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[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第7話 歌姫の帰還

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 けっきょくゆずるの機嫌はなおらず、ぼくもまるでやる気が起きなかったので、今日のところは解散ということになりぼくらは家に帰ることにした。

この2日、ほとんど寝ずに事務所でゆずると曲づくりをしていたから、心だけじゃなくて体力も限界だった。

いや、肉体的に疲れ果てているからこそよけいに、いらいらしたり絶望したりするのかもしれない。

 自宅にたどりつくともう夜の9時を過ぎていた。玄関を開けると、ふわっと甘いミルクのにおいが鼻孔をくすぐる。

キッチンに立つ見慣れた姿に、そうか今日は金曜日だったと思い出す。

彼女のことなんて、すっかり頭から抜けていた。

彼女は、ふりかえってぼくの存在を認めると、おかえりを言うより先に、眉をひそめた。

「どうしたの。そんな遭難者みたいな顔して」

「……どんなだよ、それ」

 彼女がことことと鍋で煮ているのはシチューだった。野菜が溶けて、ホワイトソースとからまる香りがぼくの胃袋を刺激する。

そういえば今朝、栄養ドリンクを2本一気飲みして以来、なにも口にしていない。

「ごはん、準備できてるよ。たべる?」

「うん……」

 彼女のうしろをすりぬけ、ぼくはソファに沈みこんだ。煙草に火をつけ、最初の一口を深呼吸をするようにゆっくり味わう。
天井にくゆる煙をみて、彼女は今度は思いきり顔をしかめた。

「吸い殻、山になってたよ。捨てたけど。ちょっと吸いすぎじゃない? 減らしたら?」

「うん……」

 スイッチが切れたように、ぼくはそれ以外の言葉を発することができなかった。というよりも正直、返事をするのがめんどくさかった。

そのまま黙っていると、彼女はあきらめたように息をついて、キッチンに戻った。

「そういえば今日、CDショップ行ったら、けっこう目立つところにポスターとシングルが並べられてたよ。なんか、すっかり芸能人!ってかんじ。でも、ポスターだとかっこつけてるから別人みたいでちょっと笑っちゃうね」

 ぼくは煙草の火を消してまぶたをおろした。一緒にショップへ行った彼女の友達がCDを買ってくれたこと(ありがたい)。
その友達は会社の同期で、最近、彼氏との結婚が決まったこと(おめでたい)。
お祝いで一緒に行ったお店のピザがおいしかったこと(それはよかった)。

そんな他愛もないことを話しつづける彼女に頭のなかで相槌をうちながら、ぼくの頭をしめていたのは佐々木さんの言葉とゆずるの背中だった。


好きなことをようやく仕事にできたはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。

ひなまつりを結成してからこれまでのいろんなことが断片的に脳裏をめぐる。

そして、はっと気づくとあたりはまっくらで、ぼくの体には毛布がかかっていた。
彼女はどこにもいなかった。

 灯りをつけると、鍋はあたためて食べてください、と簡素なメモが残されていた。
蓋をあけると温度を失ったシチューがさみしげに薫る。おたまですくって一口すすると、やさしく冷たい味がした。


 ヒナが倒れたと、ぼくらが知らされたのは翌日になってからだった。朝起きて、横山さんから電話を受けとったぼくは一も二もなく病院にむかった。

「ごめーん。やっちゃったぁ」

 駆けつけたぼくを見て、ヒナは、あははと力なく笑った。だれが見ても空笑いだ。

「大丈夫なの、ヒナ」

「うん。へーき。夜中は、なんでかすっごい熱が出てたんだけどね。でもいまは大丈夫。あと一日、入院しなきゃいけないらしいんだけど、検査と念のためってかんじみたいだし」

 待機中に車のなかで倒れているのを、早紀さんが見つけたらしい。だけどヒナは、根性できのうのスケジュールを乗り切った。

最後のミニライブでも、くるしい顔ひとつみせずに笑顔のまま歌いきったという。そしてふたたび車にもどってスタッフだけになったとたん、ヒナは崩れるように倒れこんだらしい。

