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日記コワイアルコミュのきみにそれを伝えられないのが残念だ。

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祖父が死んだ。
ちょうど大学の試験期間だったため、一週間後に報せを受けた僕は、通夜にも葬儀にも参加できなかった。
線香を上げるために祖母を訪ねたところ、一通の封筒を渡された。

「あの人がね、『わしが死んだらコウに渡してくれ』って。中になにが書いてあるかは聞いても教えてくれなかったわ」

ため息混じりに話す祖母は、わずか一週間で十歳ほども老け込んだように見えた。
自分のアパートに戻り、封を開けると中から出てきたのは一枚の地図。ある一点には朱でバツがつけられている。
ここに行けということだろうか。図中に記されている町名を調べると、うちからはバイクで二時間ほどの距離のようだ。


次の日、僕はその場所に向かっていた。
試験の終わりは長期休みの始まりでもある。
なにもなければそのまま旅行に切り替えるつもりで二、三日は家に帰らない用意をしてきた。
古ぼけた地図とスマートフォンの最新の地図を見比べながら進む。
地図が描かれたのがいつかはわからないが、当時から道がだいぶ変わっているようで、結局着いたのは日も暮れかけたころだった。

印の場所にあったのは庭付きで大きめの、年季を感じさせる屋敷だった。大きいと言い切るには慎ましやかな大きさだが、周りの民家に比べるとこの家の持ち主はこのあたりでは名士であろうことが窺えた。
ところどころ錆の浮いた鉄製の門扉に近づき、表札を見ると瓜生とある。
記憶によれば勘当同然で家を飛び出た祖父の実家が、この姓だったはずだ。
だとすると、ここは祖父の実家なのだろうか。
やはり古びた木製の柱には『この門を潜ると、きみは不思議な体験をするだろう。最期にきみにそれを伝えられないのが残念だ』と書いてある。いったいなんのことだろうか。
柱とは対照的にまだ真新しいインターフォンを押す。ザッというノイズが走り、通じたことがわかる。

「すみません」

「はい」

「私、春日幸樹と申します。祖父の遺言状にこちらに伺うように書いてあったので参ったのですが」

嘘だ。そんなことは一切書いてない。だが、そうでも言わないと説明が面倒だった。

「――少々お待ちください」

五分ほど経って、扉が内側に開いた。
中に入ると、小柄な老婆が立っていた。

「あの――」

「幸樹様ですね。お待ちしていました。わたしはトシと申します。中へご案内いたします」

トシはそう言うと、玄関に向かって歩き出した。僕は慌ててそれに着いていく。
話しかけようとしたが、トシの背中はそれを許してくれそうになかった。


屋敷の中に上がると書斎に通された。これくらいの屋敷なら応接間くらいありそうなものなのに、なぜ書斎なのだろう。
疑問をそのままぶつけると、トシは「この屋敷はもう幸樹様のものですので」と答えた。
お茶を用意するといって部屋を出た彼女を見送り、部屋の奥に窓に背を向けるような格好の革張りの回転椅子に座る。椅子の前に置かれた机は重厚感のある木製で、素人の僕が見ても一目で高級だとわかった。

なにげなく引出を開けてみる。
ガタンという音がして、気がついたら床に仰向けになって天井を見上げていた。
身を起こすと咳が出た。派手に打ちつけたようで、体の節々が痛む。
どうしてこうなったのかは、椅子を見た瞬間に理解した。
椅子の足と座を繋ぐ軸が半ばほどで折れているのだ。
立ち上がろうとし、机に手をかけたときに気づく。

引出の側面の半ばほどに『この引出を開けると、きみは転んで体を強かに打つだろう。最期にきみにそれを伝えられないのが残念だ』と書いてあることに。

気味の悪さに立ち竦んでいると、トシがお盆にお茶を載せて戻ってきた。

「あらあら、どうなさったんですか」

その言葉に我に返る。

「あ、いや。すみません。座った拍子に椅子が壊れてしまって。……弁償します!」

「いやですねぇ。なにを仰るんですか。この屋敷のものは全て幸樹様のものですよう」

トシがころころと笑う。

「もう少ししたらご夕食の準備ができますので、それまでお待ちくださいね」

夕食を終えると、風呂に入ることを勧められた。
この屋敷に長居するのは躊躇われたが、思っているよりも体は疲れていたのか、暖かい風呂の誘惑には抗えなかった。
浴室に入ると冷えたタイル地に水場特有の黴の臭いがした。
浴槽のふたを開けると、熱い湯気が室内に立ち込める。
しゃがんで桶に湯を汲み、体にかけようとしたところでふと気になり、桶の底を覗き込んだ。

