、軽く会釈だけ返していた。小さい頃からズッと地元で育ってきた子たちばかりが集まった、一応県庁所在地とはいえ、小さな小さな田舎の学校の生徒たち。彼ら彼女にとってみれば、東京の風を感じさせゆく智也の存在は、好奇の対象以外の何者でもなかった。智也自身もまた、その田舎の人特有な、遠くから動物園の檻の中に居る動物を覗き見るような視線だけを見せてくる視線に、ちょっといたたまれない想いを感じていた。
 何気ない日常という水たまりの中へ、ポツンと落ちた、都会からやってきた少年という小さな好奇の水。その小さな水がゆっくりと波紋のよう、クラスの中へと広がっていた。。。

学園祭のミーティング

 間もなく11月も訪れようとしている。この学校では、毎年クラスごとに出し物を披露する形で学園祭を開催していた。例年各クラスでは、合唱をやったり、代表者何人かがバンドを組んで演奏をしたり、足跡の喫茶店を回開業し、クラスを小さな喫茶店にして訪れる生徒たちを迎えたりしていた。中にはクラス自体をお化け屋敷に仕立てあげてるクラスもあったりなど。どんな個性を発揮するかが、そのクラスごとの団結力や発想力の差異を見せつける判断にもなっていた。
 二年五組でも、さっそく学級委員を中心に、どんな出し物をしようかという会議が、担任の湯河原先生も交えながら、終わりのホームルームの時間を用いながら行われていた。
「二年へ進学と同時に行われたクラス替えにより、今のみんなが揃いました。なので、このメンバーで参加する学園祭は初めてになります。まずは、みなさんからアイデアを募集したいと思います」
 学級委員長の保科敏行が、クラスのみんなへ向かい提案を投げかけてきた。
「委員長、焼きとり屋やりたいです」
「えっ、焼きとり屋ですか?」
「副委員長の仁科沙織さんの家は焼きとり屋さんをやってます。そこから調理器具を借りてくれば、すぐに出来ると思います」
 そう言葉を投げかけたのは、隆之だった。じつは隆之、磯かに副委員長の仁科沙織のことが好きで、機会あらば接近しようと試みていた。
「郷里器具の運搬や仕込みなら、俺や智也が手伝います。焼くのだって任せてください。俺、こう見えて料理得意ですから。なぁ、智也」
「あっ、うっ、うん」
 そんなの知るわけがない。出会ってすぐに僕は隆之と仲良くなり、よく一緒に放課後の時間を過ごすようになっていた。彼は彼で、都会のツッパリというものに憧れを持っているようだ。僕は…と言えば、けっして都会でつっぱっていたわけではないが、誰もが粋がる仕種など普通に体感しているぶん、その仕種や、都会の不良がやっているような遊びを、隆之自身に教え込むことが多かった。。。とはいえ、まだ隆之の家にさえ行ったことがないのに、彼が料理上手なんて知るわけがない。。。
「沙織はどうなんだ、その意見に対して?」
 湯河原先生が、沙織に問いかけてきた。
「えっ、えっと、両親に聴いてみないとわかりませんけど。両親がOKしてくれれば大丈夫だと思います」
 ちょっと戸惑いながら答える沙織。じつは沙織、家が飲み屋をやっていることを何処か恥じているようで、聞かれない限り自分からは絶対にその素性を答えることはなかった。
「仕込みもできるのか?」
 湯河原先生の質問に対し、沙織は…
「大丈夫です。よく私仕込みの手伝いもしてるし、焼きとりの串も刺してるから全然問題はないんですけど」
 戸惑いながらも真正直に答える沙織の姿を煽りたてるよう、隆之が言葉を投げかけてきた。
「それってプロの味じゃん。そんな本格的な味何処のクラスでも出せないんだからさ、絶対に話題になるし、儲かること間違いないって」
「おいおい、儲かるとかそんなことはいいんだよ。とにかくまぁ、一度両親に聴いてみてくれないが、沙織。それでもし大丈夫だったら、このクラスは焼きとり屋でもやるか。まぁ他のクラスにありがちな、焼きそば屋や喫茶店よりは全然見栄えも良さそうだし、オリジナリティもあっていいんじゃないか。みんなはどうなんだ?」
「いいと思いま〜す」
 この手の議題は、やりたいもの勝ち…。そんな風習もあるだけに、クラスのみんなもとくに反論することなく、隆之の”焼きとり屋”という意見を受け止めていた。
「じゃあ、第一候補として、焼きとり屋”でいきたいと思います」
 学級委員長の保科敏行が、そうホームルームを締めくくっていった。横では、相変わらず戸惑いぎみな沙織の顔が浮かんでいた。その困った表情が、どこか男心をキュンとすくぐっていく。きっと女の子は、その困った表情を見せれば見せるほど、男の子たちの興味や好奇心を掻き立てていくものなのかも知れない。隆之など、まさに典型的な例だった。

 隆之の勝手な押しと先生の流れに身を任せた優柔不断な態度により、二年五組の学園祭での出し物は”焼きとり屋”に決まろうとしていた。。。後日,沙織から「両親の許可をいただきました。なので”やきとり屋”をやりたいと思います」という報告があったことも、お知らせしておこう。

