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「小説の書き方」コミュの小説・桃太郎?

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「小説・桃太郎」
       20×20   金沢京子
小さな村のはずれの山あいに、とても気のいい老夫婦が住む小さな家が建っていた。家といっても小さなかまどがひとつあるだけの土間に、6畳ほどの板の間があるだけの簡素なものである。風が吹けば、家は傾き、隙間だらけの板張りの壁はミシッミシッと音を立て風を通す。ただ雨風が防げるだけな小屋と言ったほうがいいようなしろものである。
貧しいながらも、互いを思いやる心を忘れずにいるせいか、これまで大病もしなかったことを幸せに思うと同時に、毎朝、山の神様に感謝していたから、毎朝起きては山にむかって手を合わせるのだった。
「今日も、1日が始まります。山の神様、お天道様、本当にありがとうごぜいます」
その家の前には夫婦が開墾したわずかばかりの畑があり、それで作る粟やキビ、そして野菜が全財産といったようなところである。それでも、その時分はそれがごく普通の暮らしぶりであったから、老夫婦はなんら疑問にも思っていなかった。ただ後悔することがあるとすれば、子がないことであった。なので毎年が同じことの繰り返しとなった。
「おじいさん、川に洗い物をしにいってきますよ」
そういうと、おばあさんは籠にわずかばかりなつぎはぎのある質素な衣類と木で出来た食器をいれると、その籠を背負った。家には井戸もないので水筒代わりの竹の筒もその籠には入っている。なので洗濯ひとつするにも少し離れた川まで歩いていかなくてはならなかった。
それでも今日のようなジリジリとした真夏日には、川で冷たい水をたんまりと使い洗濯をして、そしてゴクゴクと飲み、最後に河原で水浴びをし、体を清めるのがおばあさんのささやかな愉しみでもあった。
「気をつけていっておいで。昨日の雨で川も水がいくぶん早くなってるかもしれんから」
「はい、おじいさんも滑りますから、足元に気をつけてくださいよ」
 長年連れ添った夫婦は、いつもそうやって互いにやさしい気使いを見せていた。
それからおじいさんのほうは、背負子を背負い裏山に向かう。山の手入れとしての芝刈りをした後で、煮炊きに必要な小枝を拾い、林で涼み、山の湧水をゴクゴクと飲み、体を洗い清めてから家に戻るのだった。また、山の小川にしかけておいた籠には、川魚だけでなく、どじょう、たまに立派なウナギなどがかかっていたりするので、それも楽しみであり、それだけで幸せを感じていた。
 
細い田のあぜ道を通りながら、おばあさんはいつものように川に向かった。途中、村の子供らがたわわに実った稲穂の間を走り回っては、「つかまえた!」「おらも!」と大声で叫びながら、それを小枝に刺しては捕獲の数を競うのだった。大切な稲を食べてしまうイナゴ取りに夢中になっているのを見かけては、微笑ましいことだと思った。いずれ炭で焼いて食らうのだとしても、イナゴ取りに夢中になって田で転び、せっかく育てた稲を倒してしまって親から大声で叱られている様を見れば、子なりに田を守ろうと頑張っているのに可愛そうにと思う反面、やはり働き手がある、あるいは田があることが羨ましいとも思うのだった。
 もっとも役たたずな山のセミは、世の中のすべてをあざ笑うかのようにジージーと、けたたましく鳴いている。しかしながら一度飢饉でも起こればやかましいセミも人間の胃袋へと消えてしまうのである。
 細く曲がりくねった道をおばあさんの足で一刻も歩くと岩肌を削って出来た亜久里川についた。川幅は12尺ほどあり、川の流れはいつも勢いがあった。河原には、大きな石がいくつもあって、その中でも一番平らな石が、皆の洗濯板代わりになっていた。いつものように、まず持ってきた衣類を水に湿らせ石の上で叩くように汚れを落とし、それを再び川の水ですすいでから、硬く絞ると真夏の太陽に熱せされた石の上に広げて並べて置く。四方に飛ばないように小石を乗せるのがコツである。
洗濯を終えてから、持ってきた器などを洗い、そして体を清めるために行水などを楽しむ。そうしている間には、あらかたの洗濯物は乾いてしまうのだった。
おばあさんは、ひととおり気持ちよく終えると、いつものように持ってきた竹の筒に水をゆっくりと汲んだ。足元では鮎などが元気に泳いでいる。
「おお、魚も大きく育っておいしそうだこと。今度、おじいさんに魚も捕って貰って、燻製にしましょうかね。さぁ、洗濯ものが乾くまでもう少し待ちましょうか」
と、ゆったりと石に腰かけ一息つき、何気に川面を見ていると、上流から見たこともない大きさの桃が流れて来るのが見えた。
「おんや〜、まぁ〜、あれは〜、なんじゃろ。桃かいね〜っ。この山に桃の木なんかあったかいね」
 その疑問の答えを待つまでもなく、赤みを帯びた一尺ほどもある桃は、おばあさんの近くにまで流れて来て、拾ってくれといわんばかりに、その場でくるくると回転しているのだった。
「こりゃまた、不思議な。まるで生きてるような桃だこと。そうだ、おじいさんに見せてあげよう」
 そう思ったおばあさんは、その桃を拾いあげた。ところが、
「こりゃまた、随分と重い桃だわな」
さらに不思議な事に、冷たい川を流れていたのにもかかわらず、桃は、ほんのりと温かみがあったのだった。
「まずまず、こんな桃、見た事ないわ」
眺めてみたり、触れてみたりしているうちに石のうえに並べておいた洗濯ものも乾き、おばあさんは夕食の支度に家に戻る事にしたのだった。

