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自己満足な短編部屋コミュの空・・・好きか? 3月15日 その12

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彩香は御猪口にお替りを催促したが、菊理媛は先ほど飲み干してしまったので、違う酒を進めたのだが、緑茶が良いと言ったので、店主はその準備を始めた。
 そのほんのわずかな間に、彩香は一つの疑問を光国に投げかけた。
「あの日・・・どうして抱かなかったの?」
 このタイミングで聞かれるとは思っていなかったので、思わず口に含んだ酒を吹きだしてしまった。
「どした?魚の骨でも引っかかったか?」
「あ、大丈夫!」
 おしぼりで口の周りを拭き、小声で彩香にささやくように言った。
「親父さん地獄耳だから、今度言います」
 言われて先日の事を思い出し、苦笑いを浮かべて彩香は小さく頷いた。
「地獄耳で悪かったな!」
 お茶を彩香へ渡して、にやりとしながら光国に言った。
「本当に良い耳持ってるよね」
「店内の会話は全て聞こえるぞ」
「凄い特技持ってるんですね!」
「御嬢さんにそう言って貰えると嬉しいね!」
 光国はやれやれといったふうに、首を左右に振った。
「なあ、光国」
「何?」
 光国はグラスを口に当てて酒を含んだ。
「なんで女性からの誘いを蹴ったんだ?」
 酒は勢いよく店主の顔へと飛んでいった。
「汚ねえぞバカヤロー!」
「親父さんが変な事言うからだろ!」
「勿体ないことしやがって・・・」
 おしぼりで顔を拭きながら、横目で彩香を見ると、恥ずかしげに俯いていた。
「見ろよ!彩香さん困ってるじゃないか!」
「あ、いや・・・すんませんね。どうも大分酒がまわったのかな・・・?」
「そんな謝り方ってあるの?」
「・・・そうだな、この通り!申し訳ない!」
 頭を下げる店主に慌てて、彩香は気にしないでと明るく微笑んだ。
「デリカシー無いのかよ?」
「お前、ワシがデリカシーって顔してると思ってるのか?」
「・・・思ってない」
「そんじゃ言うな!」
 彩香は大声をあげて笑いだし、場の雰囲気は先ほどと変わって、華やいだようになった。
「こんなに思いっきり笑ったのって、いつ以来だろ?ホント、いいコンビですよね」
 当人にしてみれば、別に笑いを誘おうと思っていたのではないが、傍から見ると漫才のように息が合ったボケとツッコミだった。
「せっかくだから、さっきの理由を教えてくれないですか?」
 酔いが醒めて来たのか、彩香の口調は穏やかな口調に変わっていた。
 活発なままだったなら、酔いに任せて言えないと断れたのだが、酔いが醒めても聞いてくるからには、ちゃんと答えなくては悪い気がして、思いっきり頭を掻きながら話す内容を頭でまとめながら、真面目な口調で2人に話し始めた。
「一つは付き合ってもいないのに、そんな関係になれるほど、俺は器用じゃない。もう一つは・・・」
 言葉が止まり、2人は息をのんだ。しかし、そんな中、店主は光国の微妙な変化に気付いていた。『僕』から『俺』へと、自分を指す言葉が変わったことだった。
その言葉を聞いて、店主は光国が彩香に対して、初めて心を開いたのだと気付いた。
 店主が今の光国との馴れ合いになる前は、同じように『僕』を使われていたからだ。
(御嬢さんは気づいてるのかな?)
 横目で見ると、その表情は真剣な眼差しで光国を見ていた。
(こりゃ〜解らんな・・・)
 詮索するのを諦めて、目線を光国戻した。
「もう一つは・・・抱いたら彩香さんは自分を余計に許せない気がしたから・・・今以上に苦しみを抱え、抱かれた事を後悔し続けそうな・・・なんとなくそんな気がしたんだ」
 僅か21歳の青年に、自分の奥底を見られた驚きを彩香は隠せなかった。だから認めたくないあまり、口調がきつめになって言った。
「どうしてそう言い切れるの?あの時はまだ、私の過去をしらなかったじゃない!」
 半ばヒステリックになり、彩香の頬を涙が伝う・・・
「言ったでしょ?無理してる気がするって。そして、悲しそうって・・・」
 確かにそう言われた記憶があった。それを知りたかったから、あの日食事に誘った事を彩香は思い出した。
「そっか・・・そう言われたね・・・」
 光国には次の言葉が思い浮かばなかった。
 ただでさえ人付き合いが少ないのに、女性の涙を間近で見るのは初めてだったからかもしれない。
 そんな光国を見て、店主が会話に割り込んできた。
「こいつも色々あって、こいつは自分なりに人と仲良くなろうと頑張ってるんですよ。だから相手の表情を見逃さないように、いつも真剣な眼差しで、相手の目を見るんです。目は口ほどにものを言うっていうでしょ?」
 店主の言葉を聞き、彩香は妙に納得させられてしまった。
 光国の過去を知ったから、頭にその状況が思い浮かぶ。結果、収まりつつあった彩香の涙をさらに多く流すことになった。
「俺の為に泣いてくれてありがとう・・・凄く救われた気がします。彩香さんは俺に温もりを教えてくれた初めての女性です!」
 誰かに感謝される・・・これは自分が苦しんでいる時、どれほど心に力をもらえることだろう。彩香は光国から、その一言で大きな力を貰えた気がした。
(生きていても良かったんだ)
 病から婚約破棄を言い渡され、自分の存在価値を見失った彩香にとって、光国の存在が心の中で大きく変わってしまった事は、この時の彩香はまだ知る由も無かった。

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