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ねこると創作クラブコミュの第五回ねこると短編小説大賞応募作品No.7『神の選定した物語』

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ピリリ…と枕元で鳴り響く携帯のアラームが朝を告げる。その音に多少の耳障りと覚えつつ少年が軽くうなりながら寝返りを打つと、カーテンから漏れる柔らかな光がちょうど目元に当たり、刹那の眩しさを覚え、ようやく彼はベッドから身を起こ…
『さない』
「!?」
俺は枕元の耳障りなアラームよりも驚くべきだろうその声に思わず飛び起きる。
枕元に振り返ると、自分と同じくらいの年頃の少年が宙に浮いて寝そべっていた。…よくわからない。まだ自分は夢を見ているのか。
俺はまどろみながら、無意識のうちにとりあえず耳障りなアラームを止めようと携帯に手を伸ばした。するとその奇妙な少年が、それを制するように俺の手をガシっと掴む。俺は多少たじろぎながらも夢の中の少年をキッと睨み付けた。
「おい、離せよ」
すると少年は俺の反論に少々面食らったような表情をしたが、ふっと笑うとその口を開いた。それはひどく饒舌だった。
「おいおいおい。僕の介入に何の疑問も驚きも示さないのかい君は。一体僕は何者で、なぜここにいるのか?なぜ宙に浮いているのか?なぜ不審者や強盗だと疑わないのか?…ああそうか、ページのことを気にしてくれているのか。さすが僕の選んだ主人公なだけある。君は実に優秀で、この奇怪な出来事もすぐに理解してくれそうだ。全くもって助かるよ、君のようなご都合主義者は」
「…」
正直彼の饒舌にはあっけにとられたが、その間に彼の俺を掴む手の力が緩んだのでそのうちにアラームを止めさせてもらった。携帯の時計を見る。ヤバイ、3分のロスタイムだ。朝の1分は非常に貴重なんだ。これは遅刻しないギリギリまで寝ている俺にとっては緊急事態だった。俺は急いでベッドから立ち上がり、壁にかけてある制服を引っ掴み、着替えを始めた。とにかく急げ。トイレと洗面台は後回しだ。
俺が全くもってスルーを決め込んだのが気に食わなかったのだろうか、その不審者まがりの奇妙な少年はあからさまに不機嫌そうな顔をして俺の目の前に立つ。無論、その足元は床についておらず宙に浮遊していた。
「待って、待てって。君がここで起きて着替え始めちゃったら遅刻できなくなってしまうじゃないか」
「もちろん。遅刻する気がないからな」
「いや、それは困るんだ。うん、仕方ない。じゃあこうしよう」
「どうするって…」
俺の言葉なんて無視して彼は勝手に頷き、ズボンのポケットを漁って何かを取り出した。万年筆だろうか、なにやらやたら高そうなペンが彼の手の中から現れる。
「僕は形から入るタイプなんでね」
俺がもの珍しそうにその万年筆を見入っていたのを察したのか、彼はそう言って自慢げに笑った。俺は慌てて着替えに勤しむ。いやいやいや、こんなやつに構っている暇はない。早くしないと本当に遅刻してしまう。
しかしそんな俺とは裏腹に奇妙な少年はその万年筆を使って宙になにやら文章を書き始めた。さながら、ドラマのOPのガリレオのように宙に文字が浮かび上がる。
普通なら仰天するような出来事にも俺は構わず着替えを終え、鞄を引っ掴んで部屋を出ようと…
『したが、いきなりものすごい睡魔に襲われ、もう1度ベッドに誘われてしまう!』
「はあ?何言って…」
少年の言葉に反論しようとした直後、少年の言った通りものすごい睡魔が俺を襲った。これは立っていられないほどである。そしてダメだとわかっているのに足が無意識のうちにベッドへ誘われてしまう。
「ちょ…なんで…」
俺の必死の抵抗もむなしく、鞄も床に放り投げ、魔のオフトンへと再び戻ってしまった。
その姿を満足そうに見下ろす少年。俺はそれでも睡魔と必死に戦いながら、その憎らしげなにやけ顔に向かってどなった。
「おい!こ、これはどういうことなんだ…よ!」
「ほう。これはこれは。まだ抵抗するというのか少年よ。ううむ、君のようなタイプは初めてだ。これほどまでに僕の物語に抵抗するなんて。だがそれはそれで非常に面白い。うん、これも今の流行ネタである「メタイ」というやつなのだろうか。でも残念、君はここで睡魔に負けてしまい、遅刻した方がいいのだよ。まあ、ここまでメタイことしてしまったのに今更だとは思うがこれ以上のことは言えないな。ただ、これだけは言える。君は絶対遅刻した方がいい。というか、そうしないと話が進まないのだ。否、話が始まりすらしない。ほら見ろ、もうこんなにページをくってしまっているではないか。全く、話はまだ始まってすらいないというのに」
「それは…お前の話が長いから…だ」
最期の決死のツッコミを入れ、俺はとうとう睡魔に負けて瞼を閉じた。