通い夫気分

「おい、沙織〜。学園祭のために焼きとり焼く練習したいから、お前ん家行っていいか?」
 学園祭の出し物が決まって以降、やたら隆之が沙織にアプローチを始めていた。まさに隆之にとっては、最高の”愛のきっかけ”を作るためのチャンスだったのだろう。
「でも、隆之くんは料理得意なんでしょ。だったら家で練習しなさいよ」
 さすが飲み屋の娘だけあり、普段は大人しくしている彼女だが、いざと言うときには気丈な態度を見せてくる。
「料理は得意だけどさぁ、やっぱ本物の調理器具で練習したほうが身につくじゃん」
 狙った獲物に関しては、積極的に攻め込んでいく隆之。
「智也も一緒に習いたいって言うからさ、いいだろう。2人で一緒に行くからよ。焼きとりの仕込みも俺らが手伝ってやるよ。そうすりゃ早く終わって練習する時間も出来るだろっ」
「わかったわよ、じゃあ一緒にお店まで付いてきて」
 「そんなこと、俺は言ってないよ」…と言いたいところだったが、そこはグッと胸の内にしまい込み、沙織の言葉を素直に受け止めつつ、僕と隆之は彼女の後ろを金魚の糞のようにくっついて歩きながら、沙織の両親が経営している駅前の焼きとり屋へ向かっていった。
 当時の僕にとって隆之は、引っ越してきて初めて出来た友達であり、クラスの中でも数少ない気心許せる仲間だった。だからこそ、別に焼きとりを焼く練習などしたくなくたって、本当は無理に沙織の両親が経営する焼きとり屋になど行きたくなかったとはいえ、隆之のためにと、いつも横で「うん、そうだよ。僕も焼き方の勉強をして、うちの両親にでも食べさせてやろうかなと思ってさ」などと、思ってもないようなことを口にしながら、隆之のゴキゲンを取っていた。
「智也くんって、最初はなんかとっぽい人だと思ってたけど。意外と友達想いで優しい人なんだね」
 不意に沙織が、投げかけてきた言葉。
「そうなんだよ、こいつはホント友達想いの奴でさぁ」
 横にいる隆之は、その言葉が意味する真意などまったく気づいてないようだ。沙織は、隆之が自分に対して行為を寄せていることを知りながら、その強引なやり方へ抵抗感を覚えながらも、仕方なく相手をしていた。そこが沙織の優しさと言ってしまえば、そうなのかも知れないが。男は意外と、その安易な優しさへガンガンつけ込んでいくもの。そんなこと、もちろん当時の僕らが理解しているわけなどなかった。

 店では、両親が無言で必死に仕込みの準備をしていた。
「ただいま〜」
「おや、今日は制服のままじゃないか。家には戻ってないのか?」
「ねぇお父さん、この間,学園祭で調理器具を借りたいって言ったでしょ。一緒に焼きとりを焼いてくれるクラスの子が焼き方練習したいんだって」
「お〜、そうか。じゃあついでに仕込みも手伝ってもらうか」
 これが、いわゆる頑固親父と言われる部類に属する性格だったら、経験もない、まして中学生の子供からいきなり「焼きとりを焼かせてくれ」と言われたら、「てめぇふざけんじゃねぇ。わしらは何十年この道を極め続けてると思ってるんだ。昨日今日生まれたようなひよっこどもに、うちの焼きとりなど触らせられるか〜い!」と、頭ごなしにどつかれそうだが。そこは可愛い娘の頼み…と言うところだろうか。。。いやいや、その姿を観ている限りは、数本の焼きとりを無駄にする程度なら構わない。それよりついでに仕込みも手伝わせようという魂胆のほうが丸見えと言ったほうが確かだろう。なにせ自分の娘さえ、学校から返ってきたら、宿題をやらせるよりも、お店の手伝いをやらせてしまうくらいの親父だ。それくらい器量が大きいと言うか、アバウトな性格と言うことなのだろう。

 そこには、綺麗に等間隔で切られた鳥の様々な部位が並んでいた。隆之は、わざわざ仕分けしてあったにも関わらず、各皿の上から一個ずつ取り出し、次々と細長い串へ刺していこうとする。
「あっ、ダメよ隆之くんっ!」
「えっ?」
「えっ?じゃないでしょ。焼きとりだっていろんな種類があるんだから、その種類通りに作ってよぉ。そんなハツもシロもタンもカワもネギ喪一緒の焼きとりなんて、誰が食べるのよ?」
「俺だけど…」
 きょと〜んとした顔のまま、さもそれが普通のような顔をして答える隆之。なんて図太い神経と言えば良いのだろうか。いやいや、彼の場合は、天然という言葉のほうが正しいだろう。なにせ、自分がやっていた行為が間違っているなどと、一つも疑問に思わなかったのだから。。。
「これ、なんで皿ごとに分けてるかわかる? その皿ごとに5つずつ鳥を串に刺してくためなの」
 沙織の言葉へ従い、彼女の串を刺してゆく姿を見よう見まねで真似ながら、次々と焼きとりを作り始めた僕と隆之。これが意外にも、大変。やはり焼きとり屋という看板を出してるだけあり、その店の看板メニューなわけである。その仕込む数はハンパじゃなく多い。僕らはせいぜい20〜30分ほどやって、その後は沙織と過ごす時間でも作れれば程度の感覚だったが、そんな甘いものじゃないことを痛感。
結局1時間強は串を刺し続けていたのではなかろうか。普段沙織は、この仕事を一人で黙々とやってることを考えれば、改めて彼女の親孝行な姿勢へ敬意さえ覚えてしまう。でも、それが世の中で言う”仕事”というもの。焼きとり屋を文化祭の出し物程度にしか捉えてない、しかも、好きな子へ近づくためのきっかけ作りの手段でしかない中学生の子供にとってみれば、考え方が甘すぎるのも、今思えば仕方のないこと。
 もちろん僕ら2人は、すぐに飽きてしまい、その日以降、二度と「焼き方の勉強をする」なんてことを口にすることはなかった。
「どうだ、焼きとりを作るのもけっこう面白いだろう」
 沙織の父親が言った言葉へ、僕ら2人は、半分顔を白くしながら「はっ、はい」と応えつつ、親父さんが焼いてくれた焼きとり数本を、小腹の空いたお腹へ入れ、その日僕らは開店前に、その店を出た。僕らの後ろでは、「じゃあ、明日ね」と手を振りながらも、再び黙々と仕込みを手伝う沙織がいた。その姿が、当時の僕らには、やけに大人びて見えていたのも事実だった。。。

