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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第133回文芸部『一途』(自由課題)

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予報では雨だった。
 上映会が終わって、最後の客を送り出したのが夜の十一時過ぎだった。ドアを開けた瞬間に、外の空気のほうが店の中より重たいことがわかった。風がまるでない。アスファルトが昼のあいだに吸い込んだものを、まだ半分も吐き出していない。空は低く、雲の底が街の明かりを吸って濁っている。降るなら降ればいい。そう思いながらドアを閉めた。八月の終わりの、うんざりするような夜だった。
 高円寺の、駅から少し離れた雑居ビルの二階に、私は店を持っている。持っている、というのは正確ではない。二十五のときに知り合いから紹介されて、雇われ店長として任された店だ。もとはショットバーだった。前のオーナーが飲食から手を引くというので、居抜きのままカウンターだけ残して、私が映画バーに変えた。壁の一面に白いスクリーンを張って、月に一度、好きな作品をかけて客と喋る。『8mm』という名前も私がつけた。
 映画は好きだったが、撮ることは大学を出るころに諦めた。撮れないわけではなかったが、人と組むのが致命的に下手だった。撮影現場で何度か揉めて、そのたびに自分のほうが正しいと思って、実際たぶん正しかったのだけれど、正しいだけでは映画はつくれない。今は映画についての文章を書いて、いくらかの金をもらっている。夜はカウンターの内側に立つ。この配分に、私はいちおう満足している。
 その夜かけた映画は、人の記憶がどれだけあてにならないかというストーリーだった。同じ出来事を、同じ場所にいた人間が、それぞれまったく違うふうに覚えている。終わったあと、常連の何人かが熱心に喋り、何人かは話の展開がわからないと常連を質問攻めにしていた。私は三時間近く相槌を打ち続けて、正直なところ、今夜はもう誰の話も聞きたくなかった。
 グラスを拭きながら、カウンターの内側に伏せてあったスマートフォンを裏返した。母から着信が入っていた。ついさっき、イベントの終了時間ちょうどだ。
 急ぎではないだろう、と思った。母が急ぎの用で電話をかけてきたら、イベントだろうと何だろうとかまわない。たぶん今夜も、どうでもいい話だ。誰かが困っているのを見て放っておけずに口を出したとか、店員の態度がなっていないから言ってやったとか、その手のことだろう。母は昔からそうだった。街を歩いていて誰かが困っていれば、必ず立ち止まる。電車でお年寄りや子供が立っていたら必ず席を譲る。ヒーローみたいなことをして、それを娘に報告する。そんな人だった。
 母は去年まで、この街でバーをやっていた。私の店から歩いて十分もかからない、雑居ビルの地下のショットバーだ。四十を過ぎてから働きはじめて、途中でオーナーから店を引き継いで、ママとしてカウンターに立っていた。父が仕事を退くのに合わせて、去年、店をたたんだ。今は悠々自適の生活を送っている。
 だから一年ほど、私たちは同じ街で、それぞれの店に立っていた。母の客が流れてきたことも、その逆もあった。今は週に何度か電話で喋る。私は仕事の愚痴を言い、母は父や近所の愚痴を言う。ときどき母はふらりとうちに来て、カウンターの端に座り、酒には手をつけずに、私の様子をそれとなくうかがって帰っていく。だいたいそんな関係だ。
 折り返すのはあとでいい。私はスマートフォンをまた伏せた。
 そのとき、ドアのチャイムが鳴った。
 Bさんだった。長身で、痩せていて、白髪の交じった髪をきちんと分けている。ここ数週間、週に二度ほど来るようになった中年の男だ。
「もう閉店なんです」
 私は手を止めずに言った。閉店時間はドアにも書いてある。上映会があることも、終わる時間も、店の前に貼り出してあった。
「すみません、一杯だけ」
 言葉と裏腹にBはもう、いちばん端の椅子を引いていた。
 腹は立ったが、私はそれ以上言わなかった。Bはそう酒癖の悪い人ではなく、真面目だったし、夜の店と勘違いして私の手を握るようなふるまいはしない。一杯だけなら。それを真に受けたのが後の祭りだった。