日の傾きかけたあぜ道を、家に向かって桃を抱えたおばあさんが歩いていると、昼間見かけたイナゴ取りに夢中になっていた子供らの姿はすでになく、イナゴの代わりにたくさんのトンボがスイスイと気ままなランデブーを楽しんでいた。
背負い籠には竹筒に入った水、その上に乾いた洗濯物を乗せるのである。そして両手に抱えた桃を、エッチラコッチラと重そうにのろりのろりと運ぶおばあさんのおかしな姿を見て、竹のばあさんが声をかけた。竹というのは名ではなく、竹やぶの近くに住んでいるからそう呼ぶのであり、下民に名などはない。
「おやまぁ、奥のばあさん、随分と大きい桃だこと。この近くに桃の木なんか、あったかい?」
一方の奥のばあさんというのは、少し人里から離れた山奥に住んでいるから、奥と言うのだ。
「いやいや、この山に桃の木があるなんて聞いたこともないで。たいそう、たまげただ。なんとも川で休んでおったら、桃が流れてきたでぇ、拾ってくださいといわんばかりに、足元でクルクルと回りだしたんだぁ」
「そりゃあ、驚いたべ。しかし儲けもんしたなぁ。おらも明日、川にいってみるべか」
竹のおばあさんは、近寄って大きな桃を撫でながらそう言った。離れていても桃の甘い香りが漂っていて、喉も乾いているから余計においしそうでたまらない。おばあさんはそれに気がついてはいたが、おじいさんに先に見せなくてはと思っていたから、とぼけた。
「それに、こんな大きな桃だで。食ってしもうたら、この種を家の横に撒いて育ててみようかと思うだ」
そうおばあさんが言うと、手の中の桃はピクリと動いたようだった。
「それは、重ねて儲けもんなことだわね。おらの竹藪ではしつこく根が生えているで、何も植えることも出来ねえだ」
「それじゃあ、おじいさんが待ってだで」
そのうれしそうな後ろ姿を見ながら、竹のばあさんはつぶやいた。
「桃を今から寄って食うていけと、言わなんだが、あげな大きな桃、もったいなくてすぐには食わんだろうし、どうせ二人で食いきれまい。明日にでも寄らせて貰って、少し食わせて貰うべな」
 と舌なめずりをしたのだった。

 おばあさんが家につくと、おじいさんは拾ってきた乾いた小枝をわらで束ねているところだったのだが、ぷぅ〜んと桃のたいそう強い甘〜い香りに思わず振り向いた。
「おんやまぁ〜。ばあさんや、それはまさか桃だがね。たいそう大きな桃だこと〜。どうしただ」
「川で一息休んでおったら、どんぶらこと流れてきただよ」
そういうと、薪割り用の切り株に、ヨッコラショと、その大きな桃を置いた、
「まさか!だってあの山に桃の木があるなんて聞いたこともないで」
「そうなんだで。もしかしたら、どこかの国のお偉い方が、ここの国の者に送り届けようとしたものを、間違えて川に落としたのかねぇ。それにしてもこんなに大きな・・・」
「どれどれ。そんな偉い方の桃を食べてしもうたら、首切られるかもしれんで」
「どうしたもんだべ」
怖がるおばあさんの顔を見ながらも、確認の為に、おじいさんが桃を持ち上げた。首を右、左と曲げてその桃を見るが、少し暖かいものの、大きいというだけで普通のおいしそうな桃であった。
「おやっ?だけど、随分と温かい桃だ。腐りかけか?」
「まだそういう匂いではないだが、あげな冷たい水から拾ったばかりだのに、ずいぶんと温いんでたまげたところよ。しばらくは足元でクルクル回ってたし、まるで生き物みてえだ」
おじいさんは、その甘い特有の香りをひととき楽しむと、ふたたび切り株の上に置いた。
「ばあさんよ。いずれにしても、こんな見たこともない立派な桃を、まさかおら達だけでいただくわけにもいくまいで」
「んだ。バチが当たるだ。んだで一晩待ってみるべ。その間に持ち主が取りに来るかもしれないだし。さっき竹のばあさんにも会ったで、一人占めもできん。丁度いい。みんなに声かけして食べたらいいべ。皆で食えば、偉い方が桃を探しに来たときも、誰ひとり食うたとは言えずに黙ってるで。私たちは残った種だけ家の横に植えさせて貰えば、また実のつく事もあるでね」
また桃がピクッと動いた。おじいさんは両手をパンッと叩くと、
「それは名案。楽しみが出来ただな。桃栗3年、柿8年というだ。ばあさん、それまで元気に働くべぇ」
「んだね、おじいさん」
おばあさんも自分の言い分が通ったことをほこらしげに思いながら、桃をふたたびヨッと抱え、それを家の土間の隅に隠すように、そぉっと置いたのだった。
そしてその桃にも両手を合わると、
「山の神様、お天道様、こんな立派な桃をありがとうございます。明日、村の者らとありがたくいただきますで」
この夜は、甘い香りが小さく粗末な部屋いっぱいに漂っていた。それだけでもたいそう幸せな気分に浸れたのである。
この老夫婦は偉い人が突然、この香りを嗅ぎつけて桃を取りに来ないことを願いながらも、皆が喜んで桃を食べる様を思い描きながら、あまりに立派な桃を拾ってしまったという問題が解決したことに安心した。そして洗い立ての着物だけの格好で、1日を今日も無事に終えた感謝と共に、二人並んで板の間の横になると、たいそう穏やかな顔ですやすやと眠りについたのだった。
空には星が煌めき、大きな大きな三日月が低く出ていた。そのせいか、いつもよりはいくぶん暗い部屋の土間に置かれた桃は、やわやかな光を放ちながら、ゆっくりと点滅していたことを、この老夫婦は知ることはなかったのであった。

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