ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ねこると創作クラブコミュの第五回ねこると短編小説大賞応募作品No.5『 くしゃ髪さんの怪奇ノート』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 ぼくの名前は、草上依子。
 どこにでもいる感じじゃない、ちょっと変わった女子高生。
 自分で言うのもアレなんだけど、ぼくみたいな女子高生があちこちにいたらちょっとヤだなって思うから、多分そう。
 髪は結構なくせっ毛で、背が低くてムネもない。だから、みんなぼくの事を「くさがみよりこ」じゃなくて「くしゃ髪ロリ子」って呼ぶ。
 この名前のセンス、ちょっと気に入ってるんだ。最近は本名よりも「くしゃ髪さん」って呼ばれる方が多いような気がするし。
「おーい、くしゃ髪」
「はぁい」
 ほらね――じゃないや、見つかっちゃった。
 相手はわかってる。
 お昼休みにぼくがいつもここに来てるのを知ってる人は限られてるから。
「……なんか、お前なかなか器用なトコで寝てんな」
 首を動かして声の方をみると、案の定エリさんが呆れたような感心したような表情でこっちを見ていた。
 エリさんは同級生。ぼくとは逆でどこにでもいるような、でも頼れる感じの女子高生。言葉は乱暴だけど面倒見がよくて、みんなの人気者だ。
 ちなみに、ぼくにこの呼び名をつけたのも彼女。
「……そかな?」
 ぼくが寝てたのは、体育倉庫の中に積まれたマットの上。ちょっとひんやりしてて気持ちいいし、慣れれば形を崩さずに上に寝転ぶなんて簡単だ。
「てか、ここってそんなに居心地いいか?」
「ん。静かだし、涼しくて気持ちいいよ。一緒に寝る?」
 少し体を動かして、エリさん用のスペースを空けてみた。彼女は大げさにため息をつく。
「くしゃ髪」
「なに?」
「パンツ見えてるぞ」
――うかつであった。
 ぼくはスカートを払ってパンツを隠してから、床の上に飛び降りる。
「お前、も少し恥じらいというか……それだけじゃないけど、ちょっとはJKらしくしたりしないの?」
 横に来てくれるかなって期待が外れた悔しさもあって、つい口を尖らせてしまった。
「エリさんには言われたくないな。そのスカート丈は明らかに規定違反だぞ」
「バカ、これはこれで『らしさ』ってヤツだよ……てかさ。駅前に新しくケーキ屋できたんだけど、今日一緒に行かね? バイト代入ったし、奢るわ」
 無駄な話をバシっと切り上げて要件を切り出すあたり、さすがエリさんは草上依子の扱いをわかってらっしゃる。このままぼくに付き合ってたら昼休み終わっちゃうもんね。 
 ただ、ひとつ残念だったのは――
「あー。エリさん、ごめん。ぼく、実はケーキとかちょっと苦手で」
 エリさんは一瞬意外そうな顔をしてから残念な表情になって、また笑顔を作る。
「あ、そうなのか? 悪りぃ、知らなかった。じゃあジュース奢るからさ、放課後ちょっと付き合ってくれよ。……相談したいこと、あるから」
「わかった。ごめんね」
「いいよ。ま、テキトーに涼んどいてくれ。昼の授業、遅れんなよ?」
「はぁい」
 エリさんがご丁寧に扉を閉めて行ってくれたので、ぼくは再びマットの上に戻った。スカートのめくれを確かめて、天井を眺める。
――もしかしたら。
 エリさんがぼくの横に寝転んでくれなかった時と同じ気持ちを、さっきエリさんも感じたのかもしれない。そんなことを考えた。
「……やっぱむずかしいな、人付き合いって」
 天井を眺めながら、ぼくはぼそりとそんなことを呟いていた。