          *


「Lさん。実は僕、探している人がいるんです」
ウイスキーを二口飲んで、Bは唐突に口火を切った。
「初恋の人なんです。もう三十四年になります」
 Bは照れずに言う。
 三十四年。私が生まれる前の話だ。
「今は五十を過ぎているはずです。三つ上でしたから」
 三つ上。私は数えた。母は五十三だ。ちょうどあう。
「北海道の、旭川の近くの生まれで」
 私はグラスを拭き続けていた。
「名前は——」
 口にした名前を聞いて、私は手が止まった。そして止まったことに気づかれないように、また動かした。布巾が同じところを二度撫でた。
 Bが口にしたのは、母の名前だった。それも結婚前の旧姓。
「小柄な人でね。僕より背が低かった。目が大きくて、ここに」
 Bは自分の右の目尻を指でさした。
「泣きぼくろがあるんです」
私の手は再び止まっていた。母にもほくろが、同じ位置にある。
奇妙な偶然は、冷や汗となって背筋を伝った。


          *


「センセイはそのとき大学生でした」
とBは言った。どうやら母とおぼしき女性は、Bにセンセイと呼ばれているらしい。
Bの話をまとめると、こうなる。
Bは北海道の旭川の出身だった。母とおぼしき女性は、高校一年のとき、家庭教師に来ていた大学生で、旭川の大学に通っていた。奨学金などで大学に入ったが、事情があって一年の冬に東京の大学に転入することになったという。
 そこで、はじめて息ができた。
 大学。
 母は高卒だ。施設で育って、進学どころではなかったと聞いている。上京したときは金がなくて、ずいぶん苦労したという話も何度も聞かされた。大学生の家庭教師など、母の人生のどこを探しても出てこない。
 別人だ。
 私は自分でも情けなくなるくらい深く安堵した。全身から力が抜けて、指先が急に自分のものになった。名前が同じで、生まれた土地が同じで、背格好が同じで、泣きぼくろがある女の人。そんなものは世の中にいくらでもいる。世界には五十代の女が何百万人といて、そのうちの何割かは北海道の生まれで、そのうちの何割かは目尻にほくろがある。確率の話だ。確率の話にしておきたかった。
 あとから思えば、この数十秒がいちばん深いところに残った。人はたぶん、ほっとした場所から壊れていく。

          *


「よくその人のことがわかりましたね」
 自分から訊いてしまったのは、安心していたからだ。
「春に、高円寺の店に異動になったんです。うちの会社の、スーパーの」
 私はうなずいた。駅の南のほうにある、大きな店だ。私も何度か行ったことがある。
「歓迎会があって。僕、酔うとどうしてもこの話をしてしまうんですよ。妻にも、友達にも、会社の人間にも、行く先々でしてしまう。それで、レジのパートさんが——六十くらいの方なんですけど、うちの常連さんに似た人がいるって言い出して」
 常連客。つまり、買い物に来ていた客ということだ。
「その方、一度その人に助けられたことがあるそうなんです。しつこく言い寄ってくるお客さんがいて、困っていたら、その女の人がはっきり言ったらしくて。この人はあなたに迷惑している、それはセクハラですよ、って。それで追い返してくれたって」
 Bは、自分のことのように誇らしげだった。
「センセイらしいなと思いました。曲がったことが我慢できない人なんです。正義感が強くて」
 私は、カウンターの内側に伏せてあるスマートフォンのことを考えた。
 まるで母だ、と思った。駅前でキャッチに声をかけられたら、若い男を捕まえて説教するだろう。電車で誰かが絡まれていたら、間に入るだろう。そのあとで娘に電話をかけて、聞いてよ、と言うだろう。二十年近く、そういうことをしてきた人だ。
 偶然だ、と思おうとした。正義感の強い五十代の女なんて、いくらでもいる。
「あと、これは他の人には言わないでほしいんですけど」
 Bさんは声を少しだけ落とした。
「センセイ、施設で育った人なんです。身寄りがなくて。誰にも言っていなかったのに、僕にだけ打ち明けてくれたんですよ」
 思わず鳥肌が立った。
 名前。生まれた土地。背の高さ。泣きぼくろ。年齢。正義感。施設。
偶然にしては、いくら何でもできすぎている。
 そして引っ掛かるのは、その並びの中に、私の知らないものがひとつ混じっていることだ。
 母は大学に行っていた。行っていて、それを途中で捨てている。
 私は母について、知っていることをいくつも持っていた。持っていると思っていた。施設で育って、いじめられて、つらかった。学校は高校まで。東京に出てきたときは金がなくて苦労した。若いころ飲食店で働いていて、そこで父と出会った。それが母だと思っていた。
 

