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石原莞爾平和思想研究会コミュの満州独立国に対しての石原莞爾の意見

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満州事変勃発当時、私は作戦面を受け持つ関東軍参謀であったが、私は満州の独立を主張した1人である。私が満州の独立を主張したのは2つの理由からなっている。即ちその1つは、軍人的見地からして東亜防衛の根拠地としての満州より出発している。

日本はソ連の南下に極めて重大な関心を有するものであるが、張作霖・ソ連戦争にもみられる通り、当時の満州実力者の防衛力は極めて手薄であった。他の一つは、主として政治的原因によるもので、この点中国人の方々は知れないが、当時中国と日本人とは連続的に紛争が絶えず、中国本部ではしばしば日本との政治的、経済的親善が反対された。

ところが、満州はその歴史的関係においても日本と非常に密接である。したがって満州を中国本部から切り離すことは日支間の紛争を少なくし、さらに日支提携を促進することも同地をソ連に対する防衛力としてその基礎を固めることができると考えたからである。

この私の見解は、在満中国人の同意の上で実行に着手されたわけである。ことわっておくが、自分の考えとしては、これが実現すれば、在満諸民族は全く平等とし、満鉄、旅順、大連は即時満州国に返還し、中国にある日本のあらゆる政治的権益は無条件で中国に返還する意向であった。

かくすことによって日満共同してソ連に対抗できるものと考えたからである。しかし、私のこの主張は実現しなかった。満州国独立の結果は、日本人が満州を独占して他民族を圧迫し、建設そのものたくさんのビルディングを建設したのと、鉄道を敷設したにとどまった。産業開発もまた期待を裏切った。私は在満中国人に対する約束を裏切った。

この意見において私は立派な戦争犯罪者である。私はこれら独立に協力した在満中国人に対しすまなかったと考えているし、ただ中国人の当局者がこれらの人たちに広大な態度を持って臨まれるよう希望するのみだ。私は満州国独立に対しては以上のような意見であったから、溥儀氏を皇帝に押すことに関しては何らかの関心を持っていなかった。

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