 うちの学校の食堂は窓の配置のせいか、放課後はちょっと暗い。
 グラウンドとは距離があるから、部活の喧騒とかわしゃわしゃいうセミの鳴き声とかとも無縁で、この暗さと静かさがちょっと好きだ。
 自販機に近い長テーブルの端に、ぼくはエリさんと向かい合って座っていた。
「で。なんで、お前ゆで卵くってんの?」
「ええと、小腹がすいたので。タマゴ美味しいし」
「知らねーよ」
 エリさんは紙カップの中身を口に運んで頬杖をついた。呆れたような感心したようないつもの表情でこちらを見ている。
「お前って、ほんとマイペースだよな。ブレないっつーか、裏表がないっつーか……ま、だからあたしも、お前と一緒にいると楽なんだけどさ」
「うぐ。……あ、そ、そうですか。恐縮です」
「なんで敬語なんだよ」
 あやうくゆで卵の最後の一口を喉に詰まらせるところだった。カップのお茶でどうにか飲み下す。
 そんなぼくを見てエリさんは一度微笑んでから、真剣な顔になる。
「だから、ってわけじゃないんだけどな。話せそうな奴がお前しか思いつかなくて……お前、都市伝説とかって信じる?」
「とし、でんせつ?」
 エリさんの口から想定外の単語が飛び出したので、思わず問い返してしまった。途端にエリさんはしまったという顔になり、目を泳がせる。
「あ、いや。都市伝説とかウワサとか、なんかそういうの。興味ないならいいんだけどさ」
――本当に、よく表情の変わる人だ。きっと、だから人気者なんだろうな。
 ぼくはエリさんの目を見ながら、できるだけゆっくりと答えた。
「そういう話は、わりと得意だぞ。なんかあったの?」
「ホントか? えっと、まだ何も。あー、何から話したほうがいいのかな」
 カップ飲料をおかわりしてからエリさんが話してくれたのは、最近校内を騒がす通り魔についての事だった。
 この半年で、すでに五人。襲われた人たちには乱暴されたり、何かを盗られたということもない。
――ただひとつ、『心』を除けば。
 被害者はみんな、虚ろな表情で虚空を見つめる日々を過ごしている。警察も動いているが、手がかりを得ようにもまるで手応えがないのだ。
「で、こっからが本題なんだけどさ。2-Aの白井百合子、知ってるか?」
「や、ゼンゼン」
「だろうな。まぁいいや、ゆっこが……そいつが最初の被害者だったんだけど、たまたま助かったらしいのな。相手の顔を見たかって聞かれて『自分だった』って答えたらしい。ほかの被害者も普段はぼーっとしてるだけだけど、鏡を見せると悲鳴をあげて暴れるんだって」
「ドッペルゲンガー、か」
「なに?」
「えとね、『もうひとりの自分』が自分のところに会いに来るっていう話。いや、思いついただけだけど」
「遭うと、ヤバいのか?」
「うーん、あんまり良くないみたい。その、白井さんって人は?」
「ゆっこか? 今は学校休んでる。その時のことは、あんま覚えてないらしいけど」
 エリさんがひどく深刻そうな顔をするので、それ以上の情報を口にするのはやめた。
――こんなとき、なんて言えばいいのか。エリさんが言葉を続ける。
「実はさ。先週、生徒指導の吉田に呼ばれたんだ。夜中に駅ウラのあたりをうろついてただろって」
 エリさん自身に心当たりはなく、その時間は家族と一緒にいたことが証明されたので人違いということで決着したらしいのだが――今度はつい昨日、実の父親が、仕事帰りに近所のスーパーで目撃したと言ってきたという。
「ゆっこのこともあるし、ただの噂とは思えなくてさ……何か起きるのかな、って」
 エリさんが僕から目をそらして俯いた。反射的に、自分でもびっくりするぐらい大きな声が出る。
「ええと。断定はできないけど、実は他人の空似って可能性もある。何かあったら早めに教えてよ。ぼくにできることがあるのかは分からないけど、できる限り助けたいぞ」
 エリさんの切れ長の目が、テンパりながらまくし立てたぼくを見つめている。
 ふいに、その表情が崩れた。
「よかった」
「ふぇ?」
「実際、意味わかんねーだろ? こんな話。でもなんか、お前なら絶対笑わずに聞いてくれると思った。それどころか、ガチで心配してくれるなんてさ。それだけでだいぶ楽になったよ。ありがとな、くしゃ髪」
「うぁ、あの。いえ、とんでもございません。ぼくなんかが、そんな」
 おおお落ち着け草上依子。今のは相談に乗った事へのお礼だ、多分。でもエリさんは今「お前なら」って言ったからもしかしたらぼくのことを特別に思ってくれてるのかもしれないし、ああもう体どころか頭もまともに動きやしない。
「だから、なんで敬語なんだよ……とにかく、ありがと」
「じぇ、じぇんじぇん平気です。どうかおかまいなく。ええと、お気をつけてお帰りくださいませ」
 全身がぎくしゃくしたまま、ぼくはエリさんを見送った。
 少し経ってようやく体がほぐれたので、どうにか立ち上がってカバンを取る。
――まだ少し、体の各部が連携できてないような気がするぞ。
「人間を、助けたい、か。どっから出たんだ、そんな言葉」
 ため息をついた拍子にさっきのエリさんの顔を思い出して、今度は全身に電流のような刺激が走る。
「え……エリさんのえがお、すげー」
 結局、エリさんの笑顔が事あるごとにフラッシュバックして、その日は寝付けなかった。