          *


「これ、見てください」
 Bが財布から出したのは、四つに畳まれた紙だった。開くとき、指がひどく慎重になった。折り目のところが裂けかけていて、紙全体が薄く飴色になっている。センセイが別れ際にBに渡したメモだという。三十四年持ち歩いた紙というのはこうなるのか、と私は思った。
 住所が書いてあった。東京の、番地まで。それから、一行。
 ——その“とき”が来たら、会いましょう。
 私は絶句した。
 冷蔵庫に貼ってあったメモ。給食袋に縫いつけられた名札。私が二十七年のあいだに何百回、何千回と見てきた、右上がりで、はねの短い、少しせっかちな字。
 その字が、そこにあった。
 三十四年前の紙の上に、母の手が動いた跡があった。私が生まれる前、旭川の近くのどこかで、十九の母がこの紙を折って、目の前の男に渡していた。私はそれを時空を超えて、カウンター越しに見せられている。
 息を吸ったつもりだったが、吸えていなかった。指先が痺れて、耳の奥で自分の血の音がした。カウンターの天板が急に遠くなって、それから戻ってきた。
 もう、どこにも逃げ場がなかった。世界に何百万人いようと、目尻にほくろのある人が何人いようと、この字を書く人はひとりしかいない。
「会おうって、書いてくれてるでしょう」
 Bさんはいとおしそうに紙を撫でた。
「別れ際、センセイ言ってくれました。わたしもつらいけど、かならず会おうって。あなたと好きな気持ちは変わらないって」
 なぜか猛烈に否定したい衝動に駆られた。確かめようがない、とも思う。本当に言われたのかもしれないし、Bが勝手に思い込んでいるのかもしれない。
「センセイとは純愛でした」
 Bさんは少し背筋を伸ばした。
「笑っちゃいますけど、僕たち、キスもしてないんです。会うのは勉強の時間だけでした。外で会ったことは一度もない。だから純粋だったんです。ほんとに、今の子には笑われるかもしれないけどね」
 私は笑わなかった。
 十六の男の子と、数か月、同じ部屋で机を挟んでいた十九の女。一度も外に出ず、一度も距離を詰めなかった。それを純粋さと呼ぶこともできる。でも、と私は思った。
 線を引き続けた、と呼ぶこともできる。
 どちらなのかは、私にはわからない。わからないのに、私の頭は勝手に後者を選ぼうとしていた。


          *


 私は何も言えなかった。何か言わなければならないのに、口の中に唾がなかった。
「僕、一度結婚したんですよ」
 言葉を失っている私に、Bは気づいていなかった。
「四十のときです。センセイを諦めようと思ったんです。三十を過ぎたころから親がうるさくて、見合いだの婚活だのを散々やらされて。それで、その人に会って。似ていたんです、雰囲気が。ああ、この人ならって思って、必死で口説きました」
 似ていたから、口説いた。
「三つ上の人でした」
 三つ上。まるで図ったかのようにセンセイと同じ年齢の人だ。いや、この男は図ったのだ。
「でも、外側が似ているだけだったんです」
「外側」と、私は聞いた。
「中身が全然違うんですよ。コーヒーに砂糖を入れるんです。センセイは入れなかった。音楽も、僕の好きなものは一度も聴いてくれなかった。人のことを悪く言うんですよ、平気で。あの人はそういうことをしない人だったのに」
 Bは指を折りながら喋っていた。
「だから僕、教えたんです。こういうふうにしてほしいって。おかしいですか。夫婦なんだから、言い合うのは当たり前でしょう。休みの日はこうやって過ごそうとか、この本を読んでほしいとか、そういうことです。喧嘩したときにああいう言い方をするのはやめてほしいとか」
 私は氷をひとつ、無意味にグラスに落とした。
「三年くらい頑張ったんですけどね。だめでした。ある日、帰ったらいなくなっていて。手紙が置いてあって、私はあなたの言う人にはなれません、って。それだけ」
「……」と、先ほどとは別の意味で私は言葉を失う。
「彼女は僕のことを最後までわかってくれなかったんです」
 Bは、心底わからない、という顔をしていた。この人は今、自分が捨てられた話をしているつもりでいる。妻が三年かけて何を削られていったのか、そこに一度も想像が届いていない。届いていないことにも気づいていない。
「でも、そのおかげでわかったんです。代わりじゃだめなんだって。似ている人じゃだめなんです。センセイじゃないと」
 Bのまっすぐな言葉は、私をぞっとさせた。
 嫌悪ではなかった。もっと物理的な、背中の産毛が立つような感じだった。
 母はふらりとうちに来ることがある。カウンターの端に座る。この人が今座っている、その二つ隣あたりに。買い物にも行く。駅の南の、大きなスーパーに。
 二人が鉢合わせしてしまうのは、決してありえない話ではない。