学園祭

「隆之くん、しっかり仕込んでよ。作り方はわかってるわよね、一度勉強したんだから」
「おいおい隆之、勉強したってどういうことだよ?」
 一緒に焼きとり屋を手伝ってくれるクラスの仲間たちが、沙織の言葉へ過剰な反応を示していく。恋を恋とも気づかないこの年齢の男の子にとってみれば、誰かと誰かが接近しただけでも、ついはやし立てたくなるもの。
 そんな言葉も意に介することなく、珍しくも隆之は黙々と焼きとりの仕込みを行っていた。もちろん僕も、沙織や隆之と一緒に、無言で手を必死に動かしていく。あのとき以来隆之は、沙織を観る目が変わったようだ。どこか大人の女性へ憧れを抱くような視線のもと、自分も大人になはらなきゃと必死に背伸びをしているようにさえ見えていた。
「へ〜い、らっしゃいらっしゃい! 焼きたての焼きとりはいかがっすかぁ〜」
 沙織の家から借りてきたはっぴを着ながら、隆之は大声張り上げながら、クラスの前を歩いていく生徒たちへ声をかけていく。焼きとり屋自体なかなか目にすることのない中学生にとっては、やはり焼いてる姿は物珍しいのだろう。男女問わず足を止めては、その焼いてる姿を眺めていく。黙々と仕込みをしていく沙織。その横で声を張り上げながら焼きとりを売りさばこうとしていく隆之。傍目から見れば、まるで夫婦のように見えないこともない。きっとこれまでの隆之だったら、その姿自体に酔いしれていたことだろう。でもこの日は、とにかく沙織のためにと、仕込んだ焼きとりを売りさばこうと必死だった。そうやって男として認めてもらってこそ、初めて同じ心の立場で彼女と接していける…そんな風に見えていた。
「おい、勇二。ちょっと食ってけよっ」
 友達を見つけては、強引に焼きとりを売りさばいていく隆之。正直なところ、眺める人は多いが、言うほど数が出ていくことはなかったのも事実。別に不味いわけじゃない。でも当時の中学生にとってみれば、焼きとりよりも、クレープやかんみつ系へ視線が向いてしまうのは、当然と言えば当然のことだろう。そんな孤軍奮闘する我がクラスの姿を見て、何人かの先生方が焼きとりを買っては、「これ、上手いじゃない」「美味しいわね、今度沙織ちゃんのお店へ寄ろうかしら」と声をかけてくれた。普段は先生方に生意気なことを言う隆之も、「だろう、俺の腕と仕込んだ焼きとりの味がいいんだよ」など、嬉しそうに言葉を返していた。
 
 結局この日は、仕込んだうちの6割程度しか売ることが出来なかった。
「どうしよう、残ったやつ」
 ぐったり肩を落としながら、心配気な顔で焼く前の焼きとりの姿をしょんぼりとした眼差しで見つめている隆之。
 そんな姿を見て沙織は、「隆之くんありがとうね。あんな頑張ってくれたから、けっこう売れたじゃない。あとはみんなで焼いて食べよう」と、優しく声をかけていく。
「ねぇ、手伝ってくれたみんなで、焼きとりパーティしよっ」
 沙織の言葉を受け、「よぉ〜し、俺が焼いてやるよ」と、僕が陣頭指揮を取り始めた。「おい、隆之も、もちろん焼くだろ」
「おっ、お〜。もちろんさっ!」
 ちょっと落ち込みぎみだった隆之も気持ちを少し取り戻しながら、焼きとり屋を手伝ってくれた数人のクラスの仲間たちと一緒に、残った焼きとりを次々と焼き始めた。しかも、これまでお客さんに出してた以上にたっぷりとタレを付けながら…。
「なんかこのタレがあると、ご飯欲しくなるな」
「ホントだね」
「でしょでしょ。私なんか、いっつもお店で焼きとりとご飯食べてるんだよ」
「その割には、ちっちゃいよなぁ(笑)」
 そんなたわいもない会話を続けながら、僕らは余った焼きとりを次々と焼いては、ポンポン口の中へほおり込み続けていた。この日は、一人二十数本は食べただろうか、「こんなに一気に焼きとりを食うなんて、一生過ごす中で今日が最高かもな」。そんな言葉をみんなで投げかけながら、僕らの提案した文化祭での出し物。焼きとり屋は、その甘いタレに付けた大人の味のよう、苦んだ想いを胸の中へとしまい込みながら、最後は笑顔で締めくくっていった。

初めての同窓会

 暦の上では、季節は春うを迎えている頃だ。たとえ県内では雪が少ない地と言われながらも、それでも東北の雪深き地域では、3月下旬と言えど、まだまだそこかしこに雪が積もっていた。すでに雪道を踏みしめる感触などないのはわかっているが、それでも濡れた路面を歩きながら、除雪した小さな雪の壁の連なりを眺めるだけで、まだまだ春の訪れなど暦の上のことなんだなという現実感を覚えてしまう。