 お察しの通り――もちろん未だかつて誰も期待してくれたためしはないんだけど、ぼくは人と関わるのがニガテだ。
 なんというかこう、ほかの存在と感覚を共有するってのがいまいち理解しにくい。
 そんなわけでだいぶ苦労しながらみんなの会話に混じって通り魔の情報を集めたところ、件の白井さんは現在休学中。やはり、被害者の中でまともに会話ができる状態なのは彼女だけらしい。
 直接話を聞けば何か詳しいことがわかるかも知れない。そう思うまではいいとして、まさかそれを実行に移すとはぼく自身も思わなかった。
 彼女の自宅のインターホンを鳴らすまでは良かったが、だんだんお尻のあたりがかゆくなってくる。名乗ったからこれはもう逃げられないよな、なんてことを考えていたら、母親らしき人が出てきて彼女の部屋に通された。
 白井さんはベッドにいた。確かに体調はよくないようだ。もともと可愛いのだろうが、顔に生気がないせいか表情がくすんで見える。
「……ごめんなさい、だれだっけ?」
 もちろん彼女との面識はない。ないけど大丈夫。本日の草上依子はヘビのように周到だ。
「えっと。2-Bの草上です。エリさん、知ってるでしょ? 頼まれてお見舞い持ってきました」
「クサ、ガミ……あぁ、あなたが『くしゃ髪さん』ね? 立川さんがよく話してた」
 やっぱり、エリさんはすげーのだ。
「うん。なんか……大変だったんだね」
「ありがと。だいぶ落ち着いたつもりなんだけど」
「『自分に襲われた』っていうのは?」
 しまった、と思ったときには遅かった。彼女の表情が一気に曇る。
「……私、そう証言したみたいだね。そのことも、あんまり覚えてなくて」
「そか。なんか、ごめん」
「ううん、いいよ」
 会話が途切れたので、言葉に困って辺りを見回す。
 壁にかけられたコルクボードが目に留まった――うちの生徒の写真がたくさん貼ってある。
「友達の写真、撮ってるの?」
「卒アルに使う写真って、伝統的にうちの写真部が撮ってるんだ。そこに貼ってあるのは提出候補だよ」
「エリさん、結構あちこちに写ってるね」
「立川さんは顔広いからね。シャッター切ったらたまたま写ってる確率が高くて」
「サスガである」
「はは。ホントだよね」
 視線を落とすと、今度は机に置かれた二台のカメラが目に入った。
 デジタルの一眼レフと、薄型のコンデジ。
 コンデジの方は手入れされてピカピカだが、一眼はボロボロに使い込まれている。
「草上さん、カメラとか興味ある?」
「うーん、全然わかんない。こっちの方が強そうだってぐらいかな」
 一眼を指さしたぼくを見て、白井さんは苦笑する。
「それ、少し前に中古で買ったんだ。型落ちだけど名機だし、安かったから」 
「そうなんだ」
 話を半分ほど聞き流しながら、ぼくはじっとそのカメラを見つめていた。
「……どうしたの?」
「ふぇ?」
 彼女の言葉でぼくはびくっと背筋を正し、彼女のほうを向いた。
「いや、さっきからずっと唇舐めてるけど。この部屋、乾燥してる?」
 おっと。知らないうちにクセが出てしまったらしい。
「あ。ごめん。今度からポーチドエッグにケチャップかけるのはやめます」
「え?」
「ええと、今朝ポーチドエッグ作ったんだけど、なんか口にずっとケチャップ付いてる気がして」
「あ。……そ、そうなんだ」
「うん。ごめんね、もう帰ります」
「そか、ありがとう。立川さんにも伝えといてね」
「分かりました」
 ぼくは立ち上がり、もう一度白井さんの方を見る。
「そだ。白井さん、写真撮ってよ。お近づきの印に」
「え? 別に、かまわないけど」
「やった。ぼく、あんまり写真撮られたことなくて」
「はは、そうなんだ。まかしといて、ばっちり撮ってあげるよ」
 白井さんのカメラで一枚、ぼくのスマホでもう一枚。
 コルクボードを背景に、写真を撮ってもらった。
 やったぞ。これはこれで、『収穫アリ』だ。