          *


「Lさん、本当に心当たりないですか」
 Bさんは身を乗り出した。
「どんな些細なことでもかまいません。何か知りませんか。北海道の人で、目尻にほくろがあって。五十くらいで、小柄で。駅で見かけたとか、この店じゃなくても、他の店で聞いたとか」
「Bさん」
 この人は、私が思い出すまで帰らない。今夜も、明日も、来週も。この街を歩き続けて、いつか誰かが繋いでしまう。この街には母を知っている人間がいくらでもいる。私に街は止められない。
 止められるのは、目の前のこの人だけだった。
「——その人なら」
 自分の声が、遠くから聞こえた。
「知ってます」
 Bさんの目が開いた。椅子から腰が浮きかけて、カウンターに手をついた。
「本当ですか」
「たぶん、その人です。でも」
 私は布巾を置いた。置いた手が自分のものではないみたいだった。
「亡くなったと聞きました」
 Bさんの顔から、血の気が引いていくのが見えた。
「え」
「去年です。病気だったと」
「……嘘でしょう」
「うちは二年前まで、ショットバーだったんです」
 言葉が勝手に出てきた。まるで事前に考えていたかのように。
「私が引き継いで、映画バーに変えました。前のオーナーから、常連さんの話をずいぶん聞いていて。その中に、北海道の人がいたんです。小柄で、目尻にほくろのある人。よく笑う人だったって」
 Bさんは何も言わなかった。
「酔って暴れる客がいると、その人が止めたそうです。怒鳴るんじゃなくて、名前を呼んで、水を持っていって、外まで一緒に出ていく。それで気がついたら片がついている。そういうのが上手い人だったって。みんなに好かれていたって、オーナーは言っていました」
 私は、母の話をしていた。
 母が客をどうさばいたか。喧嘩をどう止めたか。母がどれだけ人に好かれていたか。名前を外して、店を差し替えて、私はそれを死んだ人の話として差し出していた。自分の持っているものを、他人のものとして貸し出していた。
「そのオーナーはもう飲食を辞めて、海外に行ってしまったので、それ以上のことは私も知りません。名前も、どこに住んでいたのかも。病気だったとしか」
「お墓は」
「聞いていません」
 Bは、私が言ったことをそのまま受け取っているようだった。この人には、私を疑うという発想がなかった。うちがいつからこの店になったのか、私がいつからここに立っているのか、そんなことを確かめようという考えも浮かんでいない。


          *


 しばらく、Bは黙っていた。氷が沈んで、小さな音がした。
「知らなかった」
 やっと出てきた声は掠れていた。
「僕は、何も知らないで生きてきたのか。あの人が病気だったのも、亡くなったのも」
 私は黙っていた。
「もっと早く探していれば。異動がもう一年早ければ。会えていたかもしれないのに」
 顔を上げて、Bは言った。
「死ぬ前に会えていたら、僕が助けてあげられたのに」
 そのとき、私の中で何かに火がついた。
 助ける。この人は、自分をあの人を助けられる側の人間だと思っている。三十四年間ずっと、助けを待っている人としてあの人を覚えていたのだ。かわいそうな、身寄りのない、守ってやらなければならない女として。
 私の知っている人は、そんなものを一度も必要としなかった。十九で土地を捨てて東京に出て、身寄りもなく、三十年以上この街で生きた。家庭を持ち、店を任され、酔って暴れる男を追い出して、明け方に洗い物をして、私を大学まで出した。誰にも救われていないし、誰の助けも要らなかった。
 この人が悼んでいるのは、あの人の三十四年ではない。自分の三十四年だ。


