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Antique LaceコミュのBuckinghamshire Lace

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久々のトピですが、第33回トピはバッキンガムシャー・レース(Buckinghamshire Lace)について書いてみます。

バッキンガムシャー・レースは別名バックス・ポイントBucks Point やミッドランド・レースMidland Laceとも呼ばれ、16世紀から20世紀中頃までの長い期間製作され続けたボビン・レースで、常に上質のレースを産した訳ではないのですが一般に“Queen of English Laces”英国レースの女王と呼ばれています。バッキンガムシャーはイングランドのミッドランド地方でよく知られた3つのレース産地(他はベッドフォードシャーBedfordshireとノーサンプトンシャーNorthhamptonshire)のひとつで、その生産ではニューポート・パグネル(Newport Pagnel)とオールニー(Olney)の2つの町が有名でした。

バッキンガムシャーは連続糸技法のボビン・レースで、基本組織は52-62゜の網目で、初期にはトーション・グラウンドやフォン・シャン、ポワン・ドゥーブルなどのグラウンドを使用し(シャンティー・レースに酷似)、17世紀から18世紀にかけてはメヘレンやリールの高品質なレースに影響を受けてメヘレンなどのグラウンドも取り入れられました。1780年以降はとても質の高い撚糸を使用し、その編目はポイント・グラウンドと呼ばれるようになりました。またモチーフは光沢のある太糸により縁取られ(これもシャンテイー・レースに酷似)、19世紀に入り1812年以降は機械製の模造レースとの差別化を図る為に縁取りにピコットが取り入れられました。

バッキンガムシャーのモチーフは幾何学柄や抽象柄による構成が一般的ですが、中には植物文様を用いたものもあり、17世紀から18世紀にかけては小さな小花柄が流行し、1830年から40年代にかけてはグラウンドの網目に対してモチーフが大きな面積を占めるようになり、スカラップ型の縁取りがデザインに取り入れられます。1860年から64年頃にかけてレース工房経営者のサージェント氏(Mr.Sargent)によってフランスから図案が購入され、ウェディング・ベル、ドングリ、蜂の巣などのモチーフを使用した美しいレースが作られました。またこの時代のチューリップやカーネーションをモチーフにしたレースは非常に稀少性が高いと言われています。

一般的にバッキンガムシャーのレースは白色が基本ですが、黒色のレースも1790年頃から作られ始め、1851年頃の黒色マルチーズ・レースの到来と共に流行に乗って多く作られるようになります。また19世紀を代表するベビー・レース(Baby Lace)として、幅が僅か0.6cmほどの極細幅のレースがベビー・キャップやベビー・ボンネットを装飾する為に大量に生産されました。1820年代にはOlneyのレース・メーカーであったジョン・ミルワード(John Millward)が繊細で優美なシルエットのベビー・ボンネット、キャップを製作し、彼の多くのレースにおいて赤ん坊の生まれ年の年号はレース自体のモチーフと巧みにコーディネートされデザインに取り入れて評判となり、1820年から28年頃にかけて彼の名声は高まり、そのレースは1860年代までアメリカへ輸出され続けました。ミルワードを最も有名にしたのは1837年にヴィクトリア女王の戴冠式の際、彼がバラとアザミ、シロツメクサをモチーフにデザインしたレースを女王の為に製作したことによります。

19世紀に入り機械による安価なレースが市場に登場してからも、バッキンガムシャーでは手工レースの伝統が守られ続け、19世紀末にはメダイヨンと呼ばれる円形、四角形、楕円形のモチーフがブラウスやショールを飾る為に大量に作られました。また1897年にはNorth Bucks Lace Associationが地域の女性達の古くから伝わるレース作りの保存に対する情熱により設立され、ロンドンに伝統技法を伝える為の学校とレース販売の為のショールームも作られました。1906年にはハリー・アームストロング(Harry Armstrong)により600人の職人を擁するBucks Cottage Workers Agencyを創設、多くのコンクールで金賞を受賞し、ここで製作されたレースは遠く南アフリカ、アメリカ、カナダに輸出されました。しかしこれほどに振るったバッキンガムシャーのレース産業も1943年アームストロングの死によりこの施設も閉鎖され、徐々に衰退していったのでした。

画像は18世紀後期のバッキンガムシャーのラペット、とその拡大。フォン・サンプルとフォン・シャンを複合した網地に太いとで縁取られたモチーフによる典型的なバッキンガムシャーの構成。

コメント(2)

私はニューポート・パグネルとオルニーの中間地点くらいの所に6年ほど住んでいました。
その間、バックスやベッドフォードシャーを習いました。
オルニーの古い館でオルニーの婦人会の方達がボビンレースの集まりを催していらしたので、そこに参加しておりました。

でも、こんなふうにきちんと歴史を知らずに作っておりましたので、今回このトピを読ませて頂いて、バックスの歴史がよくわかりました。
ありがとうございました。
>のぶたんさん

現地にお住まいで習われたのですね、現在でも技法が連綿と伝えられているという事は本当に素晴らしい事だと思います。イギリスは今でもレースに対する思いが強い国のひとつだと思います。

このコミュのトピの場では其々のレースの概略しか書く事が出来ませんが、それでものぶたんさんのように何かのお役に立てればこのコミュを管理している身にとって幸いな事です。

今後共宜しくお願い致します。

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