「ち。こんな時間かよ」
 立川絵理はバイト先の駐輪場で、腕時計を見ながら悪態をついた。
 ここ数日うまく立ち回ってバイトを早く切り上げていたが、今日ばかりはそうはいかなかったのだ。
――最後の注文、取りに行かなきゃよかった。
 後悔しても遅いと知りながらそんなことを考えて、自転車のスタンドを払う。

 自転車で十分ほどの家路が、やけに遠く長く感じられた。イヤホンから流れるJ-POPの音量を大きくして、暗い路地を疾走する。
 向こうから、自転車が走ってくるのが見えた。
 自分のと同じような、ありふれたデザインのシティサイクル。
 自分と同じ学校の制服。自分と同じ、学校指定のスポーツバッグ。
――見ちゃダメだ。
 本能がそう告げた。
 自分と同じ――セミロングの茶髪。
 たまらず、絵理はブレーキをかける。やり過ごす、そのつもりだった。
 同じように、相手もブレーキをかけて停まる。
 震える足で自転車を降りた。向こうも同じように自転車を降り、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
 見ちゃダメだ。見ちゃダメだ――逃げろ。
 街灯に照らされて、相手の顔があらわになる。
「ひ……!」
 自分ではないもうひとりの立川絵理が、不気味な笑みを浮かべてそこにいた。
 自転車を投げ出し、『絵里』はこちらへと近づいて来る。
 後ずさっている間に足がもつれ、地面に尻餅をついた。
「く、来るな……! 来るんじゃねえぇっ!」

『そうだ。そこで止まれ』
 
 二人の絵理が同時に、突然響いた声の方を見る。立っていたのは、背の低いくせ毛の少女。いつものごとく表情は薄いが、今は口の端をわずかに上げて笑みを作っている。
「くしゃ髪、た……助けてくれ!」
「ストップ」
 駆け寄ろうとする『絵里』を、依子は手を挙げて制する。
「ここで正体を暴いてやる。二人とも、ぼくの質問に答えてもらうぞ。……まず、名前を教えてもらおうか」
『た……立川、絵里』
 戸惑う感じも含め、全く同じタイミングで二人は答える。
「結構。……では、『その前の名前』は?」
「な……何言ってんだ? その前もなにも――」
 戸惑う絵里を、依子は睨みつける。
「答えられなければ、ニセモノだ。さぁ、早く!」
「くしゃ髪……嘘だろ」
 思いがけない言葉に、絵里は呆然となる。
「ヨツヤ、レイコ!」
『絵里』が答えると同時に、その体がぐにゃりと歪んだ。その顔立ちが崩れ、厚ぼったい唇をした黒髪の少女に変わる。
 依子は笑みを浮かべて続けた。
「よろしい……その前は?」
「ウドウ、カスミ」
「その前は」
「ナイトウ、ミカ」
「それから?」
「クロダ、サキ」
「あとは?」
「……」
 答える度に、その体に新たな女性の顔が混じっていく。絵里の姿をしていたものが言葉に詰まる頃には、『それ』は無数の少女の体が混じったおぞましい姿へと変わっていた。
「何が起きてんだ……なんで、こいつらが!」
 変わり果てた知人の姿に目を見開く絵里の方を向かず、依子は答える。
「四谷さん、有動さん、内藤さん、黒田さん。みんな、通り魔の被害者だよね……こいつは『鏡写しの悪魔』だ。こうやって他人の姿を、次に魂をうばう」
「鏡写しの……悪魔?」
 依子は視線を外さず、『それ』に人差し指を突きつけた。
「かかったな。質問は終わり……お前は、偽物だッ!!」
『ぎゃああぁぁぁ!』
『それ』は悲鳴を上げてのたうち回り、紫の霧となって消滅した。
 依子がようやく絵里の方を向き、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「ごめんね、エリさん。本物なのは最初から分かってたんだけど、あいつの力を奪うために必要だったんだ」
「くしゃ髪……お前、霊能者か何かだったのか?」
 絵里の言葉に少し戸惑った様子で、依子は答える。
「ええと。『れーのーしゃ』ってのは、『霊能力を持った人間』ってことでいい?」
「そうだけど」
「ふむ。じゃあ違うや。行こ、もう大丈夫だろうけど、家まで送るよ」
 絵里の自転車を引き起こして、依子はわずかに微笑んだ。