刹那が永遠に感じられた。
次に俺が目を覚ましたのは枕元のアラーム音によってではなく、枕元での少年の声だった。
『俺が次に目を覚ましたのは、アラームを二度寝をしてしまった数十分後のことだった』
その妙に説明口調で、何やら小説を朗読しているような少年のおちついた声とは裏腹に、俺は慌ててベッドから跳ね起きた。携帯の時計を見る。
…明らかに遅刻してしまう時間だった。
俺の怒りの矛先は当然、目の前を浮遊している少年へと向けられる。
「おい!これはどういうことだ!見ろ!この時間じゃどんなに急いで自転車こいでも遅刻だ」
「うむ。そうなる時間まで寝てもらったのだからな、当然だ。それより、早く支度しなくていいのか?まさか君は学校を休むと言うのかい?はは、それはさすがに勘弁していただきたいな」
「休む?まさか!」
俺は捨て台詞を吐き、二度寝で少々しわの入った上着を正し、床に転がった鞄を引っ掴んで部屋を飛び出る。そんな俺の後ろを、少年は優雅に宙を舞いながらはついてきた。
「おい、ついてくるな」
「当然、トイレの中までついて回す趣味はない。君が女の子なら別だったが」
「この変態!あとで警察呼んでやるからな」
「どうぞ、お好きに」
そう答える少年は涼しい顔をしていた。まるで警察など意に介さないように。そういえば部屋を出た彼を見て家族はどう思うだろうか。さすがに不法侵入者だと騒ぎ立てて警察を呼ぶだろうか。いや、ひょっとして彼は、俺以外の人間には見えない幽霊的サムシングな存在なんじゃないかとすら思えてきた。
トイレで用を足し洗面所に向かいながら、俺にふとそんなことが頭をよぎる。その心中を察したのか少年は万年筆を片手につぶやいた。
「君の家族は昨晩から出かけていて、今日は夜まで帰ってこない。だろう?」
「あ、ああ。そうだった」
そうだ、親父もおふくろも旅行かなんかで今日はいないんだった。道理で誰も起こしてくれないわけだ。というか、この少年はなんでそんなことまで知っているんだろう。少々気味が悪くなってきたが、今の俺にはそんなことを気にしている余裕はない。せめてHR中にこっそりと教室に入れる時間には学校に着かないと。
歯磨きをし、水で濡らした手ぐしでさっと髪型を整えた。
そして台所で、母親が前日に作り置きしてくれていたサンドイッチ口に放り込み、
「昼飯代のはした金を引っ掴んで俺は部屋を飛び出した」
「はした金言うな。売店のパンが2個買えれば十分だろ」
俺は彼の説明口調に思わず反論し、またもや首を傾げる。
おかしい、なぜこいつはここまで俺の家族、いや、俺の事情を知っているんだろう。第一、母親が作り置きしてくれていたサンドイッチのことなんてどうして…。
思考を巡らすうちにふと足が止まりそうになり、頭をブンブンと横に振る。
だが、玄関のカギ穴に鍵を差し込んで家を出ようとしてもこの思案は終わらない。
おかしい、なにかがおかしい。なぜこいつは昨晩のことを知っている?昨晩…?
うっ、頭が…。
迷いを振り払うように俺は自転車をこぎ始めた。後ろは振り返らないが、少年も浮遊しながらきっとついてきていることだろう。かまわずペダルをこぎ出す。
いつもと同じ道。同じ朝。このタバコ屋の前の信号で引っかからなければその日はいつもより早く着く。ああ、このタイミングだと遅いのか早いのかわからない。
苛立ち気にペダルにかける片足に力を入れる。信号の待ち時間が異様に長く感じられた。
ふと、そんな俺に頭上から声がかかった。無論、声の主は見上げるまでもなくあの少年である。
「おい、なにやら妙に気が立っているようだが大丈夫かい?君には今からとても特別な出会いが待ち受けているというのに」
「出会い?」
思わず反応してしまったが、すぐに俺は口をつぐんだ。周りの人の目を気にしたからだ。というか、他の人にはこいつが見えていないのだろうか。全くもって反応を示さない所を見ると、やはり見えていないのだろう。
