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ねこると創作クラブコミュの第五回ねこると短編小説大賞応募作品No.6『信号機』

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目が覚めたときに、少しの違和感を感じた。
違和感の正体は、携帯のアラームの音がいつもと違うことだった。
いつこの設定にしたっけ?と考えて目をこすった。
顔を洗おうと、ユニットバスタイプの洗面所に来ると、洗面器にメモが一枚浮かんでいた。
メモ帳には四隅にうずまきマークと、その真ん中に自分の名前が書いてあった。
あぁ、昨日のやつか。僕はさして気にも留めないで急いで準備をした。
朝食は食べないので、鞄を持ってそのまま大学へと急ぐ。
駐輪場で自分の自転車に跨ると、また違和感があった。
あれ?僕の自転車、こんなんだっけ?
しかし鍵は僕が持っているもので合っていたし、いつもの場所に停めていたし、何も問題はない。
それに、長年使っている物でもふと違和感を感じることがあるじゃないか、これはつまりそういう事だ。
昨日のことがあるから、ちょっと敏感になってるだけだ、そうだ。
「・・・・?」
じわりと嫌な汗が出てきた。
『昨日のこと』をひとつずつ、思い出しながら自転車を走らせる。
いや、俺の勘違い、いや、でも・・・。
考えがまとまらず、同じことが頭の中でぐるぐる回る。
ゆっくり、ゆっくり思い出せばいいんだ。大丈夫。
僕は自分にそう言い聞かせた。




 小さい頃からずっと信じているジンクスがある。
 いや、ジンクスというより『自分ルール』という呼び方のほうが合っているのかもしれない。
 それは本当になんでもない事で、『横断歩道の白線から落ちずに』とか、そういった類のもの。
 『交差点の信号の色が全て揃う瞬間を見れたら、何かがある』
 信号は、青から赤に変わる瞬間、毎回ほんの数秒だけ、全ての信号の色が揃う瞬間があるのだ。
 それを見ることができたら、その日のうちに何かがある。
 その『何か』とは、僕にも予想できないような『何か』であり、良いこととは限らない。
 つまり、良くも悪くも何かが起こるというものだ。
 実際、小学生のときに登校中の交差点でその瞬間を目撃したことがある。
 その日は給食の献立が僕の大嫌いなナスとピーマンの味噌和えだった。
 大嫌いなナスとピーマンが、大嫌いな味噌で和えてある一品。これは僕にとって拷問でしかない。
 給食の時間と昼休みを何よりも楽しみにしている僕にとって、これは死活問題だった。
 ところが、給食の時間に事件が起きた。
 係りの子がふざけていて派手に転んだらしい。
 僕たちの胃袋に入る予定だったナスとピーマンは、見事に廊下にぶちまけられた。
 係りの子は泣いて謝っていたけど、僕にとってその事件は青天の霹靂だった。
 そう、だいたい規模はこの程度。
 そんな大きな事件はそうそう起きない。
 なぜなら、信号がある場所をいつも通るような通学路なら、信号が揃う瞬間など大して珍しい話でもないからだ。
 ちなみに悪いことといえば、中学に入学してすぐの頃、揃った信号を見たその日、家に帰ると兄が家を出ていた。
 どうやら父と喧嘩をしたらしい。
 どうせすぐ帰ってきたんでしょう。と思うかもしれない。しかし兄は一度たりとも帰ってこなかった。
 兄貴の家出くらいで。と思うかもしれない。しかし僕の両親は、

―ピンポーン

狭いワンルームにチャイムが鳴った。
インターホンに映っていたのは、バイト先の先輩だった。
「はい、あぁ、はい、今出ます」
どうやら忘れ物を届けてくれたらしい。
玄関で荷物を受け取り、軽く雑談を交わすと彼女は帰っていった。
アパートが近いとはいえ、わざわざ届けてくれるなんて。今度何かお礼でもしたほうがいいのかな。
考えながら受け取った荷物を確認すると、なるほど、今日の講義のレジュメと、かばんに入りきらなかった本が数冊あった。明日は木曜でバイト先の定休日だし、取りに行こうと思っても行けなかったから、気を聞かせて持ってきてくれたのだろう。少し申し訳ないことをしたと思う。
それらを持ったまま、また机に向かう。
パソコンの画面には、先ほどまで僕がメモ帳に入力していた『僕の両親は、』の所でカーソルが点滅していた。

 『僕の両親は、』ちょっと変わっていた。いや、こういう親は割と多いのかもしれない。
 両親は、兄に関しては過干渉で親ばかだった。兄はそれが嫌で家出をしたようだ。
 僕に対しては本当に必要最低限の援助のみで、ほかの事に対しては一切関わろうとはしない親だった。
 その援助もきっと、世間体とかそういう考え方でぎりぎり保たれていた気がする。
 だから、僕にとって兄は大事な存在だった。家の中で唯一僕を僕だと認識して、家族として接してくれる。
 そんな兄が大好きだった。