          *


「ちなみに、聞かせてほしいんですけど」
 私は言った。自分の声が鋭利になっているのがわかった。
「その“とき”って、いつのことだったんですか」
 Bが顔を上げた。
「え」
「その“とき”が来たら、って書いてありますよね。それはいつのつもりだったんでしょう」
「それは……僕が大人になったら、ということだと」
「高校生にそんな約束します?」
 Bさんの口が半分開いた。
「十九の女が、十六の男の子に、大人になったらって書いてるんですよ。それってどういうことだと思います?」
「それは……」
「Bさんは、捨てられたんじゃないですか」
 言ってから、言ってしまった、と思った。それでも止まらなかった。
「あのメモは、嘘だったんじゃないですか。ここで別れると言えば、あなたが取り乱すとわかっていたから。傷つけないで離れるために、いつかまた会えると書いただけだったんじゃないですか。住所も、書いておけば納得すると思ったから書いただけで」
 Bは何も言わなかった。
「三十四年、一度も思いませんでしたか。そうだったのかもしれない、って」
 Bは私を見ていた。何を言われているのか、言葉としては聞き取れているのに、意味のほうが遅れて届いている顔だった。口が動きかけて、音にならずに閉じた。
 そんなことは考えたこともなかった、という顔だった。
 三十四年だ。三十四年間、この人は一度もその紙を疑わなかった。誰にでもこの話をしてきたのだから、同じことを言った人間がいたかもしれない。いたとしても、この人には聞こえなかったのだろう。
 私は自分がひどいことをしているのを知っていた。それでもやめられなかった。この人が女に何をするか、私はさっき聞いたばかりだった。


          *


「……でも」
 Bさんは言いかけて、やめた。グラスに手を伸ばして、触らずに戻した。
「でも、じゃあ、あの、なんというか。センセイは、僕のことを」
 言葉が繋がっていなかった。
「いや、でも、それは、もう、確かめようが。いないんですよね、もう」
「はい」
「そうか。じゃあ、誰も。誰にも」
 Bさんは何度か口を開けて、閉じた。指がメモの端をこすっていた。
「なら、いいです」
 顔を上げた。
「知らないままで、いいです、僕は。だって確かめられないんだから、どっちだって同じでしょう。同じなら、僕は、そうだったと思っていたい。あの人も、僕のことを好きだったって。そう思って生きていきたい。それでいいじゃないですか。誰にも迷惑かけないんだから」
 私は、何も言えなかった。
 やりこめたはずだった。逃げ道を全部ふさいで、根拠を一つずつ取り上げて、この人の三十四年を崩したはずだった。それなのにこの人は、崩れた瓦礫を拾い集めて、その上にもう一度立っていた。私が壊した場所を、そのまま土台にして。
 呆れが先に来て、そのあとから、思ってもみなかったものが来た。
 うらやましい、と思った。
 この人は三十四年、信じていられた。あの人も自分を好きだったと、一度も疑わずに信じていられた。私はそれを一度も持ったことがない。中学のときに付き合った先輩にも、大学のときの恋人にも、今一緒に暮らしている子にも、母にも。相手が私に向ける気持ちの量と、私が相手に向ける量が、同じであるはずがないと私はずっと思ってきた。愛情には量がある。量があるものが二つ、ぴったり同じになる確率はゼロだ。だから相思相愛というのは、どちらかが目盛りを読み違えているだけの状態を指す言葉なのだと、私はそう決めて、そう生きてきた。
 その考えは、私を何度も守ってくれた。守ってくれた代わりに、私から何かを持ち去っていた。目盛りを読み違えたまま三十四年生きられる人間の顔を、私はいま初めて見ていた。
 それから、もっと悪いことに気がついた。
 私は、この人から希望を取り上げたつもりだった。ところが死んだ人は、何も否定してこない。もう二度と、別の人生を生きて彼を裏切ることもない。誰も、あの人の口から本当のことを聞き出すことができない。
 私は、永久に安全で、絶対に確かめられない相思相愛を、この人に贈ってしまったのだ。
「すみません、長居して」
 Bさんは財布を出した。千円札を数えて、きちんとカウンターに置いた。釣りはいいです、とは言わなかった。この人はそういうことを言わない人だった。
「ありがとうございました。おかげで、区切りがつきました」
 ドアが開いて、外の重たい空気が入ってきた。汗をかいた背中が階段を下りていって、しばらくして、駅のほうへ歩いていくのが窓から見えた。空はまだ低い。
 私は、しつこく言い寄る男を追い返した。

