石原莞爾平和思想研究会コミュの石原莞爾将軍との出会いと忘れ得ぬ人々（中）2

◎稲葉秀三氏

　石原将軍と蒋介石側の密使役を務めた豪傑

――次に、稲葉秀三さんについて……。
武田　この方は豪傑ですよ。将軍が亡くなられたずっと後のことですけれども、稲葉さんから「伊豆で村づくりやるから一緒にやろう」と熱心に誘われたことがありました。僕は「西山を離れる意思がない」と断った。あの人は中国で中国人の女性と結婚して子供さんも二人いたのかな？　日本が戦争に負けた後、将軍と蒋介石側との連絡を相当やっていたのです。
ご存知のように、将軍は蒋介石とは非常に意思が疎通しておったんですね。将軍が参謀本部戦争指導課長の頃、昭和10年(1935年)11月に北支視察に行っている。蒋介石のほうから「駐米大使の胡適に会ってくれ」という申し入れがあった。胡適はその時アメリカに行っておって、もうすぐ帰国するというので将軍も一応「それなら会おう」ということになった。
ところが胡適は船便の都合で遅れるという。将軍はそこまで待っておれないというので北京大学の鮑明帖淵曠Ε瓮ぅ吋鵝剖擬・伐饕未垢襪海箸砲覆辰拭・峙・・話羚颪鯊緝修垢詢・譴任・蕕譴襪・⊆・・六暇屠槁瑤琉豌歡垢鵬瓩・覆ぁ・筝朕佑琉娶・世・帖帖廚帆庵屬④靴橡・Х昞颪力辰・蘋發④・海靴討諭｣
――どういう内容ですか？
武田　つまり、「満洲建国は日本民族の独占じゃないんだ、五族協和の永久平和を目指す国家として建国されたものなんだ。それを中国側が認めてくれるなら北支に進出している日本軍は一刻も早く満洲に全部引揚げさせる。そればかりでなく、上海とか天津にある日本租界その他、先進国が中国にもっている諸々の特権は全部中国に、他の先進国に先んじて返還して中国が近代的独立国家となるために全面的に協力するのが我々の考え方だ」と言ったら、鮑教授がビックリしてしまった。謙遜な態度で確信に満ちた理路整然たる日中提携論ですからね。
――石原将軍らしい、考え方ですね。
武田　満洲はもともと満洲民族の土地でしょ。清朝になってから満洲民族が中国を統一して一体化したんであって、もともとは中国の土地じゃないですからね。そういうことまでは言ってはおられないけれども、そういう背景から考えても誠に整然たる話の内容ですね。
鮑教授はビックリして「私は即答できない。ちょっと待ってくれ」と言って南京の国民党本部へ電話する。すると蒋介石は「即答しないように。ここにおる中央委員を集めて相談するから」と言って、相当時間をかけて電話で返事が来たらしいです。それは「もう石原莞爾さんのおっしゃる通り、ここにいる国民党員は全員賛成だ」という喜びに溢れた返事だったということになっています。
――そうですか。ところが、石原将軍の考えのようには事実はいかなかったですね。
武田　しかし、その後、建国大学ができた時に鮑教授と親友の蘇益信の二人が建国大学の教授として来ておりますからね。こういうことは蒋介石主席の承認なしにはあり得ないことです。
――そうでしょうね。
武田　「満洲建国が将軍の言った通りであれば、満洲建国は承認する」と蒋介石自身が言ったわけですから、蒋介石と将軍の間に明確な黙契があったわけです。日本が負けるという時に、将軍としてはその約束を日本側がちゃんと守りさえすれば蒋介石は日本とアメリカの間をとりもってくれる。日本が負けないうちに和平が結べるという核心はあったと思います。
――昭和20年(1945年)3月の繆斌（ミョウヒン）和平工作も、その一環ですね。
武田　そういうことの関係で稲葉さんは将軍の側と蒋介石の側とを命がけで密使として連絡をとったものであるらしい。彼は柔道も強いしね。

牛島辰熊氏に鍛えられた空手の達人・?寧柱氏

――体格が良かったようですね。
武田　これは余談ですが、稲葉さんの一杯飲んだ時の話だ。「?さんというのはすげえんだよ。喧嘩になってね、あいつは空手で僕を殺そうとしたんだから」と言ってね、僕は「どうなったの？」と聞き返した。「君の拳骨というのは俺たちの合口に似たようなものだ。俺は素手なのにお前はちゃんと合口持って俺を殺すんだろう。不公平だ。こういう果たし合いはいかん」と注文つけた。僕はその時「?先生はどうなされましたか？」と聞いた。そしたら?先生は「うん、そうか」とだけ言ってさっさと向こうへ行っちゃった、と。稲葉さん曰く「それで今、私は生きているんですよ」と（笑）。
――?寧柱先生は、若い時には相当筋肉マンだったようですからね。
武田　稲葉さんも?先生に負けないくらいの身体でね、相当向こう気の強い人ですよ。
――同様の体格の持ち主に、牛島辰熊さんという方がいましたね。
武田　牛島さんは熊本の人。京都の福島清三郎先生がやっておられた義方会道場で柔道を教えておられた。?先生も牛島先生にはだいぶ鍛えられたらしい。賀茂川に裸で入って水ごりをとるんだ、と。「牛島先生は入らないで僕らだけ入れるんだ」とか意地の悪いこと言っていたけれどね。しかし?先生はとびぬけて強かったらしいですね。あの頃は「木村の前に木村なし、木村の後に木村なし」と言って木村という天才的柔道家がおったらしい。
――力道山と対戦した、あの木村政彦ですね。
武田　ええ、あの時は力道山の空手チョップでやられてしまった。もう一人、東京に空手の道場がありましたよ。これは世界中に弟子がおってね。

