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意味不明小説(ショートショート)コミュの花火大会の夜

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 アルバイトを終え、近くのスーパーへと向かった。
 この時期の肉体労働は、しこたま汗をかく。
 渇ききった喉と体に、ビールを一缶染み渡らせるのが、仕事終わりの楽しみになっていたからだ。
 スーパーの入り口で、職場の同僚とすれ違った。軽い会釈を交わしたのだが、相手が妙な含み笑いを浮かべているのが気になった。
 「ズボンのチャックでも開いていたのか?」
 股間を見つめながら、店内に入った。
 顔をあげ、思わずギョッとなった。
 それはチャックにあれを挟んだからではなく、店内の喧騒ぶりのためだった。
 夕飯前の買い物時だから、いつも賑わってはいるのだが、今日のそれは尋常ではない。
 店内は正しく人で埋め尽くされており、巨大な満員電車のようである。顔見知りの店員は、「最後尾」と書かれたプラカードを掲げ、嬉しそうな悲鳴をあげていた。そして買い物客の大半が、浴衣や甚平を身にまとっていた。
 「ああ、今日は花火大会か」
 そう覚って、踵を返した。
 入り口で、別の同僚とすれ違った。もしかしたら、私の顔には妙な含み笑いが浮かんでいたかもしれない。

 仕方がないので、駅前のコンビニに寄ることにした。
 コンビニの様相も、平素のそれではなかった。
 駐車場では、「花火大会」の幟があげられ、缶ビールやフランクフルトが売られ、ご丁寧にスーパーボールすくいまであった。
 そこに並んだ買い物客はもちろん、レジ打ちの店員までもが浴衣姿であった。
 そこまで賑わっていれば、「ちょっと寄り道して覗いてみようか」と、普通なら思いそうなものだが、真っ直ぐに駅へと向かった。
 ここでのアルバイトは三年ほどになるのだが、毎年決まってそうしている。
 単に疲れているのと、取り立てて花火に興味がないのと、帰りの混雑を危ぶむのと、そんな理由からだった。
 缶ビールを片手に、駅に近づくと、人の流れが激しくなっていった。
 逆流に逆らうように進んだが、地下鉄の入り口からは、湧水のように人の波が押し寄せてきていた。
 着いた頃には、納まりかけていた汗がどっと噴き出しているわ、ビールは温くなっているわで、仕事終わりの楽しみはすっかり台無しになっていた。
 「よくこれだけの人が集まるものだな」
 背後から、私の心情を察したかのような会話が聞こえてきた。
 どうやら、同じく仕事終わりのサラリーマン二人連れらしい。
 「他にこれといった催しがないからね」
 「こんなに混んでいたら、花火どころじゃないでしょう?」
 「だから、会社の窓から眺めてみようかなとも思うけど、二十年間ただの一度もない」
 「どうして?」
 「だって、帰りが怖いじゃない」
 「言えてる」
 「例え帰れなくとも、好都合なんでしょ」
 「ああ、口実ができるから」
 「どちらにせよ、この年齢になると縁遠い世界だよ。帰ってテレビ見ながら呑んだ方がマシ」
 仰る通り。
 下り電車とは打って変わって、空いた席がチラホラある上り電車に乗った。
 すし詰めの構内を眺めていると、どちらが電車の中か分からなくなるような錯覚に陥りながら、電車がホームを後にすると、やっと日常に戻ったような気がした。

 最寄りの駅に着くと、思わずギョッとなった。
 それは商店街の入り口に、「花火大会」の幟を見止めたからだった。
 小規模ながら、地元の町内でも花火大会が催されるらしい。
 駅向こうの公園へと向かう、浴衣姿の人の群れ。
 その群れに向かって、小走りに家を目指した。特に用もないのに。
 部屋に着いて、電気をつけ、エアコンのスイッチを入れた。
 それから、カーテンを閉めた。
 シャワーを浴びて、風呂上りにビールを飲んでいると、カーテンの向こうから花火の音が聞こえてきた。
 三本目のビールを飲み切らないうちに、テレビを消して、早々に寝床についた。
 明日もあるし、疲れて腰が痛かったので、とにかく眠りたかった。
 後から後から聞こえてくる、花火の音とそれにどよめく人々の声。
 布団を頭から被り、暑苦しさにふうふうと言いながらも、目を瞑り続けた。
 けれども、ちっとも眠たくなかった。
 仕事終わりのささやかな楽しみと、健やかな安眠を妨げる花火大会。
 それを楽しむ浴衣姿の人々までもが、私の日常を脅かしているように思えてきた。
 悶々としながらも、布団の中で、はっと気が付いた。
 普段なら、本当に眠たくなった時は、大音量で映画を見ていても、とっくに眠っているはずだ。
 「もしかしたら、みんなのことが羨ましいんじゃないか?」
 布団から手を出して、残っていた缶ビールを掴んだ。
 また一つ、カーテンの向こうで花火が上がった。

 次の朝、きちんと閉めたはずのカーテンから、一すじの光が差し込んできていた。


(終)

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