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自己満足な短編部屋コミュの空・・・好きか? 初花

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初花

 男はようやく一国一城の主になった。
(遅咲きの花か・・・それも仕方ない・・・)
 ビル街の屋上に男は居酒屋を開業した。
 ただ、その場所へ辿り着くにはいささか迷路のような細い路地を通らなくてはならない。
 不良物件とも言える立地条件だから、当然家賃も安く、屋上と言うこともあって建物もこれといって制限されることもなかった。
 いや、もともと何も無い屋上なのだから、これといった制限は無いに等しい。
 増築の手続きなどの法的問題も解決した。
 それというのも、男が昔旅をして回った時に知り合った男性が、不動産屋になっており、修行先の料亭で偶然の出会いを得たことから、今回の独立へと話が進んでいったのだ。
「貴方のお蔭で今の私があるんです!」
 記憶に無い事を色々言われたが、確かに顔には見覚えがあり、周りの薦めもあってその好意に甘えることにした。
 若い頃に旅をしていた経験から、心の大切さを感じるようになり、和の世界に興味を持つようになった事もあって、店構えは庵のような造りにしようと思ったのだが、純和風で造るには、かなりの費用が必要となる。
 所謂数寄屋造りなのだが、予算の都合上から、現実は昔話に出てくるような農民の家に近い建物になった。
 二十坪ほどの店内は一段高くなっていて、靴を脱いであがるタイプだった。
3人掛けのカウンターと座敷が2つに、囲炉裏が一つと、客数は多くても15人が限度だろう。カウンターと言っても、ようは座敷の延長のようなもので、板の間に座布団が引かれているだけのものである。
カウンター内は逆に一段低く、店主の目線と座った客の目線が同じになる造りだ。
一人で全てをするから、これくらいの規模が丁度いい。また、少ない席数は各席が適度な空間を作るので、気持ちにもゆとりが出来ることを意味する。
動くたびに後ろに気を使わないことは、精神的も気持ちがいいものだ。
(遅咲きの花で、初めて持つ店か・・・)
 そう思うと、名前も自然と頭に浮かんだ。
【初花】
 この名前は、実在する茶器の名前でもある。
 戦国時代に肩衝と呼ばれる茶器の中でも、初花は【天下三肩衝】と呼ばれる大名物の中の一つであった。
 肩衝とは、器の肩の部分が水平に張った茶入のことで、肩の部分から底の部分にかけて茶褐色の釉が流れて景色をつくっているもの言い、その中でも初花は『楢柴』『新田肩衝』に並び称されるほどの逸品であった。
初花は現在重要文化財に指定され、重要文化財としての名称は【唐物肩衝茶入れ 銘 初花】と呼ばれている。
 和の世界を好きになった男は、その流れから、当然古美術や骨董が好きになり、店内にもさりげなく和を基調とした古美術品がおかれている。
 不動産屋の男は、もっと立地が良くて安い物件を紹介してくれた上に、資金も出すと言ってくれていたが、身に覚えのないことで感謝されても気持ちが悪い上、繁盛店よりも常連を大切に出来るような店を望んでいたから、人があまり来ない隠れ家的な場所として、この立地が最適と思っていたので、十分満足していた。
 しかも、自分が好きな空が見える。
 残念なことに星は街の灯りで見えないが、空を近く感じれる事が嬉しかった。
(色々あったな・・・)
 そう思った時、不動産屋の男が店に入ってきて、開店祝いに酒を持ってきてくれた。
「開店おめでとうございます!これ、祝いですけど気に入って貰えるかな?」
 風呂敷をほどくと、そこに書かれていた名前は【菊理媛】
「こ、こんな凄いのはいいですよ!」
「いやいや、僕も飲みますから」
 1升5万円の日本酒2本。
「そ、そうですか・・・では、遠慮なく」
「貴方は忘れたと言ってましたが、私はあの日貴方に救われたことで、チャンピョンにもなれたし、生涯の伴侶に出逢うことが出来たのですから、これ位安いものですよ」
「なんか物件紹介やら、色々手続きまでしてもらったのに、却ってこちらが世話になりっぱなしですね」
「実はですね、代わりと言うと失礼とは思うのですが、この店を本物志向のお店にして頂きたいんですよ」
「それは素材や酒を吟味して、紛い物を扱わないってことですか?」
「ええ、せっかく良い造りのお店なんですから、変な若者でごった返しになって欲しくないんです」
「ご安心ください。私もそのつもりです。単価は高くなっちゃいますが、賃料も安くして貰えてますので、儲ける気も無いですから」
「流石ですね。私と同じような考えの友人を紹介させていただきますね。勿論接待に使うような野暮をしない友人たちですから、ご安心ください」
「玉城さんには、足を向けて寝れませんね」
 にこりと微笑んで、男は会釈した。
「貴方の料理の腕前なら安心です」
「恐れ入ります」
(感謝の気持ちで深々と頭を下げたのは、いつ以来だろう・・・)
 目から床へ雫が滴る。
「ほらほら、せっかくの初営業なんですから、何か作って下さいよ」
 玉城の目にも潤みが見られた。
「若い頃にあちこち放浪したので、素材に関しては自信があるんですよ!」
「それは楽しみだ!」
 2人だけの酒盛りは深夜まで続いた。
 菊理媛はすでに2本目の封が開けられており、それも残り半分を下回っている。
「当時の私は、お山の大将でした・・・」
 玉城は出逢った日を語り始めた。
「ヤクザに捕まり、別に死んでもいいと思っていた時に、貴方に助けられた・・・」
「もう、覚えてないですよ」
「そんな方だから、私は貴方が気に入ってるんです!」
「私から見れば、玉城さんは男気のある素晴らしい方ですよ」
 互いにハニカミながら笑いあう。
「なんか背中がムズムズしますね」
「まったくです」
 顔を見合わせて2人は笑いあっていると、店の戸が開いて、幼稚園位の子供を連れた女性が入ってきた。
「遅かったな!」
「道に迷ってしまったの」
「パパの地図が悪いのよ!」
 細身で背の高い女性と、小さな勝ち気の強い女の子は、花束を持ってカウンターに歩み寄った。
「主人がお世話になっています。お祝いで花というのもありきたり申し訳ないですが、どうぞお受け取りください」
「お受け取りください」
 小さな女の子が、ぺこりとお辞儀する姿は、どんな無愛想な男でも頬が緩む。
「これはどうもありがとうございます!お嬢ちゃんもありがとう!」
 男はこの家族の心に触れ、忘れていた思いが蘇ってくるのを感じていた。
 初花の初日売上8000円。
 つきだし3つ サービス
 刺身3種盛り合わせ1つ 1500円
 いくら丼1つ 1200円
 から揚げ 700円
 海鮮天ぷら5種 2000円
 揚げ出し豆腐2つ 1100円
 焼きおにぎり2つ 500円
 特選梅茶漬け1つ 1000円

 厳選素材を使ってこの値段は安いと怒られたが、これが正規料金だと言って微笑む以上は、何も言えなくなってしまった。
 いずれも天然素材や、厳選された素材であるばかりか、調味料も本物での値段だった。
 結局正規と言った手前、この価格が以降定着することになる・・・
悲しいかなこの時、男はこの料金設定のために、他のメニューも泣く事になるのを思いもしなかった・・・

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