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意味不明小説(ショートショート)コミュの無題年代記

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 小さい頃に両親と生き別れ、野良犬同然に生活していた。
 誰に教わった訳でもないが、いつしか他人の懐から財布を盗む方法を身につけていた。時にはそれがばれて、こっぴどく袋叩きにあう事もあったが、生きていくために手段を選んでいる余裕なんてなかった。
 俺の右腕は、力強い腕によって捻り上げられた格好のままだった。けれども、盗んだ財布は手放さなかった。
 そんな俺に向かって、あの人はこう言った。
「坊主、お前の望みはなんだ?」
「誰にも縛られること無く、自由に生きていく。ただ、それだけが望みさ」
「そうか・・・」
 そう言うと、あの人は俺の右腕を放し、立ち去り際に一本の針金を投げて寄越した。
「それ一本でどんな鍵でも開けられる様に練習しておけ。運がよければ、お前の望みが叶う日が来るだろう」
 
 *    *    *
 
 この世界に住む人々は、十五歳を過ぎた頃より、自分の崇めるべき神の祝福を受ける事が可能だった。祝福を受けた後、人々は神々と契約を取り交わし、その後は決して他の神を信奉せず、自らの神の意思に従って一生を過ごす事となるのだった。正義と慈悲の神ファルス、大地と豊穣の女神マーラ、戦いの神メイル、知識の神ラルウ・・・。数多く存在する神の名は、その個人の資質に深く影響を及ぼした。男性ならばファルス、女性であればマーラと契約を交わす事が最上と考えられており、それらの神々と契約を結ぶことが出来た者には、類まれなる能力が授かる事が約束されていた。それだけに、その二人の神と契約を結ぶことは至難の業だった。
 本来、神々の持つ力については、優劣と呼べるものは存在しない。人々の資質がそれぞれ異なる分野において発揮されるのと同じく、神々の支配する領域はお互いに干渉する事なく、それぞれの独自性を保っているからだ。それはファルスとマーラも例外ではなかった。例外があるとすれば、セルバスとジュゼの二人の神だけだった。
 全ての神々の頂点に君臨する最高神セルバス。その弟で盗賊の神ジュゼ。他の神々を凌ぐ圧倒的な力を持ち、あまつさえそれらの神々を使役する事すら可能と言われていた。しかし、最高神セルバスと契約を結べた者は、これまでの歴史上では唯一人だけと伝えられていた。それこそがこの世界の始祖であり、大いなる指導者サルマンだった。
 一方の盗賊の神ジュゼについては、古よりの伝承によると、この世の終わりに現れ、世界を無に帰す役目を担うと伝えられていた。それ故、セルバスと劣らぬ力を誇りながらも、人々から忌み嫌われる存在として敬遠される存在でもあった。もちろん、ジュゼと契約を結べた者は、これまでに一人も現れていなかった。
 現在、この世界は大地と豊穣の女神マーラを主神とする西の大国ベルードと、正義と慈悲の神ファルスを主神とする東の大国サルマンの二つの大国によって治められていた。マーラとファルスについては本来同格であり、優劣をつけるべき類のものではないが、互いの国の民は自国の神がより優れていると主張し、無益な諍いを繰り返していた。
 初めは燻ぶり続けていたその火種は、やがて大きな炎となって燃え上がった。二つの大国によって引き起こされた戦争は、次第に周辺諸国を巻き込む争いとなる。各国が自らの利益を考え、それぞれの思惑の元にどちらかへと与し始めたのだ。中立を保っていた国も中にはいたが、いずれ歴史からその姿を消すこととなった。両国の国境に接していた中立国アルクサがまさにその好例だった。そして、この戦争において甚大なる被害を被った国の一つとして、血塗られた名を歴史に刻む事となった。
 戦略上重要な軍事拠点となるアルクサ。その地を奪われる事は、咽喉元に短刀を突きつけられるのに等しかった。逆に言えば、その地を押さえる事こそが、自らの優位性を確保する為の近道でもあったのだ。
 アルクサでの戦闘は熾烈を極めた。この国の住人の半数は、サルマンの騎士団の振るう刃の前に散っていった。運よくその手を逃れた者も、ベルードの魔導師の手によって破壊された建物の下敷きとなり命を落とす事となる。数え切れない程の死傷者が生まれ、屍は山と積まれた。そして、そこから流れ落ちる血が大地を染め、人々の悲しみと叫びと苦痛が尽き果てようとしたその時、ようやく戦争は終わりを告げたのだった。後には何も残されていなかった。そこに残っていたのは破壊が齎した痕跡だけだった。
 