しかし、だったら俺の返答は独り言になってしまう。それは、朝からアイポッド聞きながら人前で思わずサビを口ずさんでしまったくらいに恥ずかしい。
スルーを決め込んだ俺に構わず、少年は饒舌に舌を巻いた。信号が青になる。俺は立ちこぎをして勢いをつけて自転車を発進させた。
「まあこれは聞き流してくれて構わないさ。これから起こるちょっとだけ未来の話、今の君に話してもきっと信じてはくれないだろうからね。君は今から、非常に非日常的な特別な体験をするのだよ」
自転車が人混みをかき分けて脇道に入る。ここからちょっとした上り坂だ。ペダルをぐっと踏ん張りながら、昇りきらなければ。わざわざ降りて自転車を押していたんじゃ1時間目に完全に食い込んでしまう。
「おお、例の上り坂だね。上り坂があるんなら、下り坂だって必ずある。人生と同じさ。ただ、人によって坂が多いか少ないかはあるだろうがね」
さすがに汗が出てきた。だが汗をふいている暇もない。今、何分だろう。あいにく腕時計はしておらず、時計といえば鞄の中の携帯くらい。これは先の公園の時計で確認する他ないな。
「今は、そうだ。夏だと少し汗が少ない気がするから秋くらいにしようか?それとも春先か?」
「な、に…言ってるんだ。今は…」
俺はそう言いかけて坂道先にある公園の桜の木を見た。見事な…
「見事なハゲ木だった」
「あ、そうだ。だからきっと秋かそこいら…」
ん?きっと?
また頭が痛くなってきたが、その頭痛を振り払うようにペダルを踏み込む力を強めた。
坂道の頂上には小さな公園がある。公園には無骨な時計塔が立っていた。その文字盤がいよいよレッドゾーンを示していた。この時間にここにいるのは非常にマズイ。焦り出す俺に少年はまた声をかけてきた。
「ふむ。ここに公園があって…と。そういえば君、この公園はそれなりに君の家の近くにあるわけだが、子供のころよくここで遊んでいた…というのはどうだい?」
「どうだいもなにも、よく遊んで…」
遊んで、いたのか?小学生くらいの話だろうか、よく、覚えていないけどそんな気もしないこともない。
いや、そんなことより。
俺は額の汗を袖でぬぐい、ここから先の下り坂に備えてハンドルをきった。
風を切ったペダルが自動的に回り出す。その風が俺の汗ばんだ体を冷やしてゆく。束の間の涼しさと開放感。だが、そんなところにもこの耳障りな少年の声が頭上からするのだ。坂道の自転車のスピードについてきているというのに妙に涼しい顔をして浮遊している彼は、先ほどまでのおちゃらけた口調から一遍して、妙に声をトーンを落として語り始めた。
「さて、楽しいおしゃべりもどうやらここまでのようだ。君はこれから非常に特別な体験をすることだろう。だけど嘆くことはなにもない。だってこれは君の生まれた時から決まった運命なのだから」
「…え?何?風の音でよく聞こえない」
「生まれてから、とは随分大げさな言い方になってしまったな。そこは訂正しよう。一見君は高校生で、と。おっと、この描写もろくにしていなかったな。名もなき少年よ。すまぬ。君は一見高校生で、十数年生きてきたであろう歴史があるような言い方になってしまったな。それは大きな間違いだった」
風が、自転車が、周囲の風景を切り裂いてゆく。このまま学校まで突っ走ってくれたらどれだけいいだろう。このスピードなら、もう誰も俺を止めるものなんていない気がした。
「君は、これから先、特別な体験をすることだろう。それは僕の書いたシナリオ、最初から決まっていたこと。君が最初に寝坊しなかったのも、僕という存在を認識したのも、その運命をなんとか食い止めようと君が無意識のうちに起こした行動だったのかもしれないね。だが、僕を恨まないで欲しい。だって君は今、その運命を迎えるためだけに生まれた存在、ただそれだけの価値しかないのだから」