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          *


 誰もいない店で、洗い物の続きをした。バケツの氷はほとんど溶けて、水になっていた。指を入れると、ぬるかった。
 スマートフォンを裏返して、母にかけた。
「あら、Lちゃん。まだお店?」
 生きている人の声だった。私はついさっき、自分の口でこの人を殺したところだった。
「二回もかけてきたでしょう。何かあった?」
「聞いてよ。駅前でね、キャッチの男の子に声をかけられたの」
 やっぱりそれか、と思った。
「二十歳くらいよ。私みたいなおばさんに声をかけてどうするのって言ったら、向こうも困っちゃって。それで説教してやったの。あなた、こんなことしてお母さんが知ったら悲しむわよって」
「そんなの、聞くわけないでしょう」
「聞いてたわよ。ちゃんと下を向いてた。逃げるときの走り方が情けなくてね、あれはたぶん向いてないのよ、あの子」
 母は笑っていた。どうでもいい話だった。どうでもいい話を、この人はわざわざ二回も電話をかけて娘に聞かせようとする。
 私は相槌を打ちながら、訊こうとしていた。
 大学に行ってたの。どこの。どうしてやめたの。十九のとき、旭川の近くで家庭教師をしてたでしょう。その家の男の子のことを覚えてる。あれは何だったの。好きだったの。仕事だから断れなかっただけなの。年度の途中で全部捨てて東京に出るって、どういうことだったの。東京に出てからの何年か、母さんは何をしていたの。どうして私には、大学のことを一度も言わなかったの。
 言葉は喉のところまで来ていた。ここ何年か、私と母はこういう話ができるようになっていた。訊けば、たぶん答えは返ってくる。
 けれど、返ってくるのは何だろう。
 五十三歳の母が、今夜の台所で、思い出せる範囲のことを、娘に話せる形に整えて話した一つの版だ。三十四年前の十九歳がそこにいるわけではない。あの子はもうどこにもいなくて、たぶん母自身にも、もう手が届かない。私は答えを手に入れて、それを母の全部だと思うだろう。今夜まで、私がそうしてきたように。
 私は訊かないことにした。
「Lちゃん、聞いてる?」
「聞いてる」
 それから、自分でも唐突だと思うくらい唐突に、言った。
「あのさ。高円寺の、南口の大きいスーパー、あるでしょう。あそこには絶対行かないで」
「え?」
 母は本気で戸惑っていた。
「どうして。安いのよ、あそこ。魚も新しいし」
「魚。アニサキスがいるって聞いた」
 我ながら、ひどい嘘だった。
 母は少し黙った。何秒か、電話の向こうで換気扇の音だけがしていた。
「……そう」
 それから、
「わかった。行かない」
 母は理由を訊かなかった。私が何かを隠していることは、たぶんわかっていた。わかったうえで、訊かなかった。
 この人はいつもそうだ。そして私も、ずっとそうしてきた。詮索しない。踏み込まない。この家族は二十七年、そうやってやってきたのだ。それを私は、行儀のよさだと思っていた。


          *


 電話を切って、私は暗い店に立っていた。
 私は母のことを何も知らない。
 いちばんおかしいのは、知っていると思っていたことだ。自分がカウンターに立つようになって、酔った客をあしらって、明け方に洗い物をして、初めて母の苦労がわかった——私はそう思っていた。同じ仕事をしている、同じ街に立っていた、だから通じ合っていると。それを、母を理解した証拠のように扱っていた。
 二年だ。私は二年しかやっていない。母は三十年以上やっていた。身寄りもなく、学歴もなく、金もないところから始めて。それなのに私は、母が私に渡したいくつかの短い話を、原本だと思っていた。あれは要約だった。誰かに何度も話すうちに、話しやすい形に削られていった要約だ。要約を読んで、私はその人を読んだ気になっていた。
 母があのとき何を思っていたかは、いくらでも作れる。本当に好きだったのかもしれない。雇われている立場で、断れなかっただけかもしれない。好きで、逃げ出したくて、自分でも整理がつかなかったのかもしれない。名前のつかない何かだったのかもしれない。今夜だけで、私は四つ作った。明日になればもっと作れるだろう。
 そして、いくら作っても、たぶん一つも当たらない。
 知らないままでいることを、私は選んだ。けれどそれは、知らずにいれば信じていられるからではない。訊いても得られないと、私が知ってしまったからだ。
 外に出て、鍵をかけた。空はまだ低く垂れていた。生ぬるい風が一度だけ吹いて、それきり止んだ。私は駅のほうへ歩き出した。

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