石原莞爾平和思想研究会コミュの石原莞爾が推薦した男

１５日正午、無条件降伏の大詔煥発と同時に、石原莞爾の家は、にわかに活気立ってきました。憲兵も、特高もどっちへついていいのか、とまどった形だったのですが、この間に、各方面からの密使が、ひっきりなしに、出入りしました。敗戦後の跡始末をするため、東久邇稔彦宮が、内閣組織の大命を拝した。組閣本部からは、電報がくる、使いがくる。

今まで圧迫をうけていた東亜連盟の会員たちは、鉄鎖から放たれたように、石原莞爾の身辺へかけつけてきます。石原莞爾の理想が今にも実現するかのごとく殺気だってきます。風雲早くも、鶴岡市の一角にうごき、石原莞爾が中央へのり出すのではないかと、ざわめき立ちました。

だが、当の石原莞爾は、膀胱肉腫の外科手術をして、治療に万全を期したのですが、病態は思うように快方に向わなかったのです。調子のいいときには、私の父と畑仕事などしていましたが、悪くなると臥せっていました。そして二、三十分毎に手当を加えねばならなかったのです。

折柄、東久邇宮から内閣顧問に就任の交渉があり、その使いに来たのは、田村真作でした。「いかに、何んでも、このざまでは、出るわけには行かんじゃないか」石原莞爾は、そう云った。「どうしてですか。｣「かりに、閣議の席上で、わしが出すべからざるものを出して、治療するわけにもゆかんだろうから。」

「しかし此の際、東久邇さんにも、近衛にも、言わなくてはならん事がある。ついては郵便車に薦をしいてもらって、出かけよう。駅長に君から相談してもらいたい」田村が、駅長に事情を打ちあけると、まさか郵便車に石原莞爾将軍をのせる訳にはいかない、二等車で東京へ送ろうといった。

すると、石原莞爾は、「この際、わしの為に、そんな贅沢をするのはいかん。わしも敗戦日本の一国民だ。藁布団でも何でも、貨車にしてくれたら、寝てゆける。わしは起きてゆくことは大儀だから、寝ていさえすれば楽だ。ぜひそう頼む」と、云った。しかし、運輸大臣小日山直登が、二等車を手配させてしまっていた。

仕方がない、それで上京して、東久邇宮と会見し、敗戦後の難局に処する方策について具申した。もちろん顧問は辞退した。鈴木文四朗や賀川豊彦は、この時、石原莞爾が推薦したのでした。鈴木は、自由主義者である。それにも拘らず、石原莞爾が彼をすすめたのは、参謀本部第一部長時代に鈴木が、ひょっこりと、訪ねて来た。

「私は、自由主義だが、お会い下さるか」自己紹介して面会を求めた。あの時代、少くとも軍閥全盛の時代に、自からそう名乗り出て、些かも譲らざるところに、よほどの信念と勇気があると見て、石原莞爾は、この鈴木のことが忘れられなかった。

敗戦と同時に、外国新聞記者が、どっと押寄せてくるだろうが、その応待をさせるには、鈴木のような人物が必要だと考えたのです。又、賀川豊彦の猶太思想は、当時、非難の的であったのですが、石原莞爾は彼の宗教的信念に出発する事業の運営について、注意を怠らなかった。特にアメリカ人の彼に対する信頼を見逃さなかったのです。

たとえ、軍閥が何と云おうとも、賀川を敗戦日本の第一線に立てて、今後の処理に当らせねばならぬと、東久に進言したのです。それが、実行されたのです。 (小森正文・田村直作の記事による)

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