『そして、俺が坂道を下りきった瞬間、左方から飛び出してきたトラックにハネラレタ…』


混濁する意識の中、自分が地面に倒れているのだということだけは認識できた。
両手両足の感覚はなく、ただ、ただ、寒い。
そんな俺を見下ろしている何かが、俺に話しかけている。もはや何を言っているのかさえ聞き取ることは出来なかったけど。
走馬灯なんて流れなかった。だって俺にはそれがなかったから。
最初から、なかったから。

公園で幼いころ遊んだ記憶、思い出せるわけがない。だって、ないから。
昨晩、サンドイッチを作り置きしてくれた母親の顔も、思い出せない。だって、そんな人最初からいやしないから。
今の季節が晩夏だったか、秋だったか、それすらわからない。

…だって、俺の存在は今日の朝、初めて生まれたものだから。
こうやって、交通事故で死ぬためだけに生まれた存在だから。主人公なんかじゃない。ただのモブだから。モブに過去も未来も存在しないから。

虚しくなった。なにがいつもの朝、いつもの通学路だ。
いつもっていつのことだ。
涙を流している感覚もないのに視界が液状の何かに埋められてゆく。
先ほどとは比べ物にならないほどの睡魔が襲ってきて、重たい瞼が閉じられてゆく。永遠の眠りへと誘われてゆく。

そして、

気が付くと、目の前に彼がいた。片手に高そうな万年筆を握りしめて。
俺は無意識のうちにその彼と同じ言葉を発していた。

「「ああ、あの時、寝坊しなければこんなことにはならなかったのに」」




そして俺は目を覚ます。枕元ではスムース設定していたアラームが何度目かの朝を知らせていた。
ああ、起きなければ。今日は両親とも朝から不在だから誰も起こしてくれないぞ。
起きて台所のサンドイッチの朝飯を食べて、昼飯代を取って、自転車に乗って、早く学校へ行かなければ。
あと、今日は坂道になんとなく気を付けなければならないな、そんな感じがして俺は急いでアラームを切り、着替えを引っ掴んで部屋を飛び出した。

コメント(3)

<投票者の感想>

・ 最初から最後まで、一昔前のラノベ感がたまらん。今のラノベほとんど読んだことないけど。表現が難しいだろうに、場面が読み手にきちんと伝わっていて、文章力高いと思った。 疾走感もすばらしい。

・スピード感があってテンポが良かった。主人公と少年との兼ね合いがとても面白かったです。小説の作品内容が神の選定した物語だとすれば、ネタとなる現実世界もまた神の選定した物語であったりするのでしょう。他人様の作品を読むとき、その作品の神となってみたいと思うのは私だけでしょうか。

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