?寧柱氏の後輩、極真空手の大山倍達氏は義理堅い人だった

――極真空手の大山倍達ですね。
武田　そう。この人は、?先生のずっと後の後輩で、将軍が生きておられた頃に?先生が西山に連れてこられた方ですよ。その時は衝立（ついたて）のような大きな身体でね。?先生は小柄ですからね。
その大山さんが、僕にこう言った。「武田先生、僕は今、拳骨で牛を張り殺す練習をやっている。そのうち東京の野球場に1万人の人を集めて牛を殺して見せますから、その時は上席をとってご招待しますから」と。僕は「そんなことしなくてもいい」と言ったら、「いやあ、ぜひ見てもらいたい」と。結局、大山さんは千葉の海岸でやったらしい。本人もケガをしたらしいですが、日本全国で結構、牛を殺したらしいです。
――その後、熊ともやったそうですね。
武田　外国でも有名になりましたね。義理堅い人で、ずっと年賀状を寄こしました。亡くなるまで連絡もありました。僕が上京した時に、毛利松平という自民党の代議士を紹介してくれた。毛利さんという方は慶応大柔道部の黄金期のキャプテンですよ。この方は国会でも乱闘騒ぎになると陣頭立って行くような人でした。どういうわけか僕のやっている「新農政」が非常に好きだった。彼自身も研究会を持っておって、僕はそこに何回も呼ばれた。
毛利さんと大山さんは親友中の親友。この二人がある時会ってね。「武田さんというのは共通の仲良しだから、一辺武田さんを呼んでご馳走しようじゃないか」ということになった。そしたら毛利さんが、「武田先生はご馳走なんか食わないよ」と言ったと言うんだ。料理屋などに呼んだら、とたんに「会わない」と断られるに決まっておるからというので、霞ヶ関駅近くのそば屋で食事することになった。僕がそば屋に行ったら、二人はもう待っているわけですよ。「よく来て下さいました」と言って懐かしい話を色々しました。
帰りは大山さんのお弟子さんがわざわざ自動車を呼んでくれて、恐れ入ったものです。何百万もの弟子を持っている方が、ああいう風に礼儀正しい。驚きましたね。将軍の生きておられる頃、?先生に連れて来られたあの若者が、こんな偉い人になるとは思わなかったですよ。
――大山さんが石原将軍とお会いしたのは、何回ほどありますか？
武田　確か、初対面の1回だけです。
――大山さんが真剣勝負の格闘技にいどむキッカケとなったのは、石原将軍の「身に寸鉄を帯びず」、つまり人間にとって究極に使えるのは拳だけだという信念で空手の新たな新境地を開拓されたようです。

　道場破りの兵者を一撃の下に撃退した?寧柱氏

武田　大山倍達さんのことで印象に残っていることが、もう一つあります。それは?先生がいかに凄かったかということですが、倍達さんが大先生になった後からの話ですが、「?先生には歯が立たない」と言ったことを覚えています。
京都の福島道場時代のこと、ある時、道場破りが他流試合を申し込んで来たんだそうです。沖縄の人で柔道六段、空手七段だか八段かの物凄い奴だ。皆な手合わせしたくないんだな。「木村の前に木村なし」と言われたあの木村政彦も怖気づいたのか、そっと居なくなってしまったらしい。そこに?先生がプラッと外出から帰ってきた。「ああ?先生、ちょうど良いところにお帰りになった。道場破りが来て困っているところだから立ち会ってやって下さい」と皆が懇願する。「何だ、俺がやらんでも君たちがやればよいではないか」と?先生が言ったら、「いやあ、あんなおっかない奴とはやりたくない」と皆口を揃える。
?先生は仕方なく立ち会うことになってしまったんだが、ちょっと相手に触れたら向こうは気絶してひっくり返ってしまった。「なあんだ、大したことねえじゃないか」と一言、そのまま?先生は自分の部屋へ行ってしまった。後で福島先生の弟子たちが集まって「何であんなに気絶させることができたのだろう」と随分長いこと議論した。判らないんですよ、何で気絶したのか、その理由が……。
そこで皆がこうだろうと言って出した結論は、「胃からスーッと相手の金玉をこうしゃくってギュッ！とやったら、相手はたまらずこうなるでしょう。同時に額でこう突き上げたんだ、と。しゃくると同時に相手のここ（鼻）を突き上げた。だから、鼻血を出してひっくり返ったんだろう、と。
――それは、禁じ手ですね。
武田　大山さんは?先生にこの時のことを「どうしても判らないから、参考までに教えて下さい」と聞いたそうですよ。「皆で色々と研究したところでは金玉をしゃくって額で鼻のところを突いたのだろうということになったのですが、それでいいですか？」と。そしたら?先生は、「瞬間的にやったことなんだから判らんよ」と答えられたそうです。大山さんは「?先生は底知れないところがあります」と言っていましたね。だから、若い頃の大山さんから見ても、?先生というのは神秘的なところがあったらしいです。
――牛島さんは昭和19年(1944年)の東條首相暗殺計画に絡んで拘束されたということですが、何かご存知のことは？
武田　聞いたところによると、将軍は東京法務局に呼ばれた。軍閥をやっつけるという計画ですから、「背後に石原がおるんだろう」ということになって呼ばれた。将軍は国民服に下駄履きで行った。「石原は軍閥ということを盛んに言っておるらしいが、一体誰のことを言っておるのか」と詰問された。「軍人で、勅諭に反して政治に干渉するものは皆軍閥である」と即答した。そしたら軍法会議の法務官たちが二の句がつげなかった。和田勁先生からだったかな、この話を聞いたのは……。結局、あれは「無罪放免」でご破算になったんです。