 僕は今、みんなが集まっている会場を目指し、歩いていた。それは、ホテルの大広間の一室を貸し切って行われていた。高校3年生の僕らが集まるには、よほど贅沢な場だったのは間違いない。これも、そのホテルを取り仕切っている偉い方が、中学時代の同級生の父親だったという、なんても嬉しい理由があってのこと。
 そう、この日は、中学時代の2年間を共に過ごしたクラスメイトたちとの、初めてとなる同窓会だった。 
 あれから3年の時が経過。同じ高校へ進んだ者や近所の遊び仲間はともかく、卒業式を最後に、この3年間一度も連絡はもちろんのこと、同じ小さな町中へ住みながらも、一度として出会うことなどなかった人たちも、意外に多かった。
 ホテルなんて来慣れない自分は、会場へ辿り着くまでにも迷いもたついてしまい、会場前へ着いたときは、すでに開始時間が10分は過ぎていた。
「お待ちしてました」
受け付けに居たのは、きっとこの同窓会の会場を抑えてくれた同級生の父親だろう。わざわざ子供のために、しかも日曜の昼日中から正装で出迎えてくれるとは、なんて気の効いたホテルなんだろう。。。そんなことも、今だから冷静に思い出せるが、当時の僕にすれば、訳わからない大人の世界へ踏み込み、戸惑いながら「会費は2500円になります」と言われ、「はっ、はい」は言葉を詰まらせながら、あわてて財布から会費を取り出し、その前へ大人へ渡すのに精一杯だった。
そんな戸惑いを引きずりながら、僕は着ていたコートをフロントへと預けスピーチの声が聞こえる会場の中へ足を踏み入れた。
中では、僕らの担任だった湯河原先生がスピーチを行っていた。。。

「…卒業と共に、この町を旅立つ人。この町に残り、社会へ出ていく人。いろんな道がみなさんの前には待っています。中には、これが学生として最後のイベントになる人もいるでしょう。せっかくこうやって、3年ぶりに出会えたんだから。これまでの学生生活のことを僕に教えてください。もちろん、みんなでこの短い時間の中、3年間の空白の日々を一気に思い出で詰め尽くしてください」

 とても、熱の籠もったスピーチを行っていく湯河原先生。まぁ、いい加減な性格とはいえ、基本的に熱い気持ちで接してくれる先生だけに、きっと今日も自分のスピーチに酔いしれながら、卒業したかつての教え子たちに語っているのだろう。。。

「お〜、智也。こってこいよ、こっち!」
 声をかけてきたのは、隆之だった。中学時代、あんな一緒に遊んでいた仲なのに、高校進学と共に学校を違ってからは、まったく会うことがなくなっていた。不思議なもので、お互いに連絡を取ろうとすることもなく居たということは、それだけ互いに高校生活へ刺激や楽しさを得ていたからなのだろう。。。僕は、そう解釈している。
「相変わらず、湯河原の野郎はしゃべると長ぇな」
 3年ぶりに出会った隆之は、きっと高校では不良活動でもしていたのだろう、頭をビチッとポマードで固めたリーゼントヘアーをしていた。しかも着ていたのが、スカジャンだ。いわゆる”ロックンローラーに憧れつつも、けっして真似しきれない田舎のツッパリ兄ちゃん”そのものの姿だ。
「智也、スーツなんか着てお洒落だなぁ」
 僕は、当時流行っていたIVYファッションで身を固めていた。と言っても、頭はまだまだ七三ヘアーがそろそろ伸び始めたような状態。まさに、一見無理に背伸びをした大人のような格好だ。
「智也その格好って、お前サラリーマンにでもなるのか?」
「いや、まだ就職はしないよ。一応大学へ進学するんだ」
「へぇ〜、お前全然勉強できなかったじゃんかよ。よく大学入れたな」
「まぁ、うちの高校って大学の付属校じゃない。推薦試験で、おかげで勉強など大してしてない俺でも、なんとかレールの上にのっかることが出来たってわけ」
「へぇ〜。でもすげぇなぁ。大学生かよ〜。ってことは、4月からは東京へ出ていくんだ」
「まぁな。隆之はどうするの?」
「俺? 俺は、一応地元で働くことにした。じつは先輩が土建屋で働いてるってんで、俺も誘われたってわけよ。まぁ俺なんか、ほとんど学校も行かずにつっぱってたからさ。なんとか卒業だけは出来たけど、就職なんてとんでもない。学校の担任だって、まったく終極の世話などしてくれなかったし。まぁ俺も、本当は働くたくなどないんだけど。一応親の手前もあるし。何よりもつっぱり時代の先輩がわざわざ声かけてくれたんだからさ、やっぱその想いには応えなきゃな…と思ってよ」
 
沙織との再会

 見渡した会場には、懐かしい顔ぶれがたくさん居並んでいた。当時の面影どころか、中学時代とほとんど変わってない奴もいれば。あんなに背が小さかったのに、やたら身長の伸びている奴もいる。女性だって、同じこと。「えっ、こんな可愛い子いたっけ?」と思うほど、女に磨きをかけた女性もいれば、スケバン風の子や、早くも化粧の濃くなり始めた子、スタイルがグラマーになっている子など、あきらかに中学時代よりも大人びた女性たちが目に飛び込んできた。
「やっぱ、女の子のほうが発育いいよなぁ」
「智也、お前何処見てんだよ。エッチだなぁ」
「そういう意味じゃなくって、みんな男子以上に大人へ成長してるってことだよ」
「それよりさ、沙織観たか?」
「いや、見てないけど」
「そら、あそこにいるだろう」
 隆之が指した指の先には、相変わらず背は小っちゃいが、見違えるよう大人な表情をした沙織がいた。
「噂じゃ沙織、夏前頃には結婚するらしいぜ」
「えっ、相手は誰なの?」
「よくわかんないけど、お店で働いてた奴らしい。沙織の親父さんもお気に入りで、そのまま店を継がせようとしてるんだってさ」
「へぇ〜。なんかうちらとは住んでる世界が違うって感じだよなぁ」
 