 数時間後。
 ぼくは、シライさんの部屋にいた。
 もちろんこんな時間に上がらせて貰うわけにはいかないので――勝手にお邪魔した。
「く、草上さん! どこから……入ったの?」
 ぼくに気づいた白井さんが、声を上げる。
「玄関を抜けて、そこのドアから。夜中にごめんね、通り魔を捕まえに来たんだ」
「何言ってるのよ、出てって!」
「もちろん出ていきます。用が済んだらね」
 ぼくはコルクボードの前に置いてある一眼を手に取った。
「ここに貼ってある写真、これで撮ったんだよね」
「……何するの?」
「トドメをさすんだ……さぁ、出てこい!」
 叫びながら、ぼくは一眼を壁に叩きつけた。ベッドから跳ね起きた白井さんは僕に掴みかかろうとして、動きを止める。
 砕けたカメラから、紫の霧が立ち上ったのだ。
「な、何よこれ?」
「この写真、キミの憧れなんだよね。『この子、可愛い』『この子みたいになれたらいいな』って。その憧れを、コイツは利用したのさ」
「何を言ってるの……?」
 霧はその濃さを増し、人の姿を作る――現れたのは、もう一人の白井さんだった。
「ひ……ひいぃ!!」
 本物の白井さんが悲鳴を上げた。半狂乱で暴れだす彼女の額に、どうにか手を押し付ける。
 短い閃光の後、彼女は完全に気を失った。ぼくはニセの白井さんに向き直る。
「ひどいことをするね」
『うるさい。……貴様こそ、何故わたしの邪魔をする!』
 白井さんの姿をした悪魔は、睨み殺すような視線をぼくに向けている。
「むかし、世界で一番偉いお化けと約束したんだ」
『……なんだと?』
「ぼくはもう、おばけも人間も食べない。でも、おばけの力を悪いことに使った人間と、人間をだまして悪いことをさせたおばけは、たべてもいいことになったんだ」
 その言葉を聞いて、ニセの白井さんは目を見開いた。
「食べ……? まさか、お前は……!!」
「そっか。キミも、ただの伝説だと思ってたんだね」
 ぼくは目を閉じて、体の力を抜いた。
 ぼくの体はばらばらにほどけて、そして、別の形に編みあがる。
 目を開けると、白井さんが下の方に見えた。
 目を見開いて顔を引きつらせ、こちらを見上げている。
『「ヤト」……まさか、本当に……!!』

 ぼくはきっと、顔いっぱいに笑っていたのだと思う。
 だって、ひさしぶりのごちそうだったんだもの。

 そう。

 やくそくはやくそくだから。

 だから、

 たべてもいいんだよね。

 イ  タ  ダ  キ  マ  ス  。


「くしゃ髪ー?」
「なんでしょー」
 ぼくはマットの上で身を起こしてから、エリさんの声に答えた。
 今回、スカートのチェックは万全である。
「この前言ってた駅前のケーキ屋。やっぱ一緒に行こうぜ?」
「あー。エリさん、だからケーキとかはちょっと」
「あ、そ。あそこの『産直卵のまろやかプリン』、すげーうまかったんだけど」
「いま、なんと?」
「産直卵のまろやかプリン。期間限定らしいぜ?」
「……いく」
「おっけ。じゃあ、放課後食堂で待ってるから。昼の授業、遅れんなよ?」
「りょーかいである」
 彼女の背中を見送って、ぼくは再びマットの上に寝転んだ。