 見上げたプロ根性だわ、と早紀さんはすこし涙ぐんでいた。

「……あーあ、でも、情けないな。せっかくのライブだったのに、お客さんに中途半端な歌、聴かせちゃった」

「ちゃんと歌えてたって聞いたよ」

「ううん、全然だめ。あたしは全然、納得してない」

 くやしそうに、ヒナが下唇を噛む。

「ほんとは今すぐ、練習しなおしたい。でも、体を治すのも仕事のうちだもんね。だから必死で我慢してるの」

 さっき腹筋してたら看護師さんに怒られちゃった、とヒナは頭をかく。

おとなしくしてなきゃだめだよ、と言ったぼくの声が思いのほか心配そうだったせいか、ヒナはもう一度、ごめんねとうなだれた。

「熱にうなされながらね、夢をみたの。3人でステージに立ったのに、お客さんも超満員でお膳立てはぜんぶととのってるのに、あたしの声が出ない。それだけじゃなくて、ゆずぽんとあっくんも、まるで演奏ができなくて、3人そろって真っ白になっちゃってるの」

「……それはこわいね」

「うん。こわい。あたしにとっていま、3人でバンドやれなくなることが一番こわいんだって、ひしひしわかった。目が覚めて夢だってわかっても、心臓がばくばくいって止まらなかったよ」

 ヒナの言わんとしていることがわかって、ぼくはうつむいた。

「ね、あっくん。あたしがんばるからさ。がんばって治して、ちゃんと歌うから。ぜったいぜったい、成功しようね」

 こんどは、空笑いなんかじゃなかった。はじめて出会ったときと同じように、屈託なく、ぼくらを信じたまなざしで笑うヒナを前にぼくは、うん、とうなずくのが精いっぱいだった。

 そして改めて思った。不安も、つかれも、あせりも、全部おしこめて笑えるヒナはやっぱり強い。


「……そういえば、ゆずるは来た?」

 連絡がいっていないはずはないのに、姿を見せない。病院へは、ぼくよりゆずるの家のが近いのに。

ヒナは唇をとがらせ、肩をすくめた。

「そろそろ仲直りしてやってよ。いい加減、ぼくもあいだに入るのはやだよ」

「あっくん、たいして仲裁しないじゃん」

 それはぼくがなにか言ったところでふたりとも聞かないから。というと、へそを曲げそうなので言わないでおく。

タニっちも言っていたとおり、ふたりはある意味でとても似ているのだ。

「だってさー、ゆずぽんって、めんどくさいんだもんなぁ」

「まあそれはね、あるけどね。でもあいつだって、寝ないでがんばってるよ」

「知ってる。これみよがしにSNSで曲づくりしてますアピールしててうざい」


 そうなのだ。ファンに向けてというよりも、ゆずるのそれは、たぶん口もきけない会うこともできないヒナへの精いっぱいのアピールだ。

 毒づくヒナに苦笑すると、ヒナもまた舌を出した。

「うそ。あたしもやっぱりゆずぽんのつくる歌、好きだからさ。ゆずぽんとあっくんがふたりでつくる音楽が好きで、大好きで、だからメンバーになったの。だから次に会ったら、ちゃんとあやまっとくね。いいすぎたって」

「メールしないの?」

「そこまであたしから歩み寄る義理はない」

 ぼくは声を出して笑った。

 不思議だ。ヒナと話していると、なんだか気分が軽くなっていく。なにも解決したわけじゃないし、むしろヒナが倒れたぶん、事態はどんどん悪くなっているような気がするのに。

「じゃあ、ぼくはそろそろいくよ。曲づくり、進めなくちゃ」

「うん。信じて待ってるよ」

 両手の拳をにぎってにかっと笑うヒナに、ぼくの口元も自然とゆるむ。

 そして。

 病室を出て、ふたたび苦笑いする。


 ひざを抱えてしゃがみこんでいるゆずるの肩を、ぼくはけしかけるようにぽんと叩いた。


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第8話 祭囃子は笑ってGO
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=76043740&comm_id=6186117


コメント(2)

私のバンドはね、いま活動休止してるんだ。またやりたいよ。
ヒナの笑顔や頑張る姿がひなまつりのメンバーの元気になっているんだね。
俺もヒナみたいな彼女ほしいなぁ。

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