 もちろん、僕だって恋愛の経験はあった。でも、まだまだ手を繋いだり、キスを交わすことにさえドキドキ頬を明らめてるようウブな男である。結婚なんて言葉は、とても遠い夢の世界だったのも事実。
「ちょっとさ、挨拶にいこうぜ、沙織んところによっ」
 隆之は、湯河原先生の挨拶が終わり、フリーの時間が訪れた隙を見計らい、僕のスーツの袖を無理やり引っ張りながら、沙織のほうへと歩きだした。

「沙織〜、久しぶり」
「あれ〜、隆之くんじゃない。相変わらずツッパリやってんの?」
「いや〜、俺もそろそろ卒業だよ。一応働き始めたらバッサリとリーゼントは落とそうと思ってるんだ」
「へ〜、何やるの?」
「沙織も知ってるだろ、幸雄先輩。先輩の働いてる土建屋でお世話になるってわけ」
「へぇ〜。じゃあうちのお得意さんになってくれるんだ」
「かもな。先輩はよく飲みに来てるの?」
「幸雄さんよりも、もっと上の人がよく飲みには来てくれてる。その付き合いで、たま〜に幸雄さんもお店には顔を出してるけど」

 2人の会話から察するに、彼らは中学を卒業してからも、顔を合わせる機会を持ってたということだろう。中学時代から隆之は沙織を狙っていたが、沙織の結婚が決まったということは、その恋にも終止符が打たれたということだろう。それ以前に、2人が付き合ってのかさえ、僕は知らないわけだが。。。

「2人は、何度か交流は持ってたの?」
 僕は、さりげなく会話に混じっていった。
「あら〜智也くん、お洒落になったわねぇ。って言うか、もともと都会の子だったから、やっぱ垢抜けるね。隆之とは雲泥の差だねっ」
「おいおい、言ってくれるなぁ。これでも俺、モテるんだぜ」
「香奈ちゃんとは上手くやってるの?」
「もちろん。俺も香奈子との結婚考えようかなぁ」
「それは働いてから決めたほうがいいよっ。まぁ隆之は、こう見えて意外と男気に熱いから大丈夫かも知れないけど。香奈ちゃんって、すっごい心配性じゃない。しっかり働いて大人の男になってからそういうことは決めたほうがいいよ」
「やっぱ沙織は違うな、なんかちょっと観ない間に、すっかり大人の女になっちまったよな。やっぱ結婚も決まると違うねぇ」
「まぁね。だけどこれで私も、本格的にお店の店員になっちゃうんだよねぇ。昔からわかっていたことだけど、なんか自由という束縛がなくなるようでちょっぴり悲しいんだ」
 
 後で聴いたところ、中学卒業後も隆之は、何度か沙織を誘い出しては遊びに行ってたらしい。とはいえ、もともと隆之に気のない沙織だけに、いつもデートは複数で。けっして2人っきりになることはなかったという。じつはそんな関係から、沙織の友達である香奈子という女性が隆之との関係を深め、何時しか付き合うようになったという。
 もともと沙織は焼きとり屋の手伝いをしていたよう、当時から大人たちとの付き合いもあり、好まざるとも夜遅くまで町中で過ごすこともあり、そんな彼女と、よく行動を共にしていたのが、沙織と同じ高校にいたつっぱり系の女の子の香奈子や、その仲間たち数人だったというわけだ。
 同じよう、高校でつっぱりまくっていた隆之と、沙織を経由で知り合った香奈子が結びついていったのも、なんとなく察しはつく。僕のよう、映画を一緒に観にいき、横に座りながら手を繋ごうかどうしようかドキドキしていたような初な恋愛とは、まったく違う。彼らはとても”大人”という言葉が似合う、僕にとってみれば背伸びをした、青春映画のような恋愛をしていた。正直な話、僕は大人な恋愛の道を歩んでいる2人の姿に、どこ。か気後れしていたのも確かだった。

「なぁ沙織、智也が上京しちゃうらしいんだ。まぁ俺らも高校の卒業式も終わり、4月から働くことになるわけじゃない。せっかく残り少ない学生気分を味わえる時期だしさ、みんなでドライブでも行こうぜ」
 その提案をしてきたのは、隆之だった。
「私,もうお店毎日入ってるからねぇ。日曜日か、お店が込み始める19時頃までに帰ってくれるんであれば、構わないけど」
 その言葉を聴いた隆之は、たたみかけるように言ってきた。
「じゃあさ、店が終わった段階で出発しようよ。俺も沙織も時間なら余裕があるし。一応車だって中古だけど、俺が持ってるからさ。そのまま海にでも行こうぜ」
「私は、いいよ。智也くんは?」
 そんな2人のノリに、「いやだ」なんて言えるわけもなく、僕も「かまわないよ」と多少気後れしながら言葉を返した。
「じゃあ決まりだな。明後日でも構わない? 平日のほうが空いてていいしさ」
 僕だって、連れていけるのなら彼女くらい一緒に誘いたかったが、そんなことを一つも聴くことなく、隆之にとっては沙織との本当の心の決別をするための…。沙織にとってみれば、学生という気分を味わう最後の瞬間を確かめる儀式として、まだまだ風の詰めたい冬の終わりのこの時期に、みんなで海を観に行くことが決定した。
「じゃあ、深夜0時でいいだろ。店の前に車で行くからよ。智也も、その時間に店の前に集合な」
 