 
「ハァハァハァ・・・、ここまで来ればもう追いかけてこないだろう」
 ジュリアンは崩れた建物の影に身を寄せると、一息ついた。追っ手が近づいてくる足音は最早なかったが、日が暮れるまではこのまましばらくアルクサに身を潜めているつもりだった。いや、正しくはアルクサだった場所と言うべきか。
 ジュリアンの手には、見知らぬ男から掏り取った金属製の箱があった。鏡の様に磨き上げられた真っ黒な表面は、一見すると何も装飾が施されていないかの様に見えたが、暮れ行く太陽の光に翳すと、様々な色合いの紋様が浮かび上がってくるのが見て取れた。しかも、箱には厳重に鍵が掛けてあり、軽く振ってみると何かカタカタと音が聞こえるのが分かった。
 生まれつき手先が器用だったジュリアンにとって、盗賊は天職ともいえた。勿論、初めから全てが上手くいっていた訳ではないが、今では自分一人が生きていけるくらいの稼ぎをあげられる程の技術と経験を身に付けていた。
 ジュリアンは早速、鍵穴に針金を差込むと、箱を開ける作業に入った。鍵開けの技術は時間を見つけては練習していたもので、今ではどんな鍵でも開けられるだけの自信があった。
 しかし、予想に反して鍵は素直に開いてくれなかった。確かな手応えはあるのだが、あと一息というところで何かが引っかかって開かないのだった。あの手この手と様々な方法を駆使してみるのだが、一向に鍵が開く気配はなかった。それでもジュリアンは心を静め、慎重な手付きで鍵を開ける作業に没頭し続けた。
 盗賊の資質には、粘り強い忍耐力と集中力、如何なる事態においても動じない冷静な判断力が不可欠である。綿密な下準備と地味な作業なくしては大いなる成功など望めず、危機に陥った時ほど冷静さを失ってはならない。それらの事を、ジュリアンは身をもって学んでいた。苛立って鍵を乱暴に扱い壊してしまっては取り返しがつかない。ましてや、箱を破壊して中身だけを取り出すというのは、自らの規範に反する事だった。
 気付けばすっかり日も落ち、夜の帳が降り始める時刻となっていた。手元を照らすのは僅かに差し込む月明かりだけだった。それでもなお、自らの感覚を頼りにして金属製の箱と格闘していた。
 満月が夜空に高く輝き始める頃、ようやく“カチリ”という微かな音と共に、金属製の箱は開かれたのだった。
 箱の中には、石炭の様に真っ黒な鉄製の鍵が一本だけ収められていた。
「ほぉ、その若さで試しの箱を開けられるとはな!坊主、なかなかやるじゃないか」
 いつの間にか、ジュリアンの背後に一人の男の姿があった。鼠色のローブを身に纏い、無精ひげを生やしたその男は、濃い眉の下から覗く目を光らせてジュリアンの方を見ていた。鍵を開けるのに熱中していたとはいえ、話しかけられるまで男の存在にまったく気付かずにいたのだ。
 近寄る気配はおろか、足音一つ立てずに突如として現れた男に対し、ジュリアンは咄嗟に距離を取ると、次の動作に備えて身構えた。彼の中の本能が激しく警告を鳴らしていた。この男はただの旅人じゃない、と。
「しかしまあ、出てきたのが黒の鍵とは、まったく皮肉なもんだ」
 そう言う男の手には、ジュリアンが先ほどまで手にしていたはずの箱と鍵があった。自分が盗んだ物を目の前で、しかも気付かぬうちに取り返されていたのだ。これはジュリアンにとって、この上もない屈辱だった。
「俺に箱を開けさせておいて、お宝だけ頂戴するのか。卑怯だぞ!」
 男はニヤリと笑うと、箱の蓋を閉じた。そして、何やら考え込むような格好で、顎の下に手を添えながらこう言った。
「卑怯!?卑怯ねぇ。よく考えてみろ、“盗まれる方が悪い”そうは思わないか?まあ、そんな怖い顔で睨むなよ。こんな箱、欲しけりゃ呉れてやってもいい。何なら一緒に、鍵も返してやる」
 そう言って男は、ジュリアンに向けて箱と鍵を差し出した。男の眼には、自分よりも目下の者に対して人が見せる、相手を侮蔑した様な表情が浮かんでいた。
「・・・・あんたの言うとおりだ。盗まれたのは俺の不注意だ。それはもうあんたの物だ。俺の物じゃない」
 ジュリアンはそれだけ言うと、男に背を向けてその場を立ち去ろうとした。
「いい心がけだ。盗賊っていうのは目先の利益に惑わされないもんだ。それに、この二つは・・・まあ何だ、お前を試すための試験の道具みたいなものだからな、他の人間にとっては何の価値もない代物だ。まあ、早い話がただのガラクタだ」
「俺にとっては価値がある、そう言いたいのか?」
 その質問には答えず、ジュリアンの目の前で男は無造作に鍵を放り上げ始めた。それはまるで、自分から鍵を奪い返せるものならやってみろ、そう言っている様だった。ジュリアンの脳裏に先ほど男が口にした言葉が甦った。盗まれる方が悪い。
 しかし、結果は惨憺なものだった。何度やっても、男から鍵を奪い返す事が出来ないのだ。ジュリアンが失敗するたびに、男は嬉しそうな表情を浮かべていたが、やがて笑いを堪え切れなくなったのか、大爆笑を始めた。
「そんなに俺が失敗するのが可笑しいのか」
悔しさのあまり詰め寄るジュリアンに対し、男はひらりと身をかわすとこう言った。
「いや何、お前があまりにも必死だったからな、つい。ところで坊主、お前年は幾つだ?」
「今年で十五だ」
「そうか。もう神の祝福は受けたのか?」
「まだだ」
「・・・いいだろう。やはりお前には、その資質がある様だ」
 男は急に真面目な表情になると、口の中で何やら唱え始めた。地面が揺れる音がした後、二人のすぐ側の空間に突如として扉が現れたのだった。男は先ほどまで乱暴に扱っていた黒い鍵で扉を開けると、ジュリアンに向かってこう言った。
「坊主、ついて来い。お前が従うべき神に今から会わせてやる」
「一体誰に合わせてくれるんだ」
「それは会ってからのお楽しみだ。まあ、お前には勿体無い神を紹介してやるから期待しておけ」

 *    *    *

 あの人はこう言った。
「坊主、お前の望みはなんだ?」
「誰にも縛られること無く、自由に生きていく。ただ、それだけが望みさ」
「そうか・・・良いだろう」

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