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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第五十五回 作品 JONY作 「じゃがいも」

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ステーキとじゃがいもはたしかに旨かった。しかし、旨い肉やいもを食うことに何の意味もあるはずがない。たかが一個人のどうでもいい趣味で、つまらぬ時間をつぶしてしまったにすぎない。読まなければならない本も放り出して、わざわざタクシーで運河の交差する東京の東の端まできて、メシを食うという無為な時間を過ごしてしまっていることが自分でも情けなかった。
「ねえ、あなたみたいの、ポリアモリーっていうのでしょ?」
一緒に連れてきた若い女(仮にA子としておこう)に気の利いた言葉をかけるでもなく、ただ、黙々とシャルドネのグラスを回していると、いきなり聞かれた。いまさらのようにA子の顔をまじまじと見れば、この娘はたしかに美しかった。だが、俺には無駄な美しさだった。どのみち、俺はだれとも、もはや人生を賭けた恋愛をする気概が無い。ならば、地味な女がむしろ俺にはふさわしいのに、なぜか、そういう女は俺のような男には近づいて来なかった。
「ポリアモリーっていうのは、嘘をつかない誠実な人間のことを言うんだよ。俺はたんなる嘘つきだ」
「だって、K(俺の名前)は一人の相手じゃ満足できないって言ってたじゃない」
俺はA子の手を取って緑色に美しく塗られたネイルの表面を撫でながら言った。
「見栄なのかもな」
「絶倫だって」
「ははは」
確かに見栄なのかもしれなかった。今の女で満足することなく色々な女に惹かれる見果てぬ夢を追うラ・マンチャの男のロマンを気取ったのかもしれない。あるいは、今の女が耐えられなくて、どこかに安らぎを与えてくれる逃避先があるかもしれないと探し求めているのかも知れぬ。A子との付き合いも、俺が既婚者であるのは別として、長い付き合いの彼女(B子)がいることを前提としている距離感があるから成立していると言えなくもない。
そのとき、カウンターの中の親父さんが、良く焼けたエビをだしながら、
「実は、今月限りで、この鉄板焼き『じゃがいも』も畳むんです」
と突然告げた。
「え?なんでまた」
「道路が拡幅で立ち退きになるんで」
俺が初めてこの店の入口を入ったのは、B子とだった。俺たちはまだ付き合っていなかった。かれこれ10年も前のことになる。そのときのことを思い出せば、俺には、女房以外の別の交際相手の女(C子)がいた。B子はC子の同僚だった。俺はC子という女がいながらB子にも手を出してしまったのだった。この店で、俺はB子に対して「会うときは1対1だ。会っている間は、君のことだけしか頭にない」というような、今から思えば、反吐のでるようなセリフを吐いた。それに対してB子は、「あなたがC子さんのような素敵な人が付き合う相手だから好きになったの。C子さんをずっと大切にして」と言い放ち、その言葉がきっかけで、俺は、B子に惹かれたのだった。
「親父さんの鉄板焼きが食えなくなるのは、寂しいですね」
俺は、冷えたリースリングをひっかけながら、ひとりごちる。店の中を見回せばあちらこちらに油の染みのある古い木造の小さな店で、10年前も、やはり今のような古い汚い店だったようにしか思い出せない。
「10年なんてあっという間だな。A子、おまえ、10年後はいくつだ」
A子は、急に何をいうの、K酔っ払ったでしょ、とか言いながらも答えた。
「10年後は、38歳だよ」
「ばばあだな」
「ばばあだよ」
「それまでには、結婚しろよ」
「え、何言っているの。私、もう結婚してるよ」
俺は驚いて、A子を見つめた。酒の酔いも急に醒めたようだった。
「いつ?」
「籍入れたのは、一昨日かな」
「じゃあ、男と同棲していたのか」
「うん」
「聞いていないぞ」
「言ってないもん」
A子とは、3日前にも六本木のオイスターバーに行った帰りにラブホテルに寄った。その翌日に入籍をした勘定になる。
俺は、並んで座っているA子の膝に手を置いて言った。
「そうか。おまえも人妻か。今夜は、結婚祝いだ。飲むぞ」
親父さんにも、グラスを持ってもらい、3人で、シャンパンで乾杯した。親父さんの出してくれた薄くスライスしたじゃがいものガーリック炒めをつまみながら、俺は隣のA子の腰に手を回し引き寄せた。
カウンターの向こうでうっすらと額に汗を浮かべた親父さんに向かって
「旨いです。今夜は最高の気分です。店を再開したら絶対に教えてくださいね。この子と必ず行きますから」
と言いながら10年以上見知っている相手なのに初めて名刺を差し出す。親父さんは
「店の再開、いつになるかわからないよ」
と言いながら、俺の名刺を頭の上に軽く掲げてから受け取った。俺は親父さんに笑顔を向けた。
「何年後でも、大丈夫です。俺たち、何年後でも続いていますから」
そう言いながら、俺は、10年前も、今も、そしておそらくこの先も、こんなことだけして生きていくのだろうなと思った。 (終わり)

コメント(2)

A子の結婚を聞いて、喜びながら膝に手を置き腰を引き寄せるKの心情が気になりました。
A子、B子、C子の人格がハッキリしてきたので、Kという人物がとても興味深いです。

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