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古寺巡礼コミュの豊楽の道 大阪8番 坐摩神社

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大阪の神社名でこの神社の名前を1度で云える人は少ないでしょう。
大阪、豊楽の道
(49)攝津國西成郡 摂津国一宮
坐摩神社(いかすりじんじゃ)
住 所 〠 541―0056 大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺3
電話番号 電話 06―6251―4792
御 祭 神 生井神 福井神 綱長井神 阿須波神 波比祇神
開 祀 神武天皇時代
アクセス 市営地下鉄御堂筋線「本町駅」下車 15番出口より徒歩3分
<神歴・縁起> H/P  http://www.ikasuri.or.jp/
式内社 攝津國西成郡 坐摩神社 大 月次相嘗新嘗 攝津國一宮
旧官幣中社
御祭神
生井神 福井神 綱長井神 阿須波神 波比祇神
5柱を総称して坐摩大神(いかすりのおおかみ)と申します。
 
坐摩大神(いかすりのおおかみ)は古語拾遺等によれば、神武天皇が即位されたときに御神勅により宮中に奉斎されたのが起源とされ、坐摩の語源は諸説ありますが、土地又は居住地を守り給う意味の居所知が転じた名称といわれています。
御神徳 住居守護 旅行安全 安産守護
御祭神の御神徳は往古より宮域を守る神であることから、居住地を守り給う住居守護の神、また行路の安全を守り給う旅行安全の神、安産守護の神等として広く信仰を集めており、御祭神の名義から流水、井泉の神であり竈神としても篤く奉斎されています。
安産の神としては、神功皇后が応神天皇の御安産を当社に御祈願になり、近くは明治天皇がお生まれになるとき特に宮中より御祈願があり、当社の秋季大祭当日(旧暦)に皇子が御降誕されました。
旅行安全の神としても、萬葉集に防人が旅立ちに際して坐摩神に行路の安全を祈願した歌が詠まれています。
にはなかの 阿須波のかみに こしばさし あれはいははむ かへりくまでに
(萬葉集 4350)
御由緒
 当社の創祀には諸説がありますが、神功皇后が新羅より御帰還の折、
淀川南岸の大江、田蓑島のちの渡辺の地(現在の天満橋の西方、石町附近)に奉祀されたのが始まりとされています。平安時代の「延喜式」には攝津國西成郡の唯一の大社と記され、産土神として今日に至っています。また、朱雀天皇の御代、天慶2年(939)以来祈雨11社中に列し、以後たびたび祈雨〔雨乞い〕のご祈請・奉幣に預かりました。
天正10年(1582)豊臣秀吉の大坂築城に当たり替地を命ぜられ、寛永年間現在地に遷座されました。現在の鎮座地名を渡辺と称するのも、元の地名が移されたもので、全国の渡辺や渡部等の姓の発祥の地でもあります。
旧社地と伝えられる石町の御旅所には現在当社の行宮が鎮座されています。
明治元年(1868)の明治天皇大阪行幸の際には当社に御親拝なされ、相撲を天覧されました。
昭和11年(1936)官幣中社に列せられた際に御造営された壮麗な御社殿は昭和34年(1959)に鉄筋コンクリート造で戦前の姿のままに復興されたものです。
生井神は、生々活発の井水の神。
福井神は、幸井・栄井で、繁栄の井水の神。
綱長井神は、釣瓶を吊す綱の長くして、深く清い井水の神。
阿須波神と波比祇神は、竃神とも云われ、
『古事記』によると、大歳神の子神。
波比祇神は、屋敷神と考えられ、庭の神。
阿須波神は、足場・足下の神。足の神であり、旅の神とも。
『和漢三才図会』では、
応神天皇3年11月、百済国辰斯王が叛し、紀角宿禰、羽田矢代宿禰を遣わして討たせた。その日に、難波の沼中に祭ったとあり、住吉と同社とし、
祭神に、神功皇后を加える。

境内社が並んでいる。右から、
相殿神社(春日,住吉,大神受美,猿田彦,大宮比賣,多賀,天御中主,産靈,直比,諏訪,事平,大歳)天満神社(菅原道眞)、大國主神社(大國主,事代主,少彦名)
繊維神社(天羽槌雄,天棚機姫)、大江神社(神功皇后,應神天皇,武内宿禰)
境内左手、社務所の西側に、二社。
火防陶器神社(大陶祇,迦具突智)
、稲荷神社(宇賀御魂)

火防陶器神社

三鳥居
奈良の大神神社にもある鳥居であります。こちらは石鳥居です。
由緒書
 生井神 福井神 綱長井神 波比岐神 阿須波神
 以上五柱の御祭神を総称して、坐摩神と申します。此の坐摩神は昔から住居守護の神、旅行安全の神、安産の神として一般から篤く信仰せられて居ります。住居守護とは人の住居に不慮の危害を防ぎ、居住する人々の安全息災をお守りになるのであって、此の意味で皇室に於かせられても、神武天皇以来今日に至る迄引続き皇居の守護神として此の神様を篤くお祭になり、一般の人々も古くは皆其の家庭の守護神としてお祭りしていました。
 旅行安全とは、人々の足の踏み立てる所は何処でもお守りなりますので、外出中或は特に遠くへの旅行などに思はぬ災難に遭わない様に守護せらるるのです。之に就いては萬葉集に旅行中の安全を坐摩神に祈る防人の歌が載っています。
 安産の神とは神功皇后が応神天皇をお生みになります時其の安産を
当社にお祈りになった故事により、安産の神として古くより知られています。近くは明治天皇がお生まれになります時にも、皇室から特に御安産の御祈願があり丁度当社の秋祭の日に御安産になったのであります。
 当神社は豊臣秀吉時代迄は今の天満橋南詰辺に鎮座せられ、摂津国西成郡(今の大阪城より西方一帯)の唯一の大社であり氏神でした。此の天満橋付近の地を渡辺と申していましたが、天正10年(1582)、豊公の大阪城築城に祭し廓外なる現在の地に御遷座になり、今ここの町名を渡辺町というのも元の地名を移したものであります。
 以上の通り当社は大阪に於ける最も古い、由緒ある神社であり、昭和11年(1936)に官幣中社に昇格されたが、昭和22年(1947)、制令で社格は廃止されました。しかし皇室の御安泰とともに氏子崇敬者の安全息災と隆昌発展を永久に守護せられています。

拝殿

                       神仏霊場 ご朱印

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