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★☆日韓交流〜お友達つくろ☆★コミュの『人生最大のモテ期に入隊しました!-韓国の軍隊、その793日間の記録』

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MBCのバラエティー「本当の男」、TVNのドラマ「青い巨塔」が大ヒット、有名作家が軍隊と戦争を扱った小説を出版するなど、タブーだった軍隊が番組や小説の素材となり、人気を集めています。まさに韓国は今「軍隊熱風」!

韓国人さえ知らず、遠い存在だった軍隊がマスコミを通じて身近な存在になっている中、日本では世界で活躍するK-POPスター、(昨日はJYJのジェジュン、今年はいよいよ東方神起のユノさんも地獄の扉を開く予定!)俳優も行かなければならない厳しいところ・・・としか知られていないのが事実です。むしろ、「自衛隊」「戦争」などを連想し、抵抗を感じる人もいるでしょう。

「K-BOYS完全攻略ガイド」でドラマでは分からない韓国男性の素顔をさらけ出した僕が去年、雑誌「文芸思潮」で4回にかけて連載した韓国の軍隊の話をブログに連載します〜

過酷であることで有名な機甲戦闘部隊に配属され、服務不適応、彼女の音信不通も重なり脱営決心、優秀操縦士選抜、奇跡のような服務期間短縮と軍隊刑務所入所で服務中2回も除隊日が変わるなど、一本のドラマのように波乱万丈だった793日間の軍隊生活をさらけ出します。修養録と呼ばれる軍人日記と、訓練中、不寝番勤務中などにポケットの手帳にこまめに書いた貴重な記録をもとに「闇のやつら」の793日間を再構成しました。

家族への熱い思い、レディーファースト、たくましい、マッチョなど、今日本人が持っている韓国男性のイメージは全て軍隊から身に着けたものだと言っても過言ではありません。まさに「K-BOYSが生まれ変わるところ」である軍隊はどんなところなのかを僕ならではの面白おかしい文章でお届けします。

お楽しみに〜あっかんべー

コメント(22)

「人生最大のモテ期に入隊する!(一般人から闇のやつらに)」

2001年 9月 17日

「今日ついに入隊した。
愛する家族とスジンちゃんと論山訓練所の前でご飯を食べて午後1時入所式を最後に別れた。見知らぬ友達25人とともに軍服、歯ブラシ、石鹸まで補給品全てを支給してもらった。不慣れで落ち着かない一日だった。」

P君とスジンちゃんとミヨンちゃんは飲み会で出会った。スジンちゃんとミヨンちゃんはかけがえのない親友、しかし、いつまでも変わらないと思っていたこの女の友情に少しずつがひびが入っていた。スジンちゃんとミヨンちゃん二人ともP君が好きだったのだ。二人の女の子に猛アタックされ、戸惑っていたP君は悩んだあげく、スジンちゃんと付き合うことを決心した。ミヨンちゃんには内緒で付き合いはじめたP君とスジンちゃん、しかし、仲良く手を繋いでデートを楽しんでいたある日、道端でミヨンちゃんに運悪く出くわしてしまう。衝撃をうけたミヨンちゃんはそこまで仲良かった親友のスジンちゃんに絶交のメールだけを残したまま、立ち去る。

ドラマに出そうなこのストーリの主人公、女の子同士の強かった友情をぐちゃぐちゃにした致命的な魅力を持った魔性の男、P君・・・そうだった。P君は僕の名前の名字のイニシャル。入隊をわずか3ヶ月残していた2001年の夏の僕だった。

続きはブログで
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12011601743.html
「100日を待ち焦がれた5日間の初休暇」

各部隊に配属され2ヶ月後、訓練兵ではなく国を守る一人の軍人としての生活も慣れていく頃、入隊後ほぼ100日くらいになった新兵には夢のような初休暇が与えられえる。100日休暇は新兵としては軍隊という別の世界でのハードな6週間の訓練と不慣れな部隊での軍隊生活を乗り越えられた力なのだ。そして、手紙、電話の他に面会、外泊などが一切禁止になっている新兵には家族、友達、そして彼女にたった3ヶ月で凛とした一人の男になった自分が見せられる休暇でもある。
(時代の変化、自由な若い世代の特性を考慮し、現在は100日休暇前でも面会、外泊を許容している。)

初休暇は4泊5日。部隊が家から近ければまだしも、家まで半日以上かかる場合、ゆっくりと休める時間は結局2〜3日たらずになる短い時間だった。しかし、100日を待ち焦がれて一夜の夢のようにパッと過ぎてしまった100日休暇の記憶は今振り返ってみても生き生きと蘇ってくる・・・

続きはブログで
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12013598846.html
「彼女との音信不通、部隊での不適応・・・脱営を決心する!」


2001年 12月 30日
「自分の部隊に配属され、一週間が経った。まったく慣れない・・・。肉体的にきついのはもちろん、仕事がちゃんとできないから、先輩に毎日怒られ、やる気も出ないし、精神的にもやばい状態。最初優しかったチーム長のキム先輩にも捨てられ、怒られるばっかり・・・ それにスジンちゃんは電話も出ないし・・・
どうすればいいんだろう・・・。」



「全員起床!!」
朝6時、ラッパ音とともにまた地獄のような一日が始まった。もともと朝が誰よりも弱かった僕、それに前週の野外訓練中、マイナス10度のテントの中で寝て風邪を引き、体調は最悪だったが、怠け、弱音なんかは許されない。

「全員上着脱衣!!」底冷えのする2002年2月のある朝、当時僕はこの言葉が世界で一番嫌いだった。起床と集合とともに毎朝行われていた駆け足、まだ暗い朝、雪に当たられながら10分間駆け足をした。ご飯を食べて8時から一日の日課が始まる。軍隊も一つの社会。小銃手、運転兵、行政兵、補給兵、医務兵、炊事兵、誰もが夢見るPX兵(部隊内の売店)など・・・沢山の仕事があって、それぞれの特技に合わせて与えられた任務を朝9時から夜6時まで26ヶ月間果たすことになる。その中で僕に与えられた任務は「戦闘車操縦手」。

続き=>
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12019333999.html
2002年 3月 3日
「3月になった。昨日は忘れられない一日だった。今週は精神教育の週間。土曜日の午前「親との対話」時間には私の父が講師として部隊に招待されたのだ。部隊講堂で全部隊員の前で27年前の自分の軍生活と、今まで生きてきた話をしてくれた。尊敬する父と素敵な母、そして入隊後の現在の自分の姿が恥ずかしくてしょうがなかった。」

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「服務不適応で問題兵士と分類されていたキム二等兵が休暇中自殺。
先輩のいじめに悩まされていたチェ二等兵が警戒勤務中、先輩を撃ち、自殺。
彼女問題で部隊を無断脱営したイ一等兵が遺体で発見・・・。」
今でも後を絶たない軍人の自殺事件の記事を目にする度に胸が苦しくなる。無事に除隊した他の韓国男性と同じく自殺した人の気持ちは分かるが、なぜ彼らは愛する家族の存在を捨て、自殺という道を選んだんだろう・・・ともどかしい気持ちが溢れてくる。
もし、2002年3月3日、あの出来事がなかったら、僕は今頃どうなっていたのだろうか?

「明日、脱営するぞ!」と決めたその日、部隊長に急に呼びだされた。
「お前のお父さんは高校の校長先生だそうだな。先ほどお父さんに連絡をし、来週の−親との対話−の時間に一日講師を務めて頂けないか伺い、承諾をもらったぞ」
「えぇぇ!」
問題兵士というレッテルを張られ、最悪の姿で過ごしていた軍隊生活。こんな僕の父が演説者として部隊に訪れるなんて・・・ 脱営はしばらく後回しにし、どんな顔で親に顔向けすればいいのか、不安でいっぱいの日々を過ごしていた。そして、予定の「親との対話」の日・・・。
なんと33ヶ月間、北朝鮮と立ち向かっている最前線で服務した父は1時間、劣悪な当時の部隊環境、長い軍生活を乗り切る方法、2年間も待ってくれた当時の彼女とのラブストーリーや別れ話など、ユーモア混じりの有益な話で場内を盛り上げてくれた。

続きはこちら=>
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12023189981.html
2002年 2月 7日
「昨夜は俺の人生の中で一番過酷な夜だった。3時に勤務に出かけたらすぐにお腹が痛くなり・・・一時間がそんなに長かったのか生まれて初めて思い知った。軍人精神で歯を食いしばって我慢して我慢したが、結局・・・」

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あなたは人間が世の中で一番我慢しづらいことは何だと思うだろうか?僕はウンチを我慢することだと思っている。
ウンチをさせない苦悶があれば多分世界で一番過酷でつらい苦悶だろう。(笑)
僕の人生で一番過酷だった1時間、1時間がどれほど長い時間なのかを思い知らせてくれたのは軍隊だった。
訓練所を卒業し、部隊に配属されわずかだった2002年の春、何もかもが慣れていなくて常に緊張し、毎日がつらかった一等兵時代だった。

「おまえ、不寝番の勤務だ。起きろ!」

ある夜、先輩の怖い声に目が覚めた。軍人には宿命のような不寝番の勤務(夜間警戒勤務)の時間だったのだ。具合が悪くて眠くてうとうと、ぐずぐずしてたら勤務が終って誰もいない倉庫にそーと引っ張られ殴られることになる。怠け者で一度寝付くと、なかなか目が覚めなかった僕もロボットのように体を起こし、勤務の準備をした。さっさと準備して一緒に勤務に出かける(2人1組)先輩の服と銃を準備しなければならない。

続きはブログで!
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12043218645.html
「韓国の軍隊AからZまで」 −今の軍人の服務期間と入隊時期は?

2013年10月現在の韓国軍隊の服務期間は陸軍・海兵隊21ヶ月、海軍23ヶ月、空軍24ヶ月、公益勤務要員は24ヶ月だった。(公益勤務要員とは現役服務が難しいと判断された身体等級4級以下の人が市役所、兵務庁などの国家機関で勤務して服務を代わる制度)韓国の兵役法によると、戦時、あるいはこれに準じる事態が起こり、特別災難地域で宣布された場合は6ヶ月まで服務期間が延長されることがある。ちなみに現在の陸軍服務期間21ヶ月は歴代最短期間だそうだ。1950年朝鮮戦争以降、陸軍は36ヶ月、1977年に33ヶ月、84年30ヶ月、93年26ヶ月、2003年10月24ヶ月、2012年2月からは現在の21ヶ月に至っている。ちなみに76年に陸軍で除隊した僕の父は歴代一番長い服務期間を経験した呪われた世代、2003年11月に陸軍で除隊した僕は服務中に服務期間短縮案が発表され、入隊期間によりなんと1週間早く除隊することができた奇跡の世代だった!(兵長時代、事件に巻き込まれ10日間営倉(軍人刑務所)に引っ張られたため、結局、服務機関が3日も伸びた波乱万丈な軍人時代だったが・・・また詳しい話はシリーズの後で・・・)入隊の日、「俺は3年だったぞ!2年2ヶ月なんて瞬く間だ。頑張るんだな」と父が励ましてくれたことを鮮明に覚えている。

入隊時期は18歳になる1月1日から身体検査後、入隊可能となり、特に理由がない限り35歳までは入隊しなければならない。大学進学率が80%で世界トップレベルである韓国は大学1、2年が終わったら学業を一旦中止し(入隊休学)、兵役を終わらせ、また2、3年生で復学するのが普通だ。なので、韓国の大学では兵役前の大学生、兵役後の大学生でファッション、行動、考え方が極端に異なり、よく区別、比較する文化もある。

ブログはこちら=>
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12067622802.html
2002年 6月 2日

「6月だ。外は大騒ぎのようだ。韓国の善戦は嬉しいのだが、国全体がお祭りムードなのに軍隊でこうしている自分の境遇がかわいそうで、テレビを見ているとほろ苦い気分・・・。本当にわが国でワールドカップが開かれているのか実感がない。」


軍隊生活の2年2ヶ月間、挫折、屈辱、成就、失恋(彼女に振られて)、母への熱い思い、除隊の喜びなど様々な涙を流したが、(韓国では男は一生の間に3回しか泣けないと言われているのに・・・ちなみにその3回とは1回目、オギャーと生まれた時、2回目、親が亡くなった時、最後は国が滅びた時。生まれた時に泣くのは当然のこと、一生の間、国が滅びる可能性はゼロに近い。

続きはこちら
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12110666159.html
「訓練を通して超韓国人に進化」

2002年 7月 11日
「深夜4時、不寝番勤務中だ。遊撃訓練3日目の夜。
寒くて一睡もできなかった。体中痛くないところがない。最もつらいと言われる3日間の行軍から始め、ABCコース、レペル乗り、タワー飛び降り、4km駆け足など、悪名の高い様々なコースを諦めることなく、無事にここまでやってこれた。いつも体力に自信がなかった俺、到底できないと諦めようと思ったのも数回、でも、何とか我慢してここまで勝ち抜けた自分が不思議に感じる。」

「軍隊では2年間一体何をするの?」と日本人からよく聞かれる。答えは簡単だ。「戦争に備えた訓練」をする。他にも警戒勤務、陣地工事、精神教育などがあるが、軍隊はいつ戦争が起こっても敵に立ち向かえるように万端の準備をしておかなければならない。それが軍隊の存在理由である。特に韓国は2010年起きた延坪島砲擊事件と天安艦沈没事件を通じても分かるように、いつでも北朝鮮との戦争が起こり得る恐ろしい国、休戦国なのだ。(延坪島砲擊事件:2010年3月、北朝鮮に近い延坪島という町が砲擊され、住民と軍人が多数死傷した事件。 天安艦沈没事件:同年11月、韓国海軍の天安艦が北朝鮮の魚雷により攻撃され、軍人46人が死亡した事件)
ということで軍隊時代793日間は訓練で始まり、訓練で終わったわけだが、その数々の訓練の中でも最も悪名の高かった訓練は真夏と真冬に行われる4~5日間の野外訓練である。一番過酷な環境で実戦のようなつらい訓練を行い、戦闘力を高めることが目的である。
その中でも「遊撃訓練」と言われる酷暑期訓練は経験した韓国の男なら誰もが舌を巻く地獄訓練である。2002年の夏、体力に自信がなかった僕も初めて遊撃訓練に挑むことになった。

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http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12112992417.html
「休暇による、休暇のための軍隊生活」

2002年 8月 5日
「10日間の一等兵定期休暇を過ごして今日部隊に復帰した。除隊目前の兵長休暇(15日間)を除き、軍隊生活で最も長い休暇が終わった。短くて長かった休暇だった。
10日間明るくて美しい外の世界を遊び放題、食べ放題、やり放題で満喫して戻ってきたらこの生活が尚更くそのように感じるし、適応がしんどい・・・。長かった分、沢山準備した休暇だったけど、今回も残るのは虚しさ、後悔だけだった。
行きたかった海にも行けなかったし、新しいガールとの出会いもなかったし、毎日盛り場をうろつき、お酒で終わってしまった。
次の休暇はいつだろうか?軍隊生活ってまさに休暇による、休暇のためのものじゃないかな。また次の休暇まで頑張ってみるか!」



アメリカの16代大統領であるリンカーンは(Lincoln, Abraham)1863年、歴史に残る名言を残した。「国民の、国民による、国民の為の政府(国)」と語ったいわゆるゲティスバーグ演説。2002年3月一等兵になると同時に新兵が配属してきて後輩もできた僕は一人の後輩を倉庫に呼び出し、軍隊生活に残る名言を残した。「闇の奴等の僕らの軍隊生活は休暇による、休暇のためのものである。」
2年2ヶ月間の軍隊生活は、次の休暇だけが頼りで、それを楽しみにしながら毎日を辛抱する日々だった。当時の日記を見ると、休暇を控えて浮かれる気持ち、休暇が終わった後の虚しさ、不安を綴ったところが多く目につく。

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http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12114292612.html
「軍人の唯一の癒しは手紙」

2001年 10月 10日
「入隊して1ヶ月ちょっと、まだ彼女から手紙が一通も来なくて心配で凹んでいたのだが、厳しい訓練が終わって帰ってきたら、小隊長が「パクジョンヒョ訓練兵、お前か。手紙いっぱい届いてるぞ!」と言うんじゃないか!入隊後、毎日一通ずつ送っていた彼女の手紙がやっといっぺんに届いたのだ。不安や心配でいらいらしていたけど、嬉しくて空を飛ぶような気分だった。毎日の訓練、頑張れそう!」

2002年 3月13日
「昨日結局ハナちゃんから手紙が届いた。頼んで、ねだって卑屈にもらった手紙だけど、久々の手紙で嬉しくてしょうがなかった。なんとか連絡している一人、二人の女の子にすがり付いて、手紙一通に寄りかかって、自らプライドを捨てながら卑屈になる自分・・・。これが定型的な軍人の姿ではないだろうか?」

2003年 7月 9日
「本当に久しぶりに書いた手紙なのに驚くことに国際郵便だ。俺の人生、初めての国際郵便。先月除隊したキム兵長に成りすまして、シンガポールに住む女の子に手紙を送ったら今日返事が届いたのだ。ラッキーなことにアメリカ留学生出身の後輩に全て翻訳してもらって、また返事も書いた。この手紙がつまらないこの生活に一筋の光になってくれるかな!」

2003年 8月 8日
「つらい一日の日課が終わって帰ってきたら、どうしたことか久々に母から電話が来ていた。先週末に送った手紙を読んで電話したと。除隊まであと3ヶ月、軍人として書く最後の手紙だと思って書いた長文の手紙だったけど、微笑ましすぎて、嬉しすぎて10回以上も読み返したと・・・。電話までして頼りになると、嬉しいと喜ぶ親の声を聞いたら、疲れが一気に吹き飛んだ。やっぱりつらい時、苦しい時に俺を支えて、励んでくれる存在は結局自分の親だっていうことに改めて気づいた。親を考えながら、気丈にこの山を乗り越えよう!」


「友よ、俺が軍隊に入ったら必ず手紙を送ってくれ。お前らとの楽しかった日々が忘れられないように。・・・さあ、もう一度始まりだ。若き日の夢よ。・・・ラッパ音、緩やかに夜空へ広がると、一等兵の手紙一通、大事に折り畳んで送るよ。」
入隊する男の切ない気持ちを淡々と語った歌「一等兵の手紙」、厳しい訓練が終わって親を思い出しながら手紙を書いたり(この時、ポタポタと落ちた涙で字が滲んだりする。笑)、親から帰ってきた返事を胸に抱えて涙を流したことのある韓国の男なら誰もが知る名曲である。軍隊を経験した韓国男性はこの歌を聴くだけで当時の切ない気持ちがよみがえり、心に響いてウルッとなるのだ。

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http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12118447958.html
「韓国女性が嫌いな人種は非正常人、宇宙人、そして軍人」

2002年 8月 11日
「昨日休暇から復帰した。休暇時期を合わせたドンフンとジョンジェと毎晩、繁華街を迷いながらクズのように過ごした。風俗まで行ってお金も散々使い捨てた。道でナンパしたり、クラブでも必死で女の子にちょっかいを出したりしたが、今回も全て失敗した。軍人って見破られたんだろうか?・・・。元カノも口説いてみたけど、失敗。彼女を作ることはできなかった。」

一番輝く20代の初めの頃、自分の青春を国に捧げ、過酷な訓練と生活を勝ち抜き、国を守る誇らしい存在、その名は『軍人』・・・。そんな素晴らしくて頼もしくて誇らしい存在の軍人なのだが、現実での女子達からの対偶、冷ややかな仕打ちは軍隊生活よりもはるかに過酷で、強く鍛えられた軍人も涙ぐませるものだった。韓国ではこんな話がある。
「韓国女性が嫌いな人種は非正常人、宇宙人、そして軍人」。非正常人は精神や身体が丈夫じゃない人、宇宙人は映画の中のETのように頭がものすごく大きく、全身がシワだらけの超不細工か「エイリアン」のような恐ろしい怪獣、そして軍人が女性に嫌われる3つの人種である。軍人は女性から非正常人や宇宙人と同等の扱いをされるのだ。なぜ軍人が非正常人と宇宙人と同じ扱いをされるのか、それには理由がある。

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http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12120831883.html
「韓国の軍隊AからZまで」ー軍人は2年間一体何をするの?あと、休日の様子は?

僕も入隊前日まで一体軍隊で何をするのか全く知らずいた。今考えてみればやっぱり知らないまま何も考えずに入隊するのが得策である。軍隊の実態が分かったら入隊したくならないからだ。
「訓練を通して韓国人から超韓国人に進化」編で簡単に語った通り、軍隊で軍人は「戦争に備えた訓練」をする。

入隊して5週間の新兵訓練が終わると、小銃手、運転兵、行政兵、補給兵、医務兵、炊事兵、僕が担った戦闘車操縦手など分野毎に様々な特技と任務が与えられる。それぞれ与えられた任務を果たしながら、2年間戦争に備えた訓練を繰り返すのだ。他にも警戒勤務、陣地工事、精神教育などがメインとなる。そして、軍隊で訓練ほど沢山やらなければならない重大な任務がある。わけのわからない様々な作業が除隊日まで続くのだ。部隊内・外の補修、修理、工事などで軍人は訓練のみならず沢山の作業に悩まれている。
このような多忙な一日が終わって平日の6時以降と週末に軍人は何をして時間を過ごすのだろうか?

続きはこちら
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12124068431.html
Part3 :上等兵時代

「夢精する軍人(軍人の性欲解消問題について)」

2002年 9月 16日
「うっとりとしながらもむごい夜だった。彼女とベッドで熱い愛を交わしたことまではよかったが、目が覚めた俺の姿は惨めでみすぼらしくて仕方がなかった。思春期以来、初めての夢精・・・こんな時、軍人である自分が最も可哀想で不憫に感じる」

2003年 3月 10日
「野外訓練中にこんなにも惨めな姿は何なのか・・・テントの中、不慣れな寝床だからか、夜通し夢の中をさまよったけれども、お風呂の中で幼虫を出す夢を見ていたら現実の俺は・・・オムツでもするべきなのだろうか・・・」



僕の当時の日記には、夢精した軍人パクジョンヒョの惨めな感情を書いた文章が多数ある。女性はもちろん、プライバシーのない団体生活、オナニーさえ自由にできない環境の中で、血が沸いてくる20代の男らは思春期以来全く忘れていた夢精を再び経験していた。夢精した兵士が夜中に突然慌ててシャワーをしたり、用を足しにトイレに行ったら、トイレの中から何だか荒い息づかいが聞こえてきてぞっとした記憶は今でも鮮明に残っている。

2年2ヶ月間、望まぬ禁欲生活をしなければいけない若い軍人にとって、性欲解消問題は北朝鮮と休戦状態で立ち向かっているという政治的な問題よりも重大な問題であった。

「韓国男性は軍隊で変態になる」記事で紹介したように、2年2ヶ月の禁欲生活を続ける軍人にとって、休暇や外泊の時の最大の課題は性欲解消であり、彼女のいない大半の軍人が風俗店に出入することも事実なのだ。35.3%の現役軍人が性売買を経験するというアンケート結果もあった。あまり思い出したくはないが、それまで風俗店の近所にも行くことのなかった僕も、友達、先輩に連れていってもらって風俗に行った記憶がある。いわば、夢精する可哀想な軍人にとって、風俗に連れて行ってもらえるのは最高のご褒美だったのだ。

続きはこちら
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12131389705.html
Part3 :上等兵時代

「軍隊で病気、負傷は神様の恵み(군대에서 병, 부상은 신의 은총)」

すみません。忙しい日常の中で「人生最大のモテ期に入隊しました」の連載を途中ですっかり忘れていました;;

日本での有名なアイドル東方神起、JYJのメンバーも現在服務中でありますが、あのEXO、BIGBANG、SHINEE、2PMなどどんなに人気のあるアイドルでも韓国で生まれた男なら自分の青春を国のために捧げなければいけないのが韓国男子の宿命・・・。

僕も事故で人が死んだりするので、規律が厳しいということで有名な戦車部隊で2年2ヶ月を過ごしました。(周りには北朝鮮の元指導者である金正日(現在は息子の金ジョンウン)を暗殺する特集部隊員だったと嘘付いたりしていますが・・・笑)

気づいたらもう15年前の話。今振り替えてみると本当に一夜の夢のように感じますが、その2年2ヶ月の記憶は深く、そして強烈に頭の中に刻まれていて、全く忘れていません。多分これからも忘れることはないでしょう。
この連載は当時のことを日記やメモ、写真として残した793日間の記録です。

(この記事は、2014年1年間、文芸雑誌「文芸思潮」に「現代徴兵の青春―韓国の軍隊、その793日間の記録―」というタイトルで連載されました)

続きはこちら⇒
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12198879470.html
Part3 :上等兵時代
「サッカーさえ上手なら軍隊生活は万事順調」


2003年 2月 5日
「今日は遂に決戦の日!奇跡の褒賞休暇を手に入れるのか!!待ちに待った部隊のサッカーリーグ決勝戦が今日の午後にある。先月の準決勝で1ゴールを決めた後、ゴールキーパーと衝突、壮烈に戦死した僕。一ヶ月近くギブスをしていたのに決勝戦が何回か延期されたおかげで、今日の試合は何とか出場できそうだ。決して上手とは言えない実力に加え、脚も丈夫じゃないから、ろくに走れるか心配だけど、昨日の練習試合では何とか走れた。主力メンバーが除隊、休暇中でいなくなり、優勝できるかは疑問だけど、手に届きそうな休暇を考えるとドキドキ、ワクワクしてしょうがない!」

今振り返ってみると、2年2ヶ月の軍隊生活はまるで一晩の夢、一本の映画のように感じる。映画で記憶に残る様々な名シーンがあるように、軍隊生活中に起きた様々な出来事が頭に深く刻まれていて、目を閉じればいつでも走馬灯のように目の前に浮かび上がる。

2001年12月21日の夜のことも、13年が経った今でも鮮明に覚えている。9月17日、新兵訓練所に入所し、6週間の新兵教育を修了した僕は、つらい訓練を共に勝ち抜いた同期と涙でお別れし、バスに乗せられ、どこかに移動した。いよいよ残った2年余りの軍隊生活を過ごす自分の部隊に配属されるのだ。


続きはこちら⇒
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12205892561.html
Part3 :上等兵時代

「北朝鮮より怖いもの、それは雪!(북한보다 무서운 것, 그것은 눈!)」

2003年 1月 3日
「夏に上半身脱いで作業していたせいで、背中に白いほくろがどんどん広がる恐ろしい皮膚病にかかってしまった僕。放置していたこの症状を部隊内の軍医官に見せたら大きな病院に行って診て来いと言われ、今は病院行きのバスの中・・・。診察に行っているのに、不安どころか、むしろ部隊から離れ、バスの中とはいえ社会に出ているということだけで、ウキウキ、フワフワしている。さらには移動中、突如大雪が降り出したではないか!部隊は除雪作戦で非常事態が発令、大雪でこの雪と戦争中だろう・・・。なんて素晴らしいタイミングだ!神様、ありがとうございます!道が混んでいてバスは1時間も止まっているけど、雪が降る光景をゆっくりと観賞することができるなんて一体何年ぶりだろうか・・・今日は祝福の日だ!」

今日はクリスマスイブ。彼女とクリスマスを満喫するために街に出た。街中クリスマスキャロルが鳴り響き、完全にクリスマスモード。サンタクロース姿の人があっちこっちでイベントをやっていて、街は手を繋いだカップルでいっぱい。僕も彼女に会って手を繋いで歩き出した。寒いからか僕らは普段よりもっと近づき、一刻たりとも手が離れないようにギュッと手を握り締めた。その時に奇跡が起きた!なんと空から白い雪が降り出したではないか!今日は10年ぶりのホワイトクリスマス、僕らは雪の中で子供のように駆けっこをした。そして、疲れて雪の上にそのまま寝転んだ。寒いからか、恥ずかしいからか赤く色づいた彼女の頬、僕は思わず彼女の頬にキスしてしまった。世界は愛でいっぱいだ!

―その時間、軍隊では・・・

続きはこちら⇒
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12212392428.html
Part3 :上等兵時代

「部隊の音楽祭に参加、舞台恐怖症を克服する!(부대 음악제에 참가, 무대공포증을 극복하다)」

2003年 3月 20日
「2003月3月20日、今日は俺の軍生活の中で、いや、もしかしたら一生忘れられない一日になるかもしれない。極度の緊張とときめきの中で参加したー春の音楽祭ーが終わって何時間も経っているけど、まだ頭がボーっとしていて落ち着かない。この感情をどんなふうに表現すればいいだろうか?
残念ながら入賞はできなかったものの、俺は今日の音楽祭への参加で、長い夢を実現したかのようにすっきりとしていて、なかなか気分がいい。目当ての褒賞休暇は手に入らなかったけど、それより大事なものを得ることができたからだ。それは自信感!除隊したら人前でこのようなコンテストに出ることがあるだろうかと思って勇気を出して参加した今回の音楽祭。頑張って準備したのに結果は期待はずれだったけど、チーム員みんなでショーを準備して、練習して、舞台の上で披露した記憶、このときめきは貴重な経験として一生輝くと思う。」


軍隊では年中、サッカー大会、腕相撲大会、特技自慢コンテストなど、軍人にとっては夢でもある「褒賞休暇」をかけた様々なイベントが開かれる。僕の部隊では春と秋に2回の特技自慢コンテストが開かれた。以下はちょうど一年前の2002年の春、一等兵時代に書いた日記の一部。

■続きはこちら⇒
http://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12216439807.html
【「韓国の軍隊AからZまで」ー 軍人も給料をもらえる?いくら? 】

東方神起のメンバー二人が無事除隊しましたね!

スーパージュニアのメンバーも続々除隊し、活動を再開するそうですし、また彼らがK-popを盛り上げてくれることを楽しみにしています。

今や男性芸能人にとって軍隊は「避けられない、逆に厳しい部隊に志願し、イメージ改善や芸能活動の分岐点にする」という認識が広まっているようですが、2000年前半まで芸能人や有力な政治家、大企業の2世の兵役忌避は社会問題でした。


特に芸能人にとっては経済的な面からも「どうしても避けたいところ」でした。活動と人気の断絶に加え、莫大な収入が途切れてしまうという。

僕が含むしていた2000年前半の軍人の月収は5千〜7千円程度!ほぼボランティアに近い収入だったんです。

先日、また兵士給料の大幅の引き上げが話題になりました。今の軍人の給料はいくらなのでしょうか?


■続きはこちら矢印(右)
https://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12313093793.html
Part4 :兵長時代 「数えた星の分だけ大人になる」


2年2ヶ月間小まめに書いていた日記。そこには夜の不寝番勤務中に暗闇の中で当時の率直な感情を綴った内容が多い。
誰にも邪魔されない自分だけの1時間・・・。夜空にはこんなにも星が多かったのかと気付いたのも軍隊時代だったし、生まれて初めて流れ星も目にした。その無数の星を数えながら、親、友達、別れた彼女、休暇についての空想、これまでの自分の人生、そして、これからの自分の未来のことなど、様々な思いにふけた。

特に込み上がってくるのは家族への思いだった。殆どは生まれて初めて親から離れ、団体生活をする20代初めの青年。きらめく星を数えながら、今まで苦労して育ててきてくれた親の顔を浮かべ、密かに涙ぐんだ記憶は軍隊を経験した韓国男性なら誰もがあるはずだ。
厳しい生活の中で自分を見つめ直し、家族の大切さに気付き、自分の未来を設計していたその安らかな時間は、こよなく大切な時間だった。毎晩数えていた星の分だけ僕らは徐々に大人になっていったのだ。
詩人のように感性豊かな当時の日記を読んでみよう。

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2002年 9月 17日
「もう1年・・・。1年という時間がこんなに何気に経ってしまうなんて・・・。まだ俺の頭の中には親と彼女から離れ、訓練所に入所していた記憶と、そのうっとりと(適さない表現だと思う。何に対しての切ない感情??)して切ない感情が昨日のことのように生々しいのに・・・。
2001年9月17日以降、以前の俺はいなくなってしまった。軍隊という特殊な集団の中で365日を過ごしながら、俺はこれまでの自分を徹底的に切り捨てて過ごさなければならなかった。そうしないとここで楽に過ごすことができないし、そのような1年が経った今、俺は別人になっていた。外での1年という時間は様々なことで埋まるはずだが、軍隊での1年間はここで何とか生き残ろうと、苦労して奮闘した惨い記憶しかない。

軍隊で1年を過ごした今、軍隊に対する俺の感想は「到底人なんか住むことのできない、糞のような所だ。しかし、男になるためには一度は来るべき所であり、自分を一層成長させ、発展できる機会を与えてくれた所だ」ということ。入隊前の俺の姿はマジで情けなくて、だらしなくて、乱れていた。軍生活とは俺にとっては神様がくれた一生に一度のチャンスなのかもしれない。一年間、俺は自分の無数の欠点の為に失敗し、挫折したけれど、その分、悟ったことも多かった。軍隊に入らなかったら一生気付かなかったかもしれない。

俺には手ごわい任務だった戦闘車操縦手。諦めようと思ったことも幾多、でも「若いうちの苦労は身の薬」という言葉を信じてここまでくることができた。
残った1年2ヶ月。何より無事に、そして成長した姿で家族の元へ戻ることを祈ってみる。
現在時刻、午前4時55分・・・。いろいろ考えていたら1時間の不寝番勤務も終わって交代の時間だ。一時間後はまた新しい朝を知らせるラッパの音が部隊に鳴り響くだろう。。。」

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https://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12315403318.html
Part4 :兵長時代

「軍人は軍隊で彼女を失う代わりに喫煙習慣と水虫を得る」



2003年 4月 2日

「寝ようと思って横たわったら、今日が父の誕生日だったことを思い出した。ギリギリ電話でお祝いの言葉を伝えることができた。来年はちょっとしたプレゼントでもできるかな・・・。

天気が最高すぎる。4月になって日差しもグンと暖かくなり、風は涼しい・・・この瞬間、最も羨ましいのは大学生達。いい天気の中で恋と浪漫が溢れるキャンパスライフを楽しんでいるんだろうな〜 俺も2年前は彼女もいて幸せな大学生だったな!来年の春はまた学校に戻り、キャンパスの浪漫と暖かい日差しを楽しめると思うと、ちょっと心も楽になった。」


■続きはこちら矢印(右)
https://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12321280324.html
(この記事は、2014年1年間、文芸雑誌「文芸思潮」に「現代徴兵の青春―韓国の軍隊、その793日間の記録―」というタイトルで連載されました)

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Part4 :兵長時代

「軍隊にいると馬鹿になる?」


2003年 2月 25日
「今日は何をすればいいかな?本を一冊読もうかな。無駄な空想は止めることにした。電話も手紙も・・・。何の意味も成さない行動をして頭がいっぱいになるだけだ。社会とは断絶されている軍隊という所で、自分のこのような行動が、ますます自分を卑屈でみすぼらしくすることに気が付いた。」


2003年 4月 26日
「楽しい土曜日、燃え上がるような夜・・・。俺は弾薬庫で警戒勤務中だ。また巡ってきた土曜日。みんな週末だけを待ち焦がれて一週間の日課を耐えるのだが、いざ週末になると特にやることもなく、寝るかテレビを見るかで時間を潰す。なのになぜそこまで週末を待ち焦がれているのだろう・・・ とにかく軍人にとって、週末とはなくてはならない休息と余暇が満喫できる黄金のような日である。」


■続きはこちら
https://ameblo.jp/jonghyo80/entry-12322122898.html
「また除隊日が変わる。10日間の営倉(軍人刑務所)生活」


(この記事は、2014年1年間、文芸雑誌「文芸思潮」に「現代徴兵の青春―韓国の軍隊、その793日間の記録―」というタイトルで連載されました)


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Part4 :兵長時代

「また除隊日が変わる。10日間の営倉(軍人刑務所)生活」


2003年 6月 18日
「信じられないけど、今日記を書いているここは師団憲兵隊の営倉・・・。言わば留置場にいるわけだ。口にすることさえ恥ずかしくなるこの現実がもどかしく、呆れ果て、悲しい限りだ。軍隊に来て本当にいろんなことを学んでいる。世の中にただの物はなく、悪いことをしてはいけないという真理を悟ったのだ。知らないまま除隊していたら、将来もっとひどい目に遭ったかも知れないと思うと、これも貴重な経験なのかもしれない。」



2003年 6月 19日
「夜が明けたのか、暮れたのか・・・。雨が降っているのか、曇っているのか・・・。

外の空気を一回も吸うことができず、この5畳くらいの狭い部屋に一日中座っているままで一日が経ってしまった。何も話すこともできない。笑うことも、脚を伸ばすことさえも禁止され、正座での読書とご飯を食べることだけが許される厳しい監視と統制の中で過ごしている。」



2003年 6月 20日
「時間は夜の9時・・・。腰と脚が痛すぎる。このまま病人になるんじゃないだろうか。共に入所したヨンド、チャニョン兵長は6時に出所した。5日ぶりに解放された彼らの顔には明るい微笑みが宿っていた。俺はまだ一週間も残っているのに・・・。入隊後、営倉に引っ張られるほどの誤りも沢山し、危機も多かったけれど、こうして10日間も軍生活を延長してまで服役するなんて・・・。過酷な刑罰ではないだろうか、ちょっと悔しい思いもあるし・・・。とにかくこの恥辱的でむごい現実から一刻も早く脱したい!」



2003年 6月 22日
「テレビを見ている。営倉でも日曜は一日中TV視聴が可能である。昨日から心臓の鼓動が激しくなって心配だ。神経衰弱の症状だろうか・・・。胃酸過多、下痢・・・。過度なストレスが病気になり、異常症状が出ているみたいだ。本当に辛い・・・。」



2003年 6月 25日
「一日がこんなに長いとは・・・。それでも何とか過ごした日々、8日目。明後日はこの檻から解放される。何もせずに部屋の中に閉じこめられ、座っていても時間が過ぎていくので、緩やかでも流れている時間の偉大さに改めて気が付いた。」


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