お店にて。。。

 同窓会で隆之や沙織と3年ぶりに再会。ひょんなことから冬の日本海を観にいくことになった僕。沙織の実家でもあり、彼女が働いている焼きとり屋が閉まる深夜0時に待ち合わせということもあり、僕は多少早めに家を出た。。。が、思いのほか早く着いてしまい、僕は23時30分過ぎから、ジャンパーの両ポケットに手を突っ込みながら、肩を小さく丸めつつ、店の前で震えるよう立っていた。
「ごっつぉさ〜ん」
ガラガラッと店の扉が開き、酔っぱらったサラリーマン3人が、外へは出てきた。
「ありがとねぇ、また来てよ」
 そう声をかけていたのは、カウンターでテキパキとお客さんたちを相手にしている沙織の母親だった。沙織は、そんな母親の後ろで、飲み食べ終わったお客さんたちの食器を片づけている。
 その扉が開いた瞬間、僕の姿が見えたようで、再びガラガラガラッとお店の扉が開くと共に、沙織が声をかけてきた。
「智也くん、寒いでしょ。まだ時間あるから中へ入りなよ」
 僕は、沙織へ導かれるがままお店へ中へ入っていった。
「お母さん、同じ中学時代のクラスメイトの智也くん。4月から大学生なんだって」
「へぇ〜、頭いいのねぇ。外は寒いでしょ。なんかあったかいものを出してあげるね」
 そう言いながら沙織の母親は、カウンターの奥で元々と料理をしつらえていた父親のもとへ行き、鍋汁へ幾つか具材を入れ、即席で味噌汁風の鍋物を作り、僕の前へと持ってきてくれた。沙織の母親の行動を迷惑そうな目で見ながらも、何も言うことなく黙々と手を動かしていた沙織の父親。久しぶりにその表情を観たが、ちょっと頭がごま塩風になっていたとはいえ、相変わらず寡黙そうな父親の姿が、そこにはあった。
 そんな父親の横で、てきぱきと動いてる若者。。。きっと彼が、沙織の旦那になる男なのだろう。。。

「はい、あったまるわよ、これ」
 僕は差し出された一人前の鍋へ箸を差しながら、温かい汁をズズズッと啜り込んだ。
「美味しい?」
 そう聴いてきたのは、沙織の母親だった。
「あっ、すっごい美味しいです。うちじゃ絶対に味わえない味です」
「ほんと、良かった」
 まるで少女のような笑みを浮かべながら、沙織の母親は僕へ微笑みをなげかけてくれた。沙織は…と言うと、厨房の炊事場へと入り、お客さんたちが使った食器を無心で洗っている。その姿は、同じ年齢とはけっして思えないほど、大人としての輝きを放っていた。

パララパララパララッ!!

 けたたましいクラクションの音が店の前で鳴り響いた。
「あっ、隆之の車着いたみたい」
 すぐに反応を返したのは沙織だった。彼女は、洗い物もそこそこに、すぐにエプロンを外し、外へ様子を観に飛び出そうとしていた。
「おい、まだ洗い物残ってるだろっ」
 そう言ったのは、未来の旦那だった。
「いいじゃない、3月いっぱいまでは私学生なんだから。まだこのお店へ嫁いだわけじゃないんだから、自由にさせてよ」
「ンなこと関係ないだろ、仕事は仕事なんだよ」
 結婚が決まっていながらも、たとえ恋愛関係に発展しない相手たちとの遊びと言えど、一晩遊びに出かけるというのは、男にとってはモヤモヤとした気分になるのも、束縛したくなるのもわからなくはない。そんなこともお構いなしに、店を飛び出していった沙織。遺された僕は、この気まずい空気を肌で感じながら、、、手元にあった鍋の汁をズズズッと啜るくらいしか空気を誤魔化す手段はなかった。。。

明け方のバックシート

 店の前には、車高の低い4ドアのスカイラインが停まっていた。運転席には隆之が。その隣のシートには、髪の毛を茶色に染め、縦ロール風に髪の毛をくるくると巻いた女の子が座っていた。見るからにヤンキーの彼女という風体の子こそ、噂の香奈子だった。
「後ろ乗れよ、早く」
 外の寒さに震えながら、僕らは急いで車へ乗り込んだ。もちろん、後部シートに座っているのは、僕と沙織だ。これが恋人関係ならまだしも、あくまでも中学時代の同級生という関係だ。まして彼女には、婚約者がいる。確かに傍目にも沙織は美人だけに、横に座っているだけで、僕の心がドキドキッと高鳴っていたのは事実。だからと言って、ここから何が発展するわけでもない。まして隆之や彼女と違い、僕はつい先日3年ぶりに沙織にあったような関係だ。話しを弾ませようにも何を話して良いのかもわからず、隆之を中心に3人があれこれだべってゆく会話へ耳を傾け、ときどき相槌を入れるよう言葉を差し挟みながら、海の見える町までの約2時間半の道中、僕はなんとなくモヤモヤッとした時間を過ごし始めていた。