「なんてな」
そこまで続きを入力し、ゆっくり背伸びをする。休憩を入れようかとメモ帳を保存し一旦閉じた。
僕が今まで書いていたのは小説。
つまり嘘。
僕の両親はいたって普通の両親だし、兄貴は居ない。唯一本当のことがあるとすれば、それは『ジンクス』だ。
といっても、別に良いことも悪いことも起こったことは無く、ただあの一瞬が僕は好きなのだ。
普段はちぐはぐな交差点の信号機が数秒だけ同じ色に揃う瞬間。
その瞬間、その交差点だけが切り離された異世界のようで好きなのだ。

メモ帳を閉じた画面にはインターネット上の小説投稿サイトのウインドウが開かれていた。
僕がいつも利用しているサイトで、読んだ人が感想なんかを送ったりできる。
タグ検索もあって、その時読みたい小説がすぐに検索できたりもする。
僕の好きなジャンルは、ホラーやSF。僕が今まで書いていた小説も、ここからホラーに展開させていく予定なのだ。

「お、これ・・・」
僕が見つけたのは『異世界』のタグ。
「異世界トリップ系かー・・・」
そういえば少し前に異世界に行く方法を検証した、みたいなのも上がってたっけ。
あの作品はなかなか面白かった。リアリティもあったし。まぁ、小説である以上フィクションなのだけど。
そう思いながら、タグをクリックした。

 異世界に行く方法。
 彼は先日それを試した。

「あ、やっぱり」
これも検証のやつか。たくさんの人が利用するので、同じようなネタになるのも否めない。
それにしてもみんなよく考えるなぁ。異世界に行く方法とか。僕なんて最近はまったクチだからなかなかアイデアなんて出ないのに。
ふと、僕も何か作ってみたくなった。何でもいい、とりあえず『異世界にいく方法』でも考えてみようか。
何かそれっぽくリアリティがあって、簡単にできそうなこと。何か無いものか。
・・・例えばほかの人が考えたものはどんなのがあるんだろう?
なるほど、エレベーターを使ったり、電車を使ったり。みんな熱心に考えてある。
ううむ、僕も何か・・・。駅とかビルとかじゃなくて、今すぐにでもできることがいい。
そう、例えば・・・。
「例えば、このメモ帳とペンとか」
小さいメモ用紙の四隅にうずまきのマークを書いて、

 キュ、キュ、・・・

その中に自分の名前を書いて、

 田中 誠一、と・・・

水を入れた洗面器に一晩浮かべておく。

「とか・・・?」
え、どうなんだこれ?それっぽいかな。ちょっと幼稚か?考えてて自分で少し笑えてきた。
「あ、水性じゃん」
水に浮かべると、インクが滲んでしまった。
もう何を書いてあるかわからない。
「だめだなー。・・・あ、油性にすればいけんじゃね?」
で、朝目がさめるとそこは異世界です、とか・・・。
考えてにやにやしてくる。俺が考えた、ということを隠して友人に話して、騙されるかどうか試してみても良いかもしれない。
と、気づけば日付が変わって少し経っていた。明日は1限だし、そろそろ寝ておかないと危険だ。
僕はパソコンの電源を落とし、電気を消して布団にもぐった。
小説はもう少し時間をかけて考えてみよう。もし明日、僕の考えた『異世界へいく方法』にあいつらが騙されたら、このネタを使うのも悪くないかも知れない。
そう思って、僕は目を閉じた。


それが、昨日の話のはずだ。
じわり、じわり。
嫌な汗が増えていく。
勘違いだと思いたい、のに。考えがぐるぐる回って、堂々巡りになっている。
しかしいくらなんでも昨日のことだ。鮮明に覚えている。
心臓の音が大きく聞こえる気がする。だって、どう思い出したって

あれは水性ペンだった。

ドクン、と一際大きく心臓がなった気がする。
よく考えれば朝から何度か感じている小さな違和感。
携帯のアラームだって、ずっと初期設定のままいじっていない。なのに音が違った。
自転車だって、何が違和感だったのかよく考えて・・・。
いつもの交差点に差し掛かった。
信号が点滅している。あぁ、そうだジンクスだ。小さなことでもすがりつきたい。
一色に揃った信号が見れたら、きっと勘違いだ。
そう思って信号を見つめる。
点滅が止んだ。

交差する信号機が青一色になったのを見て、安堵のため息を吐いた後、僕はその事実に気づいてそこから動けなくなってしまった。

コメント(3)

<投稿者の巳莱さんによるあとがきがあります>

信号が一色に揃う瞬間、好きです。
なすとピーマンは、豚肉・もやし等と一緒に味噌で炒めたものにして下さい。好きです。
異世界に行く方法を試したことはありませんが、よくネットで調べてしまいます。
行きたい願望があるわけではありませんが、なんとなく異世界はあると思っているので、調べてしまいます。
時空のオッサン系の話が特に好きです。
きさらぎ駅の話もこわおもしろいです。
余計な文章が多すぎて長くなってしまったこと、お詫びします。
今読み返してみても、小説のくだりはいらなかったと思います。
<投票者の感想>

・パラレルワールド系の話が好きなので、面白かった。
・自分の考えた異世界トリップ法がまさか成功するなんて…。でも、それって割とあったりするんじゃないかと思って怖い…。人間にとって非日常だとする心理状態が具現化するのって、どこの「世にも奇妙な物語」なんだろうかと思いました。世界観がシュールで面白いと思いました。

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