 ぼくの名前は、草上依子。
 ケーキは好きになれないけどたまごプリンはかなり気になる、ちょっと変わった女子高生。

コメント(3)

<投稿者のねこると.45さんによるあとがきがあります>

ゲ、ゲ……げらげらぽー(不発)。
 どなた様もお世話になっております。闇を引き裂く怪しい悲鳴、だれだ、だれーだ? 毎度お馴染みねこると.45でございます。
 今回は主催の座を後輩のヴ子に押し付けて、一般投稿者としての初参加。ラクさせて頂きました。まずはのヴ子さん、どうもお疲れ様です。
 書き始めは順調だったのですが途中からスランプにダダ嵌り、気がつけばモニターの前でオハヨッ! なんて状況を久しぶりに体験し、それでも主催を押し付けた手前寝落ちはしても作品を落とすわけには行きませんッ! それが帝国華撃団なのですッ! と決死の覚悟で書き上げました拙作『くしゃ髪さんの怪奇ノート』、お楽しみ頂けましたでしょうか。
 いやぁまたしても妖怪(人外)ネタですね。今回の投稿によりねこるとの全投稿作品における人外率が七割を超えました。やべぇ。
 本作の主人公、「くしゃ髪さん」こと草上依子に関しては、僕の脳内で長いこと「くしゃ髪」という名前だけ存在しておりました。
 それが今回のお題内容『怪談』を拝見して、ちょっとダークヒロインというか、善とも悪ともつかぬ存在に仕上げてやろうと構想を膨らませ形となった次第。
 一人称視点での展開に関しても、彼女の真の姿をぼかすという目的で試みたもの。
 ……途中、怪奇性の演出に詰まって三人称のカットバックが入っているのは未熟の致すところではございますけども。
 くしゃ髪さんのモチーフに関しては、作中でぼそっと出ているとおり国内のまつろわぬ神から採っております。
 夜刀神自体伝承を読んでもなんか蛇っぽいということ以外いまいちよくわからんので、彼女の『地味に正体不明』な感じを出すにはちょうど良いかと思い、なんか蛇っぽいという以外いまいちよくわからん感じで落とし込みました←
 個人的には『群れなす神』、つまり無数の存在が集まって一つの個を形成しているという独自解釈を加えて形にしております。
 何よりも困ったのが彼女の一人称。書き出し当初は『あたし』だったのですがとにかくしっくりこない。いろいろ試した所まさかのぼくっ娘誕生、という。
 どうでもいいですが拙作のオリキャラで二人目のボクっ娘です。いいよね、ボクっ娘。
 ただし今回の反省点はくしゃ髪さんが好きになりすぎて他の要素を文字通り食ってしまったことかなとは思ってます。もっと怪奇性を煽る感じになるはずだったんですが。
 今回も結局なんだか分からんあとがきですが、まあそんな感じでお送りいたしました「くしゃ髪さんの怪奇ノート」、お目通しありがとうございました。楽しんで頂ければ幸いです。
 また、どなた様も今しばらく第五回ねこると小説大賞にお付き合いくださいませ。
 ねこると”ドッペルゲンガーが出たら列車に轢かせて殺すといいらしい(身内ネタ)”.45
<投票者の感想>

・ストーリーのまとまりとしては一番固いと思いました。
・くしゃ髪さんのキャラが好きです。面白いキャラですんなり話に引き込まれました。こう書くと失礼かもしれないのですが、漫画化したら某少年誌などで乗せれる題材だなあと思いながら 読ませていただきました。(褒め言葉)

・安易なボクっ娘なんて認めない!でも惹かれちゃう!マーニーにおまかせを。
・この最初から最後までのラノベ感が・・・SUKI・・・。ぜひアニメにしてください。絶対面白いって。続きが読みたくなる作品でした。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

ねこると創作クラブ 更新情報

ねこると創作クラブのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング