なんでこんな話が科学研究の対象になるのかというと、ゾンビの存在はともかく、ちゃんとした教育を受けた医者が死亡したと判断するほど、新陳代謝を低下させるような毒薬が存在するとしたら、それは外科手術の際の全身麻酔の危険性を緩和する医薬品となる可能性があるのだ。そこで精神薬理学の権威であったネイサン S. クライン博士は野心的な若き民族植物学者のデイビス氏に目をつけ、現地に送り込んだのである。彼の目的はゾンビ化の原因となる物質をブードゥー教の呪術師から手に入れることだった。
1984年にデイビス博士は同様なテストをDownstate Medical Center in BrooklynのJohn Hartung氏に依頼しているが、なんの効果も見られなかった。ただしこの結果をデイビス博士が引用したことはない。また、1986年に提出された彼の学位論文(人類学、民族植物学)の審査委員会には薬理学者や毒物学者はいなかった。(文献8)
これに対し、1989年のC. Benedekらの論文(文献7)ではゾンビパウダーにテトロドトキシンの痕跡が確認されたと報告されている。彼らの検出した物質はアルカリによるテトロドトキシンの分解生成物(種に2-amino-6-hydroxymethyl-8-hydroxyquinazoline)だった。この結果より20μg/gのテトロドトキシンが含まれていただろうと推定した。しかし、1990年のState University of New YorkのKaoらの論文(文献6)ではBenedekらの論文の不備が痛烈に批判されている。その1つは、2-amino-6-hydroxymethyl-8-hydroxyquinazolineはテトロドトキシン以外の類似化合物からも生成されるので、実際のテトロドトキシン含有量は20μg/gよりも少ないであろう、というもの。
どうやらデイビス博士は貧弱な根拠に基づき、自分の学位論文を補強しようとしてしまったようだ。1988年のAndersonの論文(文献12)では、彼の研究は科学的にあまり意味のあるものではなく、デイビス博士は学界に謝罪すべきだと結論している。(All things considered, this project does not cast science in a very good light. Davis owes the academic community an apology.)