 最初はなんとなく会話に加わっていた僕だが、何時しか睡魔に襲われていたようで、僕は車中でシートへもたれながら、ついウトウトと首を傾げながら眠っていた。
 フッと目を覚ましたときには、横に座りはしゃいでいた沙織も、小さな寝息をたてていた。同じく前のシートに座っている香奈子も無言でいるところを観ると、寝ているようだ。フッと頭をもたげた僕の姿をバックミラーで確認したのか、隆之が声をかけてきた。
「海まであと十数キロ。間もなく着くからよ。予報では、日の出は朝6時頃らしいんだ。このままだと4時前には着くって感じかな」
「ってことは、それまでの時間どうするの?」
「どうするのって、俺も少しは寝かせてよ(笑)」
 小声で話しかけつつも、薄く隆之は笑い声をあげてきた。確かに一人孤独のドライブだ。ましてこの寒空の中、真っ暗な海へ飛び出したところで、ただ身体を震えさせて終わりなのは目に見えている。僕も、一瞬目が覚めたとはいえ、まだまだ眠りの中へ身を横たえたい気分。僕は隆之の言葉を聴いたうえで、再び「ごめん、もうちょっとだけ目つぶらせて」は言いながら、再び眠りの中へ落ちていった。その際に聞こえた「俺も寝たいよ」という言葉へ、返答さえすることなく。。。


 再び眼を覚ましたときには、外は徐々にだが白み始めていた。僕の眼前には、隆之が倒したシートがもたれかかっていた。ちょっと身動きを取ろうにも取りにくい体制だ。僕はリラックスした体制へ身体を動かそうと、身を動かしていく。でも、前の倒れたシートが邪魔をして、なかなか身体を伸ばすような体制にまでもっていくのは難しい。そんなことをしてくうち、隣で寝ていた沙織が目を覚ました。
 彼女はちょっと眠そうな声で、僕に「おはよう」と声をかけてきた。僕はと言えば、ただただ無言で彼女の表情を見つめていた。と、いきなり沙織が僕の左手を、みずからの両手で引き寄せてきた。急に体制を崩し、彼女の膝上辺りに身を崩していった僕。見上げた前には、沙織の顔が映っていた。急に高鳴り始めた鼓動。そんな僕のドキドキっとした気持ちなどお構いなしに、沙織は引き寄せた僕の左手をみずからの頬に当てながら、「あったかいね」…。小さな声で、そうつぶやいた。時間にすれば、せいぜい1分弱というところだろうか、でも僕にとっては、その瞬間が、とても長く果てしない時間にと感じられた。よくドラマで言われるようなセリフの意味を、僕はその瞬間の中で噛みしめていた。そんな気分だった。
 
 今にして思えば、あのときの沙織は、とても心へ不安を抱えていた時期だった。みずからも望んだ結婚の道とはいえ、すでに将来の道が敷かれたレールのよう決まっていたこと。にも関わらず、廻りにいる友達は、これから始まる新しい人生へいろんな夢を求めていた。焼きとり屋の一人娘であり、みずからが旦那を実家へ招き入れ、両親から店を継がねばならないことは重々わかっていたこと。それを中学生の頃から…もしかしたら、小学生の頃から逃れられぬ運命として受け入れてきた沙織にとってみれば、少しでも同じ世代の仲間たちと、同じような目線で定まらぬ未来という幻を見てみたかった気持ちも、確かに必要だったのだろう。だから彼女は、隆之の誘いに喜んで応じながら、ほんの一瞬でも、敷かれたレールの上から逸脱して見たかった。。。そんなわずかな時間を、そのとき沙織は送っていた。。。

 瞼を閉じながら、沙織は僕の手を頬に当てたままジッとしている。僕は僕で、きょとんとした表情を浮かべながら、ただただ沈黙の空気の中へ、身を横たえていた。ただただ聞こえてくるのは、車のヒーターから吹き出されゆくコーッコーッとした風の音のみ。やがて沙織は、僕の顔へみずからの顔を重ねるよう降ろしてきた。。。
 もしやキスを???
 と思った自分が愚かだった。そのまま沙織は身体を倒しながら、僕の左手を握りしめたまま、僕の胸をベッド変わりに横たえ、そのまま背もたれ側へ顔を向けながら、瞼を閉じ、再び寝入り始めた。。。
 僕はと言えば、、、沙織の手の感触と、僕の胸の上へ触れた、彼女の胸のふくらむの感触を服の上から感じながら、ただただドキドキと胸を高鳴らせ続けていた。
 それまでの眠気などすっか遠のき、僕はただただ戸惑いを覚えながら、僕の身体の上へ横たわる沙織の姿にいたたまれない緊張を覚えていた。。。ただ一つ心配だったのが、やたら早くなる鼓動の音が、彼女の身体へ響いていかないか…ということ。そんなことを考えれば考えるほど、僕の鼓動は早鐘のよう高鳴っていくのだったが。。。

目覚め

 ピピピピピッッ!!

 前の席から、電子音が鳴り響き出した。
「ふうわぁ〜っ!」
 大きな声を上げながら、両腕を伸ばしつつ席の上で身体を伸ばし始めたのは、隆之だった。彼は身体をグッと伸ばすや、鳴り響く腕時計のベルを止めた。
 そのベルの音につられ、隆之の隣に座り、寝ていた香奈子も「おはよう」と目を覚まし。同じよう、僕の胸の上へ倒れていた沙織も、起き上がり身体を伸ばし始めていた。。。
 僕は…と言えば、じつはすっかり目が覚めてはいたが、同じよう今起きたような素振りを見せようと、大きくあくびをしながら「ふう〜っ」とため息をついた。