『この桶に汲んだ湯を浴びると、きみは全身に大やけどを負うだろう。最期にきみにそれを伝えられないのが残念だ』

恐る恐る手を伸ばし、人差し指の皮一枚で湯に触れてみる。
指の皮の下に針を数本まとめて刺し込まれたかのような灼熱感とともに痺れる。
もしこんなものを頭からまともに被っていたら、大やけどは免れなかっただろう。最悪、その場でショック死していたかもしれない。
蛇口から冷水を出し、湯を埋める。その間、他になにも書かれていないかチェックをする。
どうやらこの屋敷では、書かれている文字のとおりの行動をすると、結果までがあらかじめ決められてしまうようだ。
適温の風呂で疲れを癒し、髪も充分に乾いたところで、トシに寝室まで案内してもらう。
リュックを乱暴に放り、ベッドに腰掛ける。
不意に襲ってきた睡魔に違和感を覚え、周囲を見回すとベッドのフレームに文字が記してあるのを見つける。

『このベッドに腰掛けると、きみは耐え難い睡魔に襲われ酷い悪夢に苛まれるだろう。最期にきみにそれを伝えられないのが残念だ』

内容を理解したころにはもう、意識は闇に落ちていた。


目を覚ますと、もうすっかり朝だった。どこかに隙間があるのか、閉めきられた鎧戸から光が差し込んできている。
変な体勢で寝続けたせいか首が痛い。内容は覚えていないが、文字に書いてあったとおり酷い夢を見たようで、気分も最悪だ。
体内時計をリセットするため、日差しを取り込もうと鎧戸を開ける。
途端、鎧戸が丸ごと外れ、勢いよく滑り落ちていく。
開けるために指をかけていた僕は、自然と引きずられるようにして宙を舞った。
全身が冷え、心臓が縮んだような気がする。まずいことが起きていると確信できた。
ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
焦りによって息が詰まる。
逆さまになって落ちていく視界の中、鎧戸の外側に書いてある文字が、なぜかそこだけ鮮明に見えた。

『この戸を開けると、きみは真っ逆さまに地面に叩きつけられて絶命するだろう。末期のきみにそれを伝えられないのは非常に残念だ』

その文字からは読むものを馬鹿にし、嘲り、見下し、傷つけようとする悪意が透けて見えた。

畜生!
誰だか知らないが、こんなやつの思い通りになって死ぬのなんてごめんだ!

自分がどうなっているのかもわからない状態で無我夢中で手足をばたつかせる。
肩が抜けるような衝撃とともに落下が止まる。
どうやら新築されたガレージの屋根に運よく引っかかったらしい。
きっと、あの文字が書かれたころにはこのガレージはまだなかったのだろう。
ざまあみろ。


そう悪態をついたところで、目が覚めた。
全身が汗にまみれていて気持ちが悪い。
僕の荒い息遣い以外に物音一つしない中、状況を把握する。
ああ、今までのがすべて文字に書いてあった悪夢だったのか。
ベッドに肘を突いて身を起こす。




「どうかなさいましたか、幸樹様」

心臓が、口から飛び出すかと思った。
いつからいたのかわからないが、枕元にトシが立っていた。
跳ねた心臓を宥めるためにトシから目を逸らし、深呼吸をする。
落ち着いてからよく見ると、ベッドに突いた側の手の指先のあたりに眠りに落ちる原因となった文字があった。


『このベッドに腰掛けると、きみは耐え難い睡魔に襲われ酷い悪夢に苛まれるだろう。最期にきみにそれを伝えられないのが残念だ』


その先に、さらに文字が続いていることに気づく。


『悪夢から目覚めると、きみは枕元に立つ老婆に気がつくだろう。



老婆に気づくと、きみはその手に包丁が握られていることにも気がつくだろう。包丁に気がついたとしても、きみはもう……。



断末魔のきみにそれを伝えられないのが残念だ』

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