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意味不明小説(ショートショート)コミュの仏生山

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 秋になって何となく死にたくなったので、ちょうどいい枝振りの木を探して歩いていると、いつの間にか仏生山まで歩いてきてしまった。坂道を降りて左手を見ると、切り立った斜面に墓石がずらっと並んでいて、死ぬにはちょうどよいように思われた。山の端に太陽が沈んでいくかわたれ時。葉の落ちたサクラの枝からカラスがため池に向かって飛んで行った。

 背の低い木ばかりが並んでいる散策路は鋪装されておらず、赤土がところどころえぐれていた。イチョウやケヤキが並んでいるが、枝が細く、人ひとりの体重を支えるにはどれも心もとない。地面に映る夕日に伸びた木々の影が足下に絡み付いてくる。手の中のロープがずしりと重くなったような気がして、思わず早足に歩き出した。

 三ヶ月振りに恋人に会いに行くとあっさり男を作っていた。元を正せば自分の浮気心から生まれた恋だったのだ。上手くいくはずがなかった。因果である。彼女の笑顔には憎しみと嫌悪の棘が入り交じっていた。

「二度と近付かないでください。それが懸命だ」

 数日後、そう結ばれた手紙を受け取った。それ以来アルコールの量が減らない。酒毒で頭をやられているのか、素面の時でも宙にサカナが泳いで見えたりする。むろん仕事も手に付かない。空が落ちてくればよいのに。

 小さな川にかかった橋を越えると突き当たりが池になっていた。緑色をした池の周りに数人の太公望がぼんやりと竿を垂らしているのが見えた。みな一様に帽子を目深に被っていて表情が見えなかった。池のほとりを歩いていると、横ににゅっと枝を伸ばした松の木が植わっていた。程よい木だと思い縄を括ろうと進んで行くと、松の根元に黄色い帽子を被った男の子が二人座っていた。

 辺りには他にころ合いの良い木が見当たらない。少年たちが早く何処かへ行かないかと思いながら、木陰から二人の様子を伺う。少年らはナップサックからリコーダーと教科書を取り出してぴーぴーと吹き出した。片方の男の子はきれいに音階を奏でている。しかし、背が高い方の男の子はいつまで立っても息が漏れてしまい音が鳴らずに困っていた。どうやら親指が上手く穴を塞げていないようだった。ふいーふいーという音を鳴らしては、背の高い彼は困ったように隣を見ている。隣の彼は教科書をにらみながら下手なりにメロディを奏でられるようになってきた。松の木の天辺が風でぐらぐら揺れている。日が傾いて街灯に灯りが灯った。暗がりの中で少年たちは懸命にリコーダーをくわえていた。光の加減で少年たちが黒ずんで見える。

「俺が見ているから、ちゃんと吹いてみろよ」

 そう言われて背の高い方の影が笛をくわえて息を吹いた。楽器の中に強く吹き込まれた息は相変わらず親指の方から漏れてしまい音にならない。しょんぼりとうなだれる影。それを見てもう一つの影がしきりに手まねをして音のならし方を教える。しかし、何度やっても音は鳴らない。

「もっと親指の力を抜いて柔らかく押さえるんだよ」

 友人にアドバイスを受けながら何度も何度も笛をくわえる光景に、どこか見覚えがあるような気がした。

 すっかり辺りは夜に包まれてしまった。ついに背の高い影は鳴らないリコーダーを地面に叩き付けて泣き出してしまった。

「無理なんだよ、僕には絶対無理なんだよ。才能がないんだ」

「明日のテストどうするんだ、諦めるのか」

「熱の予定で休む」

「リコーダーで諦めるなんてだせーよ」

 そういって少さい方の影は地面に転がった笛を拾って泣いている子に手渡した。

「俺が指を支えてやるから、もう一度」

 二つの影が重なって、何度か息が漏れる音が聞こえた。薄紅色をした月が東の空にぼんやりと見えた。すると鋭いレの音が夜空に響き渡った。少年らは嬉しそうに笑いあっているように見えた。しばらく笑い声が続いた後、急に夜の静けさがやってきた。風が頭の上で捲いている。街灯が消えて二人の影も地面に溶けたように見えなくなってしまっていた。

「リコーダーで諦めるなんてだせーよ」少年の声が聞えた気がして振り返る。池にいた釣り人たちはおらず、スズムシが遠慮がちに鳴いていた。

 ようやく念願の松の木の下に辿り着いた。しかし、ロープをかけるべき枝が見つからなかった。胴回りほどある立派な枝はあるのだが、何のためにロープをかけるのか既に忘れてしまっていたので、枝を見つけることができなかった。地面を見ると少年が忘れて行った教科書が落ちていた。『聖者の行進』教科書の内容は自分が使っていたものとそれほど変わっていなかった。

 手に持ったロープをかける枝はもうない。何となく飛びたくなったので、暗い公園の中でひとりひたすら二重飛びをし始めた。重く太いロープではなかなか二重飛びできない。しかし二重飛び程度で諦めるのは癪だと思って何度も何度も飛んでいた。気が付くと月が南中していた。丸く大きな月だった。兎のように跳ねてみた。結局二重飛びはできなかった。しかし、楽しい気分で床に付いた。


 翌朝は筋肉痛だった。おまけに下肢にはひどいみみず張れができていた。生きることはなんと難く、痛みの伴うものだろう。窓から日が射して机に置かれた擦れたロープを照らした。だが馬鹿馬鹿しいほど楽しい。窓の外で燕が南を目指して飛んでいた。腹が減った。秋である。
 

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