「おっ、ようやく外も明るくなってきたな。ちょっと海辺まで行こうよ」
 後部座席から外を観るや、そこは海岸沿いに建っていた飲食店の駐車場だった。その飲食店と道路を隔てた先には、まばゆく輝く白波と、けっして広くはない砂浜が広がっていた。。。
 僕らは、それぞれ車の扉を開け、外へ足を踏み出した。
「さみぃ〜!!」
「これ、寒すぎだよ〜」
「うっせい、走るぞ、海まで」
「まじぃ〜!」
 身を切るような冷たくも、でもどこか身をしゃきっと引き締めてくれる朝のすがすがしい風と、ほの温かさを覚え始めた太陽の光を受けながら、僕ら4人は海へ向かって走り出した。早朝6時の道路は、まだ1台の車も走ることなく、ただただガラ〜ンとした蛇のような身を、遠くまで横たえていた。僕らはそんな道路の背中を乗り越え、砂浜へと降り立ち、そのまま波しぶき寄せる海際まで駆けだした。

「つめた〜い!」
 打ち寄せる波に手を触れたとたん、叫んだのは香奈子だった。
僕ら4人以外誰もいない海。まるで、突然人が消え去った無人の町のような雰囲気を感じながら、僕ら4人は、何をするわけでもなく、寄せては返す波とたわむれていた。。。

 相変わらず隆之と香奈子は、波打ち際で、楽しそうにはしゃいでいる。いたずら好きな男の子のよう、冷たい水を香奈子へかけようとしていく隆之。「いや〜」と逃げながらも、お返しとばかりに、隆之へしめった砂つぶを投げてゆく香奈子。まるで映画やドラマのような1シーン? でも、誰もいない海辺でたわむれているだけで、僕らは十分青春映画の主人公たちになっていた。そんな姿へ、朝の海は、僕らを彩ってくれる。

 2人の姿を長めながら、僕は砂浜に座っていた。何時しか隣には、沙織がいた。
「智也くん、心臓の音早かったね」
「えっ?」
 その言葉へ、一瞬にして目眩を覚えた。そう、沙織は寝ていたと思っていたのは自分だけで、じつは僕の鼓動の音を感じていたのだ。いや、もしかしたら、その心臓の音があまりにもうるさくて、寝れなかったのかも知れない。
「でも、その初な優しさって、好きだな。なんか智也くんらしくって…」
 僕は、何と答えを返していいのかわからなかった。。。恥ずかしさと、突然の大人な発言に、僕はただただ戸惑うばかりだった。。。

上京…

 大好きな浜田省吾の影響と言ってしまえば、それまでだろう。僕はミッドナイトブルートレインに乗り、夜中に田舎を旅立ち、朝日を見ながら上京することを決めていた。と言っても、現実にはただの夜行列車で、しかも寝台ではなく、普通の三等車両に載っての旅立ちではあったのだが。。。
 一緒に海へ行った日に、隆之や香奈子、沙織には、旅立ちの日を伝えていた。それをわざわざ覚えていてくれたようで、駅では隆之と香奈子が待っていた。僕は両親と隆之、香奈子に見送られるがまま、2人にもらったお土産を手に、改札へ向かっていた。
 フッと隆之が、側へ寄り、ポケットから一つお守りを取り出した。
「沙織からだってさ。本当に見送りに行こうと思ったんだけど、仕事を抜け出せないからって、俺に連絡が来てさ。『これ渡してくれ』って」
 あの日,以来沙織とは会ってない。そんな彼女の心使いが、僕は嬉しかった。また早鐘のよう胸の鼓動が高鳴り始めたが、さすが隆之にはばれないようにしていた。。。

 隆之と香奈子は、駅のロビーで別れの挨拶を交わした。
「帰ってきたら、連絡くらいよこせよ」
「わかった」
 隆之とは、そんな短い会話で。香奈子とは、ちょっとセンチな気分に浸りながらも見せてくれる笑顔へ、僕も無理やり笑顔を返しながら、今度何時会うかもわからない親友と、しばしの別れ劇を演じていった。。。
 親友…それまで意識することがなかったが、やはり隆之とは親友だったのだろう。そんな気持ちを、その別れ際に僕は感じていた。
 
 スーッと深夜のホームへ滑り込んできた、ちょっと古ぼけた長い列車。両親は改札の中まで見送りにきた。正直センチな気分はなかった。それよりも、新しく始まる生活に、僕自身の心と浮足だっていた。ちょっと涙ぐむ両親の姿を見て、自分もキュンとなる…なんてドラマのような場面は、正直そのときの自分には皆無だった。まぁ、今まで大きく見えていた両親の、旅立つ直前、身体を丸めながら切なそうな表情を浮かべている姿を見たときは、「えっ、こんなに小さかったんだっけ?!」と初めて想い、少しは哀愁に気持ちが襲われていたのも事実だが。それよりも18歳の少年には、中学時代の始めまで過ごしてたとはといえ、東京という未知なる舞台で新しい道を刻めることに、やたら輝いて見える希望という光に、胸ときめかせていたのも確かだ。

プシュー。ドアが締まり、僕は三等車両に乗り込んだ。寂しそうな表情を浮かべる両親。次第に、ゆっくりと走り始めた寝台列車。やがて見慣れた町を早い速度で走り始めるや、見慣れた光景が夜の闇の中からどんどん黒く塗りつぶされてゆくにつれ、僕自身も急にセンチメンタルな気分に陥り始めていた。。。

「次に、この光景を目にするのは何時かな?」

 そんなことを想いながら、見慣れた光景が消え去るたびに、その風景へ過去の思い出を重ねあわせながら、切ない想いに身を震わせ始めた自分がいた。。。
 何時しか風景が少しだけ滲み始めたような…それさえも僕は気のせい、幻と想いながら、やがて町の光が一切消え、闇夜に包まれた風景と、鏡に映った自分の顔を眺めながら、一人旅立ちゆく哀愁に包まれていた。

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